全ての始まり
平穏な日々は、そう長くは続かない。
窓の外の景色を眺め、摩梨菜は溜息をつく。
「摩梨菜さん、そろそろ行きましょう。」
施設のスタッフが言う。
摩梨菜は孤児院に預けられているのだ。
「はい。」
幼い頃に、交通事故で親を亡くした少女の声は、ひどく冷たかった。
優しさも感情も、何一つこもっていなかった。
「きっとうまくいくわ。摩梨菜さんってとってもいい子だもの。」
摩梨菜を笑わせようとスタッフが工夫するが、少女は眉をぴくりとも動かさなかった。
真顔だ。
車に乗った。
いつも、学校まで送ってもらっている。
授業が終わったら迎えに来てもらうが、今日は違う。
もう、孤児院に戻ることはない。
学校で生活するのだ。
少女だけでなく、他のクラスメートも。
少女が通う学校は、孤児専用の学校。
「孤児だから」といっていじめられることもないし、ありがたい。
学校で生活するのには理由がある。
全国の学校が、戦争を始めたのだ。
全国の学校全てが、小さいけれど領地を持っている。
いわゆる領地の奪い合いである。
しかし、学校には大軍を動かすほどの富は無い。
それゆえ、生徒を戦士として育てる必要があるのだ。
女子は、戦には出ないが、飯を炊いたり交渉を務めたり、縁の下の力持ちとなる。
さらに、一夫一妻という制度もぶち壊された。
男は大勢の側室を持つ事となる。
「おはようございます。」
担任の歯舞麗に挨拶をすると、席に座った。
戦争に出ると分かっていても、やっぱり男子は男子だ。
貸し出し用の傘でチャンバラごっこをしている。
「それでは、今日の授業を始めます。今日から、国語・算数・理科・社会・体育以外の教科は無くなります。家庭科の授業は、女子のみ受けます。」
別に、差別とは思わなかった。
家事は女子、戦争は男子という考えが根付いていたからだろう。
「それでは、今から体育をします。体育といっても、跳び箱や鉄棒などの簡単な競技ではありません。クラスの全員が、100mを10秒以内を目指しましょう。」
(100mを10秒・・・)
バケモノだ。
「それでは、体育着に着替えてください。」
着替えの時は、女子が南校舎に移動する。
面倒くさいが、男子に混じって着替えるなんてとんでもないから、仕方ない。
男子がいないと、女子の本性がむき出しになる。
男子の前ではいい子でも、男子がいないと荒くれもんになる奴もいる。
女とは、ずる賢い生き物だ。