4 エキドナとの夜
その後、ローランとテキーラが底なしに飲むという地獄のような光景が続いた。
エールが運ばれてくるたびに二人のエールを冷やすことを強要された俺はヘトヘトになりながら錬金術を使い続けた。
幸運なことにいつもより早いペースで飲み続けたせいか、二人はあっという間に潰れて飲み会はお開きとなり、俺は解放された。
そうでなかったら、俺は倒れるまで錬金術を使わされたかもしれない。
助かった。
酔い潰れた二人の身柄は酒場の主人がニッコリとした笑顔で引き受けてくれたので、俺は自分の分の代金を払うと店を後にした。
あの笑顔は少し不気味であったが、詮索しないでおいた。
俺まで被害を受けたらたまったものではない。
周囲で飲んでいた他の冒険者たちも主人の笑顔を見た瞬間、顔をひきつらせていた。
・・・俺にできることは二人の冥福を祈ることだけだ。
帰路時、俺は酔っておぼつかない足取りではあったが、頭は何故か冴えわたっていた。
冷たい夜風が体と頭を程よく冷やしてくれていた。
酔い醒ましを兼ねて、俺はゆっくり夜道を歩く。
俺の頭の中には一つの疑問が浮かんで離れなかった。
あれだけ錬金術を使用したのにMPが尽きなかった。
以前、切削用のバーを製作した時などは、錬金術の負担が凄かった記憶がある。
どうなってるのだろうか?
あの時は結合ではなく融合をしたために、MPの消費が激しく、気を失ってしまった。
だが、それを差し引いてもMPの減り具合が少ない気がするのだ。
俺のMPの伸びはそれほど高くない。
あの時との違いと言えば・・・パブロフの加護!?
エキドナの鑑定でも能力が分からなかったが、もしかしたら関係しているかもしれない。
だが、この加護は法廷でフロイストとパブロフの重圧を軽減するために授かったはずだ。
どういうことだろうか?
パブロフの加護にはいくつかの効果があるのだろうか?
「うーん。これ以上は考えても無駄かな。」
これ以上はいくら考えても空想の域を出ない。
新たな確証を得るためにはそれなりの実証実験が必要となるだろう。
俺は思考をストップすると帰路を急いだ。
◇
家に帰り着くと、時刻は深夜を廻っていた。
当然、灯りはついておらず、ひっそり静まり返っている。
ダイアもモンドも子供である。
すでに眠っていても不思議ではない。
というか、この世界の人々は朝日と共に起きて活動を開始し、日が沈むと活動を止め、眠るものが多い。
夜に明かりを灯すのは勿体ないという習慣があるからである。
大人のエキドナも眠っていたとしても不思議ではない。
全員が眠っていると思っていた俺は、みんなを起こさないように慎重に家の中に入る。
抜き足、差し足、忍び足。
まるで泥棒にでもなったのかのようにコッソリ自分の部屋に向かって歩く。
ふと見ると、談話室から光が零れている。
明かりの消し忘れだろうか?
そう思った俺は談話室の扉を開けるとそこには眠たそうに目を擦りながらも起きているエキドナを目撃する。
「・・・ただいま。待っていてくれたのか?」
「ええ、それよりも大丈夫だった?ローランはお酒が強かったでしょう?」
俺が気まずそうに話しかけると、エキドナはニッコリ微笑む。
待っていると知っていたらもっと早くに帰ったのだが、エキドナには悪いことをした。
「ふふふっ。気にしなくていいわよ。私が勝手に待っていただけだから。・・・それほど酔ってなさそうね。それより、そんなところに突っ立ってないで座ったらどう?」
エキドナはそういうと自分の横の席をポンポンと叩く。
俺は言われるままにそこに座ると、「ふうー」と一息つく。
「それで、ローランとの話はどうなったんですか?」
「えっと、それは・・・。うん、問題ないぞ。ローランはお前を諦めたはずだ。」
俺の言葉にエキドナは胸を撫で下ろす。
隣に座っているため、安堵のため息がかすかに聞こえてきた。
どれだけ嫌っていたんだ。
「ヒジリさん。ありがとうございます。最近はちょっと、・・・いえ、大夫鬱陶しくなってきていたので助かります。」
エキドナの心底嬉かったのか、俺の手を握るとお礼をいってくる。
どうやら、ローランは暴走一歩手前。
うーん。もしかすると次にローランがアタックした相手が同じ被害を被るのかもしれないが、俺はそこまで責任を持とうとは思わない。
面倒だ。
それにしても、エキドナは俺の手を握ったままだ。
エキドナの柔らかい手の感触が俺の鼓動を早くする。
寝間着なのか、エキドナは薄い生地の洋服を着ていた。
屈むと胸の谷間がバッチリ見えそうなほど、ゆったりとした服である。
不覚にも今まで気づきもしなかった。
俺の鼓動がさらに速くなる。
いかん。
俺は理性を総動員すると視線が胸元にいかないように注意する。
誘っているのか?
いや、こんなおじさんにそんなことがあるわけがない?
意識していないから、無防備なだけだ。
もしかしたら、ハニートラップか!?
いや、エキドナに限ってそんなことはないか。
どちらにしろ、ここで勘違いして手でも出したら大変なことになる。
俺は首をブルブルっと振ると両頬をぱちっと叩いて気をしっかり持つ。
その後エキドナと他愛ない話をしていたのだが、遂には我慢の限界に達し、俺は部屋に避難することになる。
俺が部屋を出るとき、エキドナが不満そうに何やら呟いたのだが、慌てていた俺の耳には届かなかった。
◇
それにしても、今日は本当に疲れた。
夕方まではいつもと変わらない一日だった。
違ったのはローランと酒場に行ってからだ。
俺はローランにエキドナを諦めるように説得した。
そして、ローランに他の女性にどんどんアタックするようにたきつけた。
自信のないローランを励まし、自分の精神をガンガン削っていった。
最後はテキーラが現れて、混沌とした。
今日の酒場での出来事を4行で説明するとこんな感じになる。
たった4行の出来事であったが、とても辛い時間であった。
なんで俺に恋の相談をしてくるんだ。
彼女がほしいって?
それは俺のセリフだ。
彼女いない歴40年の俺に対する嫌がらせか何かだろうか?
思い出しただけでも、自分が惨めになってくる。
そして、家に帰ってからは薄着のエキドナとの会話イベントであった。
非常に楽しい時間ではあったが、試練の時でもあった。
恋愛相談に続いてのこのイベントは俺の精神をガンガン削っていったのである。
エキドナとは親子程の年齢が離れているが、それでも好みのタイプであるエキドナにあんな格好で密接されたら、興奮するなというのが無理である。
興奮した自分を律するために理性を最大限に動員せざるを得なかった。
酒場での試練の後ということもあり、俺にはきつい時間であった。
それにしても、エキドナとの会話は楽しかった。
確かに理性を抑えるのは大変ではあったが、それを加味してもエキドナとの会話は心弾むものであった。
・・・俺はエキドナに惚れているのか?
そんなことはあるはずがないと、俺は慌てて自戒する。
俺は確かに楽しかったが、エキドナはどうだったのだろうか?
まあ、不快だったらすぐに席を立ったであろう。
そう思っただけで、心が軽くなる。
俺は会話中のエキドナ表情を必死に思い出す。
・・・うん。楽しそうに笑っていたよな。
エキドナの思い出すと、途端に笑みが零れる。
・・・・・・。
俺はどうすればいいんだ?
先ほど偉そうにローランにどんどんアタックするようにと言っていた俺だが、はっきり言ってエキドナに告白する勇気はなかった。
こんなことがローランに知られたら間違いなく白い目で見られるだろう。
まあ、エキドナが俺に好意を持っているなんてことはなはずだ。
ないよな?
今日、エキドナは夜遅くまで待ってくれていた。
普通、こんなことはないよな。
しかも、あんな薄着を着た状態で男に体を寄せてくることなんて普通ありうるのであろうか?
いや、それ以前に、いかに上司になったとはいえ、若い女性が俺なんかと同じ家に住むなんてことがあっていいのか?
あれ?・・・エキドナは俺に好意を持っているのか?
俺の頭の中に一つの疑問が浮かぶ。
転生する前はこのような考えを思い浮かべ悩んだ経験は一度も訪れなかった。
そんな俺にエキドナが俺のことをどう思っているかなどを推察することは不可能であった。
そのため、俺はいくら考えても答えが出ない疑問をベッドの中で悶々と考え続ることとなった。




