9 脱出作戦
エキドナの説明を受けて、俺は自分の認識を改める必要が出てきた。
この状況で自衛のための手段がないのは非常にまずいのである。
こんなことなら、勇者の職業を手に入れておけばよかった。
後悔先に立たずとはまさにこのことだ。
俺は『成長型だ』と得意気に語っていた過去の自分を呪わずにはいられなかった。
このままでは成長する前にバッドエンドを迎えてしまいそうである。
こうなってくると、周りの全てが疑わしくなってくる。
先ほどのセンテンスは当然として、無口な牢番、周囲にいると思われる他の囚人。
そして、今、目の前にいるエキドナなどは最も怪しい人物といえる。
「それでエキドナも転移者排斥派なのか?」
俺は恐る恐る聞いてみる。
ここでYESと返事が返ってくれば、俺の2度目の人生は詰んでいるようなものだ。
そう考えると、体が震えて、喉が渇いてくる。
背中に冷たいものが流れるのを感じる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私は排斥派じゃないです。どちらかというと、転生者とは仲良くやっていきたい立場ですよ。転生者に対する風当たりが悪くはなって来ていますが、まだまだ少数意見ですよ。」
エキドナの言葉に安堵の息が漏れて、ヘナヘナと地面に座り込む。
「良かった。それじゃあ、エキドナは何でセンテンスに従っていたんだ?あいつはどう見ても排斥派だろ?」
「別に従っていたわけではないです。私はやりたいことがありますので、領主様を利用していただけです。」
「やりたいこと?」
「ええ、・・・そうね。あなたには話してもいいかもしれないですね。私はある魔道具を鑑定をしたいのです。昔から家にあるものなんですけど、どんな魔道具なのか知りたいんです。」
そう語るエキドナの表情は先ほどまでのクールなものではなく、少し憎しみの表情が露わとなっていた。
まるで親の仇の話をしているかのようにその表情は険しいものであった。
「訳アリか」
「・・・ええ。今、私の鑑定スキルはLv7です。なんとしてもLvアップしたいんですが、普通に鑑定をしてもなかなかLvアップしないのです。だから転生者のエキストラスキルみたいにレアなものを鑑定できたら少しでも経験値がもらえると思って、領主様の誘いに乗ったのです。」
「そうか・・・。ってLv7!?」
「ええ、そうよ。すごいでしょ。」
エキドナは少し得意気に胸を張る。
その表情は少し得意気なものであった。
「ああ、確かスキルLvが7って一流の中でもトップレベルじゃなかったか。それでもその魔道具は鑑定できないのか。」
「ええ、悔しいけど鑑定できないのです。」
エキドナはそういうと少し寂しそうな表情になる。
それにしても、Lv7の鑑定スキルで鑑定できない魔道具って何なのだろう?
おそらくエキドナに聞いてもこれ以上は教えてくれないだろう。
いや、それよいもこの窮地をどうするかを考えないといけない。
「なあ、話は変わるが、センテンスは排斥派なんだろう?このままここにいて、大丈夫なのか?あの性格だし、いきなり処刑とかもあるんじゃないか?」
「いいえ、まだ大丈夫です。領主様の激昂癖はとても有名です。あれほどの癇癪を起した後なら、しばらくは安静のために眠るから大丈夫です。そのあとはどうなるかわからないですけど。それと、一つ訂正すると領主様は排斥派ではなくて隷属派です。少なくともあなたは殺されることはないので大丈夫です。」
エキドナは大丈夫と言うが、全然大丈夫な情報ではなかった。
隷属ということは奴隷としてこき使われるということだ。
エキドナはとても落ち着いたまま、俺の反応を楽しむように見ている。
しばらくして反応を楽しみ終わったのか、俺の傍まで近寄ってくると小声で耳打ちをする。
「大丈夫です。私が帰らなければ仲間が助けに来る手はずになっています。流石の私も激昂領主の元に何の保険もなしに乗り込んだりはしないです。」
彼女の吐息が俺の耳に触れる。
俺の心臓が高鳴りを始める。
それを見たエキドナは冷たい微笑を浮かべると俺の側から離れていく。
「それにしても、全然女性に免疫がないですね。顔が真っ赤がですよ。」
「えっ、あっ、うっ」
俺は狼狽して奇妙な声をあげることになる。
それを見たエキドナが再び笑う。
「面白い人ですね。ヒジリさん、私、あなたのことが気に入りました。助けが来るまでまだ時間がありますので、良ければお相手いたしましょうか?少しは女性に慣れておいたほうがよろしいでしょう。」
エキドナは妖艶な笑みを浮かべると少し体をくねらせる。
俺は始め、エキドナが言っていることの意味が理解できていなかった。
お相手って何なんでしょうか?
しばらくして、その意味に俺は気づく。
センテンスの「そこでその男と仲良くやっているのである」という言葉が俺の頭の中をグルグル回る。
その気はなかったのだが、興奮して心臓が高鳴りをする。
鏡を見なくても俺の顔が真っ赤なのは間違いないだろう。
エキドナは面白そうに俺を見ている。
その時、揶揄われたのは分かったのだが、それでも胸の高鳴りが治まることはなかった。
俺は鼻血を噴き出すと、その場に倒れてしまうのであった。
◇
「ヒジリさん。そろそろ起きてください?」
エキドナの少し厳しめの声が耳につく。
意識が覚醒すると、目の前にエキドナの顔があり、後頭部に何か柔らかいものが当たっているのに気がつく。
俺はエキドナに膝枕をしてもらっていた。
俺は慌てて膝の上から頭を退けると、後ずさるようにしてエキドナから離れる。
深呼吸をして気持ちを落ち着けようとするが興奮したままだ。
「ヒジリさん。そろそろ助けが来る頃と思いますけど、ヒジリさんはどうなさいます?一緒に来られるならついでにお助けします。」
エキドナの表情が真剣だったため、俺は冷静に状況を判断しようと努める。
というか、このままここに居ても、碌な目に合わないのは火を見るより明らかだ。
ここはエキドナの言葉に甘えるしかない。
俺は静かに首を縦に振る。
俺の意思を確認したエキドナは脱出計画を説明し始めた。
「いいですか。もうすぐ私たちの仲間がこの街で騒ぎを起こします。その隙に牢屋から抜け出して外に出ます。」
エキドナはドヤ顔で作戦を披露するが、それは作戦と呼べるようなものではなかった。
「ちょっと待て。いろいろとツッコミたいところはあるが、まずはどうやってその牢屋を抜けるんだ?」
「もちろん、そこの扉からです。」
エキドナは真顔で牢屋の扉を指さすとゆっくり歩いていき、片手で扉を押す。
ギーという音と共に扉はゆっくり開かれる。
すでに扉の鍵は開いていた。
俺が唖然とした表情で見ていると、先ほどの牢番がやってきた。
「エキドナ。話はついたようだな。まったく無茶な作戦を考えやがって。フォローする俺たちの身にもなってみろ。」
「ローラン。文句はいいですから、ヒジリさんに詳しい説明をよろしくお願いします。」
牢番改めローランは俺をギッと睨みつけてくる。
どうやら、この男はエキドナの仲間でここに潜り込んでいたようだ。
それにしてもすごい目つきで睨んでくる。
俺はこいつに何かしただろうか?
記憶にないんだが。
「すぐに説明してください。」
いつの間にかローランの横に移動したエキドナが抑揚のない冷めた声で催促する。
ローランはビクッと体を震わせるとと慌てだす。
「ああ、わかったよ。・・・いいか、今から俺たちの仲間が屋敷の門で騒動を起こす。兵士の注意がそちらに向いている間に俺たち3人はこの建物から外に出る。そしてこの魔道具を起動すれば、30秒後には俺たちは街の外まで転移できる。後は用意した馬車に乗ったらおしまいだ。」
「了解だ。ところで、その魔道具はここでは使えないのか?」
「ああ、ここは魔法除けの結界が張ってあり、魔法は一切使えない。」
「へえ、・・・水生成」
俺は試しに生活魔法の水生成魔法を唱えてみた。
俺の魔法に問題があるのかこの部屋の結界のせいかは分らないが、水は生成されなかった。
呪文名や使い方などは勝手に頭の中に浮かんできた。
どうやら生活魔法の多くは手のひらに魔力を込めて呪文名を唱えるだけで使えるようだ。
「お前、何してるんだ?使えないっていっただろ。」
ローランは呆れ顔で突っ込んでくるが気にしない。
一度試してみたかっただけだからだ。
初めての魔法なので使えればラッキー程度で使用してみたのだが、やっぱり使えなかった。
別に悔しくなんてない。
後は決行のタイミングを待つだけであった。
今か今かと待っていると、外で大きな音が鳴り響くと兵士たちのざわめく声が聞こえ始めた。