3.青い
私が青い薔薇を貰った翌日、お父様は手紙を見ると、すまなさそうに言った。
「ローズ、悪いがこれからおまえも一緒に家に帰る事になった」
「早く言えばよかったのかな。なあ、ローズ。悪いが、おまえの婚約者が決まったよ」
何かが壊れる音がした。ああ、そっか。好きだったのね。私、セシルの事。でも、私、貴族だわ。
お父様はさっきまで私が気づいていなかった恋心を知っていたようだった。まあそうか。久方ぶりにあったお父様を差し置いて、彼の事ばかり話したのだから。
すまない、すまない。お父様でもどうにも出来なかった。と言うお父様に、私は
「相手は誰ですか」
と聞いた。なんだか急に喉が乾いた。
別に、セシルじゃないならどうでもいいけど。だって貴族だし。政略結婚が普通だし。そういうものだし、そうでなくとも彼とは結ばれないし。そう思いながら、恋心を隠す。
ねえ、許して。箱に入れて、鍵も掛けて、誰にも見えなくするから。逃げたりは、しないから。
「この国の第三王子、レオナルド殿下だ」
あーあ。皆憧れの王子様なのにな。
お父様はセシル君にさよならしてきなさい。と言った。もう会わせてあげられないかもしれないから、と。
せいいっぱいおめかしをした。服は唯一あった青いものを。髪は一つに纏めて編み込んで、昨日もらった青い薔薇を挿して。
会った翌日から待ち合わせしていた場所。いつもどおり、セシルはいた。
セシルはいつもと違う髪型に驚くと、
「似合ってる」
と言った。
私は嬉しく思いながら、そんな彼に
「もう会えないから」
と言う。
セシルは聡かった。私の顔から家の事情かと気づけば、悲しそうに笑う。そっか。ありがとう、お嬢様。なんて。
ねえ、ねえ、私、ローズって呼んでって言ったじゃない。悲しい。
セシルが瞳を伏せる。手が光る。あっと思うと、何かしら言っていたセシルは私の手に楕円形のガラスでできた宝石を差し出した。
「これを何かの飾りにでもして持っていて。それで、どうしても困ったら、触れながら強く呼んで。そうしたら、一つだけ願いを叶えてあげる」
「一度きりだけど、君のための魔法使いになりますから」
私の魔法使いがくれた宝石は、やっぱり蒼かった。
私は思う。セシルみたいな青色のものしか着ない。それで、一番見て欲しいセシルが褒めてくれた髪型だけは、絶対しない。
王都に帰ってから今までは、あまりいいことはなかった。もちろん、お父様もお母様も一緒なのはとても嬉しい。ミリアという仲良しの友人もできた。
でももう、セシルの魔法が見られない。あのきれいな魔法が。全く嬉しくない事だが、王子の婚約者である以上、他の男性とはあまり交流を持てない。とくにセシルは私と噂にでもなれば殺される。王子の婚約者が平民と浮気していたなんて、嘘でも王家には屈辱だから。
その上、王子はあまり歓迎できる性格ではなかった。まず、傲慢。ご令嬢方には、自信に溢れてかっこいいと評判なんだそうだ。優しくて丁寧なセシルを知っている私からすれば、むやみに威張ってかっこ悪い。
次に、私を王子の顔につられた馬鹿女と思っている。さすがに直接は言ってこないけれども。貴方、顔にでてるわよ。正直セシルの方が顔も含めて好きなのだけど。
跡継ぎが私しかいない公爵家とつながりを持ち、王子の婿入り先を決めたい王家からの強い希望でなければ婚約などするはずがない。馬鹿はそちらだというのに。実質的な公爵として動く予定で教育を受ける私に、やすやすと勝てると思うなんて。セシルだったらきっと、すごいですねって褒めて私の為に何かしてくれるのに。
それにしても私、セシル好き過ぎよね。十年も会ってないのになあ。私は、お父様の計らいで私も通う王立学園の魔法科に入学したセシルを遠くから見るだけ。彼は天才だったから特例で二年早く入る事ができ、同学年になれた。それくらいしかつながりはない。
魔法科はその性質上、危険な為に他の学科とは違う建物にある。だからそうそう会わない。それなのに、私はいつも探してしまう。青い、蒼。
セシルは随分かっこよくなったけど、それでも未だ可愛らしくもある。それにリボンタイに、私と同じ様な色が緑で違うだけの飾りつけてくれている。貴方がくれた宝石、お父様に頼んでリボンを留める飾りにしてもらったわ。貴方が知っているかわからないけど、お揃いみたいで嬉しい。
ねえ、貴方から見て、私、綺麗になった?魅力的に、なれた?
私ばかり、セシルを見る。彼が友人と話しながら歩くのを、どこかのご令嬢に話しかけられるのを、見た。いいなあ。私も、そういう風にセシルと話したいなあ。
「貴女、本当に無謀よね」
家族以外でミリアだけは、この思いを知っている。
「綺麗な顔してうまく隠しているけど、私個人は貴女が好きな人といれたらいいなって思うわ」
彼女は結構、私に優しい。
ローズとセシルの飾りが似ているのはお父様の仕業です。確信犯。