6 合同訓練1
「足を止めるな、クズども。走れ」
「「「サー、イエッサー」」」
早朝から鬼教官の罵声が訓練場に轟く。
返事はもちろん、お決まりのフレーズだ。
本日から始まった合同訓練はセントバニラの片隅にある兵士の訓練場の一角で行われているため、朝から騒音をまき散らせようとも近所迷惑になることはないのだが、それでも少しは近所に配慮した方が良いのではと思わなくもないほどの大声である。
もしかしたら、魔法で拡声しているのかもしれない。
訓練はこの訓練場に泊まり込みで1週間行われるらしい。
今朝方、俺を拉致、もとい引率にきたローランに引きずられながら訓練場に連れていかれた。
連行される道中にその事実を聞かされた俺はローランに文句を言ったのだが、軽くあしらわれた。
少し意地悪そうに見つめるローランの顔を見ると、すべて仕組まれていたということを実感した。
訓練生はセントバニラの新兵が15名、初心者冒険者が1名であった。
そう、冒険者で参加しているのは俺だけであった。
後で聞いたことだが、冒険者の間ではこの合同訓練は過酷で参加するのはマゾ、というのが常識だったそうだ。
俺はこの噂を聞いた時、冒険者との交友を育んでいなかったことを大層悔やんだ。
午前中はひたすら体を酷使させられた。
ランニングから始まり、ストレッチに続いて、腕立てや腹筋などの筋トレ。
俺以外の参加者は教官の指示を黙々とこなしていく。
きつそうな素振りを見せる者すらいない。
まるで準備運動をするかのように淡々とこなしていく。
「次、ダッシュ100本」
「「「サー、イエッサー」」」
教官の指示の元、参加者は訓練場の端に集まると、反対側に向かって全力で走りだす。
13本目のダッシュをしている途中、足のもつれた俺は盛大にズッコケる。
体力の限界に達して俺は立ち上がることができずその場に倒れこんでしまう。
本日何度目かのダウンである。
周囲から「またか」というため息が聞こえてくる。
傍に控えていた教官がサッと俺の傍に走り寄るとポーションを俺の口の中に流し込む。
「うごっ、うおっ」
急に流し込まれたポーションに溺れかけたが、何とか口の中に溜まっていたポーションを胃の中にまで流し込む。
先ほど、飲まされたときも思ったが、間違いない。
流し込まれたポーションはハーブで香りづけされた少し苦みのある果実水風味のポーションであった。
そう、俺が開発したポーションだ。
こけた時にできた膝の切り傷は一瞬で回復し、筋肉のハリが少し和らぐと同時に体力が全快とはいかないが8割方は戻っていた。
どうやらこの合同訓練でポーションの性能確認を行うようだ。
「オラー。すぐに訓練を再開せんか。このウスノロ」
俺の口のなかにポーションを流し込んだ教官が俺の無事を確認するとすぐさま罵声を浴びせてくる。
すでに何度も経験した状況であったため、驚くことなく対応する。
「サー、イエッサー」
大声で返事をすると急いで訓練生の元に走っていき、訓練を再開するのであった。
◇
「お、終わった。」
俺は数本のポーションを飲み、何とか1日目の午前中の訓練を終えることができた。
足腰が動かない俺は木陰で一人倒れていたが、他の新兵たちはせっせと昼飯の準備をしていた。
彼らは誰一人ポーションなどに頼ることなく午前中を乗り切っていた。
「おい、おっさん。大丈夫か?メシの用意ができたぞ。」
新兵の一人が心配そうな顔で俺の元に昼飯を持ってきてくれた。
本来、食事は訓練生全員で作らないといけないのだが、ゾンビ状態とかした俺をみた兵士の皆さんが気を利かせて「休んでいい」と言ってくれたのだ。
「ああ、大丈夫だ。それにしても兵士ってすごいんだな。こんな地獄のような訓練も平気な顔でこなすんだからな。」
俺の言葉に若い兵士は不思議そうな顔をする。
「おっさん。もしかして知らないで参加したのか!?この訓練は軍の幹部候補の選抜試験なんだぞ。」
「えっ!?」
俺の驚きの声に若い兵士は呆れ顔で俺を見る。
そんな話は一切聞いていないのだか・・・?
「俺を含めて今回参加した兵士は全員、軍の幹部候補なんだぞ。だから、おっさんも高ランク冒険者かと思ってたんだが・・・」
「いや、俺はランクEの平冒険者だな。」
「そ、そうなのか?フレデリカ様推薦の冒険者と聞いていたんだが・・・」
「いや、それは間違いないんだが・・・」
俺の返答に訳が分からず呆け顔であった兵士であったのだが、その表情が憐みのものになると、俺の肩にポンと手を置き、「・・・あの、頑張ってください。」と励ましの言葉を口にすると、去っていった。
後には美味しそうな昼飯が残されていた。
◇
「あー、ヒジリ。その、なんだ・・・」
訓練場の隅に呼び出された俺の目の前には困り顔のテキーラが立っていた。
頭をかきながらどう説明しようかと必死に考えているようだ。
まあ、聞かなくてもテキーラが何を言いたいのかはわかる。
俺以外の訓練生は訓練所中央で実戦的な訓練に入っている。
各々、得意武器を装備して、己の武勇をアピールしている。
うん、あんなところに俺が突入したら、軽傷では済まないだろう。
そのことは、教官たちも感じ取っていたのであろう。
だから、俺だけが訓練から外されているのだ。
つまり、俺は別メニューになったということだ。
「それで、テキーラ。俺は今から何をするんだ?」
「ああ、午前と同じで基礎トレーニングだな。今のお前じゃ、あの中に入るのは命がいくつあっても足りない。」
「ああ、それは俺もわかっている。」
「よし、それじゃあ、訓練を始めるか。・・・・・・この落ちこぼれのクズが。さっさと特訓を始めるぞ。まずはダッシュだ」
いきなり豹変したテキーラが俺に罵声をぶつけてくる。
突然のことに驚きはしたが、この罵声に慣れ始めていた俺は条件反射的に「サー、イエッサー」と返事をするとすぐさま、ダッシュをするために訓練場の端に向かう。
それにしても、教官は鬼軍曹スタイルで指導しないといけない、という決まりでもあるのだろうか?
テキーラの豹変に首を傾げながらも、俺はダッシュを始めるのであった。
◇
「うごっ、うおっ」
無理やり飲まされたポーションに溺れながら、俺は何度目かもわからないダウンから復活する。
巨大なバーベルに押しつぶされそうになった俺は気合で抜け出したのだが、そこで力尽きたのだった。
ポーションを口の中に流し込まされたらしく、俺の口内には少し苦みのある果実水の味が漂っている。
ポーションのおかげで体力は回復していたのだが、精神力は既に限界に達していた。
意識は朦朧とし、頭の中がグラングランしている。
必死に手足を動かそうとするが、ピクリとも動こうとはしない。
手足が鉛のように重く、自分の体ではないかのように感じる。
「回復したのなら、さっさと動かんか。」
再びテキーラの罵声が飛んでくるが、もはや体は全く反応をしなくなっていた。
俺は立ち上がることもできず、無様に横たわったまま、意識を失うこととなる。
ピクリとも動かなくなった俺に慌てたテキーラは俺の胸がわずかに上下していることを確認すると「ふうっ」と安堵の溜息を漏ら「ヒジリ、すまんな。・・・これで何とかなればいいんだがな。」
控えていた兵士に看護室に運ぶように指示すると暇になったテキーラは訓練場の隅で一人申し訳なさそうに空を眺めながら、ポツリと呟くのであった。




