2.運命とかだったら、
幼少の頃、私、ローズは別に青いドレスなど着ていなかった。むしろ、その名にぴったりな赤いドレスを好んでいた。それを着れば、お父様もお母様も「ローズは本物の薔薇みたいだね」と褒めてくれるのだ。
他にも、髪だって今の様に二つに結ったりしてはなかったし、ぐるぐると巻かずに、自然にまかせてふんわりカールさせていただけだった。
私は変わった。変わってしまった。
あれは、いつだっただろうか。……恐らく十年ほと前だ。
幼い私はお転婆だった。その上自分の身分をよく理解出来ていなかったが故に、すぐ屋敷の外へ出てしまっていた。
困った公爵であるお父様は、私を領地ののどかな別荘へ送った。そこはお父様自身も同じ様に送られた地で、特別私達に好意的な人々が住んでいた。監視もしやすい……というか公爵家のために開発された節のある街で、公爵家の多くが幼少時に長期滞在している。故に多少街に降りても安全が保証されていて好都合だったのである。
別荘に着いて一週間。先祖代々そうだった様に私もまた、別荘に飽きた。ちなみに、別荘を管理していたセバスチャンは泣いて喜んだ。お父様は三日しかもたなかったのだと。
そうして街に降りた。護衛はついてきたが、かつてない自由に私は興奮した。自由って素晴らしい。
それから数日。毎日街に降りていた私がずいぶん満足しそろそろ今日は帰るかと考え出した時だった。呻く青い塊、ではなく濃い青の髪に紺色の服の、小さな子供を発見してしまった。
公爵令嬢として領民が目の前で苦しんでいるのは看過できぬ。という建前…いえ、親切心から助ける事にした。好奇心とか、一緒に遊びたいなあとかではなかったわよ。……本当よ?
青い塊を医師に見せると医師は言った。
「とくに異常はなさそうですし……。魔力暴走かもしれないですね」
魔力とは自然現象に干渉する力で多くの人が持つが、ほとんどの人はごく少ない上に自分の意思で操れない。よって、魔法使いと呼ばれる一部以外はせいぜい火種を起こすくらいにしかなれない。
だが医師曰く、彼の場合は魔法使いとしても多すぎるらしい。多い魔力は持ち主の体を病気から守るが、過ぎたるは及ばざるが如し。体が耐え切れないのだと。
「じゃあどうすればいいの」
「使えばいい」
突然青い塊が喋った。驚き。ベッドの上で青い顔しながら口を開くそいつは、美少女と見まごう美少年だった。そうか、目は灰色か。などぼんやり思う。
「こんなふうに」
彼の手が光る。銀色とでも表現すべき、美しい繊細な光が模様を描き出す。
「呪文は言わないの?」
「これくらいならべつに」
「ふうん」
…普通は呪文、いると思うんだけど。という医師の独り言が聞こえた。まさかね。
その後一ヶ月、私は彼に魔法を見せてもらったり遊んだりした。彼がシリルという名で私の2歳下である事を知ったり、私が貴族だと知られたり。
徐々にやるようになった勉強がうまくいかず、泣いた日。
「とっておきの魔法を見せてあげる」
と言った彼の左手に光が集まる。それがだんだんと青くなる。ちかちか、きらきら。彼が右手をかざす。彼の左手に淡い青色が結晶する。なにかつぶやく。結晶が大きくなる。形がつくられていく。彼の瞳が強く光っている。服にある謎の刺繍が輝く。目を開けるのがつらい。でも、まばたきすら出来ない。結晶の色が濃くなってゆくのがわかる。
最後に、光が一際強くなったその後。彼の手には青い薔薇があった。ありえない、過去、ある貴族の庭に一株だけがあったという噂話が伝説の如く囁かれる奇跡の薔薇。本物を見れれば生涯幸せになれるという美しい青い薔薇がそのままガラス細工になった様な、一輪。
「差し上げます」
というタイヘンそっけない言葉と口調と共に私の髪に刺された。
私はとりあえずその日、青いドレスを別荘に来たお父様にねだった。