8 合同訓練3 型稽古
俺は戦闘に必要な筋肉の部位、更にはその筋肉の動き方など全く知らない。
医学的なトレーニング法は知っているが、どこを鍛えればよいかなど、全く知らないのである。
そこでローランにどこを鍛えるべきかを聞いてみた。
「えっ!?どこを鍛えるかだと?」
「例えば、戦闘に必要な動きの要点をまとめた型みたいなのはないのか?」
そう、空手などでいう型稽古のことである。
ローランはすぐにピンときたのか『基本所作13手』という13個の型の存在をを教えてくれる。
これも転生者が考案したものらしく、この動きを学ぶだけで近接戦闘の基本を全て学ぶことがでるということらしい。
もっとも、上級の武官のほとんどがこの動きをマスターしているらしいのだが、誰も効果を実感したことはないらしく、ただ昔の有名な転生者が勧めていたという理由だけでマスターするという一種の慣例のようなものになっていた。
一気に13手すべてを覚えるのは無理なので始めの3手のみを習うことにした。
ローランは少し面倒そうにしながらも、一手一手を丁寧に披露していく。
ちょっとスピードが速い気もするが、動きはスムーズで滑らかであった。
俺はそれを真似て、ゆっくり丁寧に型をなぞる。
基本というだけあり、簡単な動作であったこともあり、また太極拳に似た動きであったおかげで、簡単に真似することができた。
「うーん。何かしっくりこないな。」
一通り型を行った感想としては、何か足りないのだ。
たいていこの手の運動は非常にゆっくりとしたスピードで行うことが多い。
また、途中で動作をしっかり止める溜めのなどもあったりするのだが、ローランの見本では一切溜めなどは見られなかった。
試しに俺は先ほどよりもかなりゆっくりとしたスピードで一手ずつ丁寧に型を確認する。
「・・・!?」
先ほどよりはしっくりしてきている。
明らかに先ほどよりも深い部位の筋肉の使用が感じられた。
所謂、コアマッスルと呼ばれる筋肉に負荷が掛かっていることが良くわかる。
ただ、やはり溜めがないせいか何か違う気がする。
もっともどこに溜を入れるべきなのかはわからないため、これ以上の改善は難しそうだ。
「・・・そうだ。筋肉を意識するんだったな。」
以前、友人に習った太極拳のことを思いだした俺は使用する筋肉を意識しながらゆっくりとしたスピードで再度、型を行う。
使う筋肉を意識しながら行うと、スピードはさらに落ちるのだが、その分、コアマッスルにかかる負担が高くなる。
「あっ!ここで一旦溜めるといいんだ!」
突然、天啓でも受けたかのように溜めのタイミングや長さなどが頭の中に飛び込んできた。
エキストラスキル『道楽を極めし者』のおかげなのか、それともスキル『太極拳』のおかげなのかは分からないが、この天啓は正しいという確信が持てた。
「おい、ヒジリ。どういうことだ?」
一通り型をし終わると、隣で俺が型を練習しているのを見ていたローランが慌てて駆け寄ってきた。
酷く慌てた様子で俺の体をペタペタ触ると信じられないといった表情で俺を睨む。
「おい、ローラン。いきなりどうしたんだ?」
「どうしたって、お前、今スキルを習得しただろう?」
「そうなのか?」
「ああ、間違いない。途中から明らかに動きが変わっていた。たぶん身体操作か肉体強化あたりを習得していると思うぞ。」
ローランはさっさと確認しろと目線で訴えてくる。
「ステータスオープン」
--------------------
名前 ヒジリ リクドウ
性別 男
年齢 40
種族 ヒューマン
職業 なし
Lv 4
HP 29
MP 45
力 8
体力 14
素早さ 11
器用さ 20
賢さ 23
運 13
エキストラスキル
道楽を極めし者
一般スキル
細工Lv4
調剤Lv3→4
威圧Lv1→2
生活魔法Lv2
健康Lv1
錬金Lv3→4
太極拳Lv1→2
料理Lv1(new)
HP自動回復Lv1(new)
身体操作Lv1(new)
肉体強化Lv1(new)
称号・加護等
パブロフの加護
特異者(秘匿)
--------------------
・・・!?
レベルは上がっていないのだが、新スキルが4つも生えていた。
料理がなぜ生えたのかはわからない。
強いて理由を上げるなら、先日のポーション開発で最後の方で食材と併せて味を改良したせいだろうか?
まあ、これは置いておいて残りの3つのスキルである。
先ほどローランが言っていたものがすべて揃っている。
おそらくHP自動回復は昨日のブートキャンプで生えたのだろう。
実感は全くわかなかったが・・・。
そして、身体操作と肉体強化の二つはタイミングからして今の型の稽古で生えたのだろう。
この世界ではスキルは結構簡単に生えるようだ。
いや、エキストラスキル『道楽を極めし者』のおかげかもしれない。
「おい、ヒジリどうなんだ」
俺がステータスを見ながら考え込んでいると、痺れを切らしたローランが問い詰めてくる。
俺がHP自動回復、身体操作、肉体強化の3つのスキルが生えていることを伝えると目を丸くする。
「なあ、ヒジリ。何をどうやったらそんな結果になったんだ?」
「あー、おそらくだが、HP自動回復は昨日の訓練で生えたと思う。後の二つは今の型稽古だな。」
俺の予想にローランは首を横に振って否定する。
「だが、今まであの稽古でスキルを発現した者はいないんだぞ。俺もしなかった。」
「それはたぶんやり方が間違っているんだ。型はゆっくりと筋肉を意識しながら行わないといけないんだ。それと常に一定のスピードではなく溜めを入れたりもしないといけないんだ。そういう部分は伝わっていないんじゃないか?」
俺の言葉にローランは何を言っているのか分からないとばかりに首を傾げる。
論より証拠と俺はローランから教わった型の改良型をローランに教える。
「ローラン。もっとゆっくり体を動かせ。」
「重心を意識するんだ。」
「使っている筋肉を意識しろ」
・・・・・・
俺のアドバイスを聞きながらローランが型を行う。
今までと違うスピードで行っていたためか、始めの内は苦戦していたローランであったが、コツをつかんだのか、すぐさま上達しスムーズに体が動くようになる。
終いには、残りの9手も自分で改良して行う。
「・・・・・・なるほど。ただ闇雲に型通りに体を動かしていた時と比べると全く違うな。ゆっくしとしたスピードで行うなんて盲点だった。」
ローランは型稽古の成果を確認するかのように自分の筋肉を一通り確認していく。
今までにあまり鍛えていない筋肉があったのか、いくつかの部位で顔を歪ませていたが、概ね納得がいったのか笑顔で俺に向き直った。
「ヒジリ。これは間違いなく新しい発見になるぞ。」
目を輝かせながら、そう宣言するローランを落ち着かせると、俺は残りの9手を習うことにした。
折角だから少しでも自身の戦闘能力を上げておこうと思ったからだ。
危険に飛び込んでいく予定など全くないのだが、それでもこの異世界は危険で満ちているのである。
鍛えておくに越したことはないのである。
午後の訓練が終わるころには俺も『基本所作13手』をある程度マスターできていた。
そして、俺の身体操作と肉体強化のスキルもLv2に上がっていたことから、この型稽古の有用性が証明されることになった。
後日、この型稽古を行った新兵の兵士がスキル習得を果たしたことから、この訓練はセントバニラ領の兵士全員に課されることとなる。
そのため、飛躍的に強くなった領軍により多くの人命が救われることとなるのだが、それはもう少し後のお話である。




