7 同号訓練2 ぶーときゃんぷ
翌日、俺は再び訓練に参加させられていた。
参加を拒否した俺だったが認められず、ローランとテキーラに引っ張られ、無理やり訓練場に連れてこられていた。
他の訓練生からも俺の体を心配する声が上がったのだが、鬼教官の一声で霧散した。
「クズども、黙って整列しろ」
「「「サー、イエッサー」」」
俺と訓練生は一瞬で整列する。
たった一日で見事に調教されていたようだ。
自分の意志とは無関係に体が動いていた。
「クズども、私語は一切禁止といったはずだ。」
「「「サー、イエッサー」」」
「まずは腕立て1000回だ。」
「「「サー、イエッサー」」」
教官の号令の元、訓練生たちは一斉に腕立てを始める。
何気に昨日より回数が増えているのだが、他の訓練生たちは気にする様子もなく黙々と回数をこなしていく。
俺も頭の中では疑問に思いつつも、体は勝手に動いている。
教官の罵声を聞くと体が条件反射で動く。
(・・・どう考えても1000回って無理だろう。)
俺は心の中で悪態を吐きつつも体を必死に動かし続けるのであった。
◇
予想通り午前中だけで昨日の倍程度のポーションを消費した俺は木陰でダウンしていた。
昨日の兵士が本日も昼食を持ってきてくれたが、何も言わずに去って行ってしまった。
彼は去り際に俺を見降ろしていたのだが、その表情は憐みに満ちていた。
最後に飲まされたポーションの効きが悪かったのか、俺の疲労は抜けきってはいなかった。
腕は重く、足は棒のようになっている。
体を起こすのものもきついのだが、食べなければ午後の訓練を乗り切るのは不可能だ。
俺は必死に体を起こすと兵士が持ってきてくれた料理を食おうとしてフリーズした。
皿の上にはデカデカとした肉がのっていた。
何の肉かは分からないが、ほどほどに脂身のある高級そうな肉だ。
一目見ただけで旨いのがわかる。
更には、鼻腔をくすぐる焼けた肉の匂いが食欲を刺激する。
「・・・・・・」
俺は絶句するしかなかった。
向こうでは兵士たちが美味しそうに肉を食っているのだが、今の衰弱した俺にこの肉は無理だ。
胃が受け付けるはずがない。
おそらく、1/3も食べることができずにリバースしてしまうだろう。
だが、食べずに午後の訓練をこなすのは体力的に難しい。
「・・・これ、食うしかないのか?」
俺はため息をつきつつも、無理やり口の中に押し込んでいくのであった。
◇
「ヒジリ。大丈夫か?」
昼食を何とか完食した俺の元にローランが心配そうな表情でやって来た。
俺の体をジロジロと観察すると、「ハアー」ため息をつく。
心配をしてはいてくれたのだが、人のことをジロジロと見た後にため息をつくなんて失礼な奴だ。
俺が不満そうな表情をすると、ローランが慌てて謝ってくる。
「スマン。スキルを習得してないかと思っ・・・。」
そこまで言って、ローランは慌てて自分の口を塞ぐ。
誤魔化すように明後日の方向を向くが、俺にははっきりと聞こえていた。
「スキル?」
「いや、あの」
「スキルってどういうことだ?」
「いや、その・・・」
俺は少し威圧スキルを発動するとローランにプレッシャーを掛ける。
この訓練は前世の知識からすると非効率的なものである。
何かスキルを習得させるものなのかもしれないが、ちょっと疑問に感じたため追及することにした。
言い辛そうにしていたローランであったが、俺が少し威圧すると観念した。
「・・・実はこの訓練法は大昔に転生者が伝えた『ぶーときゃんぷ』という訓練法が元になっているらしいんだ」
「ブートキャンプ?」
ブートキャンプという言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中に新兵を罵りながら鍛える白い髭を蓄えた中年の鬼軍曹の姿が浮かんだ。
ああ、なるほど。それで、あの罵声と掛け声なのか。
俺が一人納得しているとローランはそんな俺を無視して説明を続ける。
「言い伝えによると鋼のような筋肉に覆われた転生者が自分のトレーニング方法を当時のミントス家の当主に伝授したらしい。以来、ミントス家はこの訓練を毎年行っているんだ。」
「・・・それとスキルに何の関係があるんだ?」
「ああ、言い伝えによると、転生者は『このトレーニングは前世で流行っていたトレーニング方法だ』といったらしいんだが、初めの頃はいくら訓練しても筋肉のつくものはいなかったんだ。」
「・・・そうだろうな。」
「それでも、転生者の言葉ということもあって、数年続けたところ、訓練生の中に身体操作系や自然回復系のスキルを習得しているものが見つかったそうなんだ。それからぶーときゃんぷに改良が加えられて、現在の形のスキル習得のための訓練になったんだ。」
説明を聞くと、何とも胡散臭い話が飛び出してきた。
ブートキャンプとは元々アメリカの新兵訓練のことである。
日本では軍隊式トレーニングとしてダイエット用エクササイズとして有名だったはずである。
だが、医学的な観点から見て、毎日ハードトレーニングをするのは無意味である。
アメリカの新兵訓練でも肉体改造よりも団体行動や精神的訓練の意味合いが強かったはずだ。
話から推測するとブートキャンプを伝えた転生者は軍隊式ブートキャンプとダイエット用ブートキャンプエクササイズが混同している可能性が高い。
医学的に見てもこの訓練法は間違っている。
筋トレ後、数日は超回復する時間を設けなければ、筋肉はつかない。
過去の結果から省みるにおそらく、この筋トレの生理学はこの世界でも一緒であろう。
そもそも、鋼のような筋肉を手に入れても戦闘に役立つとは到底思えないので、筋トレで兵士を鍛えるのはどうなのかと思わなくもない。
とりあえず、超回復の話だけでも教えておくか。
「なあ、ローラン。残念なお知らせがあるんだがいいか。」
「ん、何だ?」
俺が超回復の話をすると、ローランは驚愕の表情となる。
口をパクパクさせて何か言おうとしているが、言葉になっていない。
まあ、何を言いたいのかはわかるが。
「超回復については間違いないぞ。詳しく知りたいなら、後にしてくれ。それとスキル習得については俺は分から何とも言えん。」
「あ、ああ。スキル習得については間違いないはずだ。身体操作系のスキルは基本動作の反復で身につくんだ。」
俺の言葉にショックを隠せないローランだったが、さも、これだけは譲れない、といった感じで言い返してくるが、その声はか細く震えており、自信のなさが見てとれた。
ローランには悪いが俺の中ではそのスキル習得についても疑惑を持っていた。
「ローラン。一つ確認だが、結果が伴えば、メニューを変えても問題ないか?」
「・・・・・・ああ。お前に関しては問題ないと思う。他の奴が言ったのなら問題になるのかもしれんが、お前は転生者だから、その言葉は尊重される。」
「・・・・・・わかった。」
俺はふうーッとため息を吐く。
ローランの言葉からも分かるように、この世界の人々は転生者の知識を神の天啓かの如くに扱っている節がある。
間違った知識であっても素直に受け入れ、矛盾が出てもそこから目を背けている。
しかも、転生者から高度な知識を単体で受け入れている節があり、それの元となる基礎学問はおろそかにされているようだ。
そう、この世界の学問は土台となるべき基礎が薄っぺらいのだ。
前世で言うと中世程度の科学文明と魔法文明が融合した発展をしているのだが、なんとも歪な形で発展しているのである。
しかも、そのことに本人たちが気づいていないのだ。
いや、もしかしたら、転生者の排斥派などはそのことに気がついているのかもしれない。
だからこそ、転生者の排斥に躍起になっているのかもしれない。
「ヒジリ。そろそろ午後の訓練を始めたいんだが、どうするんだ?」
俺が物思いにふけっていると、ローランが困惑した表情で尋ねてくる。
訓練法を変えるかどうか聞いてきているのだろう。
俺としてはブートキャンプの続きなどやりたくないので答えは決まっている。
「ああ、俺が知っている新しい方法を試してみる。とはいっても、戦闘訓練に関しては俺は素人だから手伝ってくれ。」
俺の言葉にローランは唾をゴクリと飲み込むと、静かに首を縦に振った。




