37 会談が終わって
フレデリカ様との会談の後、俺たちの状況は激変した。
当然、俺はフレデリカ様の庇護下に入ることで身の安全を確保した。
住まいは相変わらずダイアとモンドと一緒に魔道具普及委員会の建物を使っているのだが、その建物には『セントバニラ技術開発所』という看板が掛かっている。
俺はその職員の一人となっている。
フレデリカ様によると、この建物はもともとミントス家所有の建物で魔道具普及委員会に貸借していたそうだ。
本来なら、ダイアとモンドの両親が亡くなり、他のギルド員が去り、魔道具普及委員会の活動が停止した時点でにミントス家に返却されるはずであったらしい。
ところが、ダイアとモンドがこの建物に住み続けたことでなあなあとなり、そのまま返却されずに放置された状況であったらしい。
二人はそのことを知らず、モンドは不満を漏らしていたが、ダイアは今までと同じように生活出来ることを知ると安堵し、すぐさま受け入れた。
もっとも、全く同じと言うわけではなかった。
二人もセントバニラ技術開発官となったのである。
とは言っても、今までと何か変わったわけではない。
これは二人を王都の貴族から守るためでもあるようだ。
二人が魔道モーター開発という成果を出したため、縁故採用と言われずに二人を正式に雇用することができたのだ。
これで王都の貴族が何か仕掛けてきても、二人を表立って守る理由ができるのである。
そして、何より良かったのが俺たち3人には給料が支払われることになったのだ。
一応、文官扱いになるそうだ。
まあ、支給される金額は生活するにはギリギリのものであり、俺は冒険者を続けることとなった。
もっとも、商会の護衛などいくつかの依頼を受けれなくなるという制限は設けられたのだが、もともと受ける予定もなかったので問題にはならなかった。
セントバニラ技術開発官となった俺はバジルのオレガノ商会を辞めることとなった。
冒険者に関しては問題ないとされたが、流石にオレガノ商会に勤めるのは公平性を欠くとの理由で許可されなかった。
バジルには良くしてもらったので申し訳ないと思っていたのだが、その旨を伝え、退職を伝えるとあっさり許可が下りたので、拍子抜けした。
「ああ、別に構わんぞ。ただ、何か開発するときは俺にも声を掛けてくれ。強力は惜しまんぞ。フレデリカ様からは技術開発協力店の許可も貰ってるからな。」
「技術開発協力店?」
「ん。聞いてないのか?お前が開発をするときに協力を求めることのできる店舗ってことだ。それで開発できた物や技術に関しては協力店にイニシアティブが貰えるってことらしい。」
「・・・それって、今までとほとんど変わってなくないか?」
「ガハハハッ。そう言われるとそうだな。いや、俺がお前に給料を出さんで言い分、俺は得しているな。」
バジルはドンドンと俺の背中を叩いて愉快そうに頷いていた。
どうやら勤めるのはダメみたいだが、協力を仰ぐのはOKらしかった。
微妙な線引きなのだろうが、これからもバジルたちと付き合いを続けていけることができるのは嬉しかった。
そうそう、冒険者ギルドと共に、錬金術ギルドの所属も許可された。
もっとも、技術開発協力店でないと力を貸せない為、ギルドの依頼を受けることはほとんどできなくはなったのだが、その点は問題なかった。
俺が錬金術ギルドに所属し続ける理由はたった一つだ。
それはアーモンとの約束を果たすためだ。
これからアーモンと融合と分解について研究していく予定である。
若い錬金術師の刺激になってほしいという約束だったが、一番刺激を受けているのは間違いなく研究パートナーであるアーモンである。
俺の話を目を輝かせながら聞き入っている。
その姿はまるで希望に胸を膨らませた少年のようであった。
隣で修行をしている本物の少年、ナッツよりも好奇心に胸を躍らせている姿は見ていて少し滑稽であった。
◇
「おじさん・・・、お客さんだよ。」
領主との会談から1週間が経ち、日々の生活にも落ち着きを取り戻してきた頃、赤い顔のモンドが部屋にやって来た。
少しソワソワとして落ち着きがない感じのモンドは俺に来客を告げると、自分の部屋に逃げるように走っていってしまう。
俺は誰が来たのだろうと思いながら玄関に向かうと、そこにはエキドナが立っていた。
「ヒジリさん、こんにちは。もう聞いていると思うけど、今日からここで一緒に暮らすことになったの。よろしくね。」
エキドナが恥ずかしそうに話しかけてくる。
エキドナの横には大量の荷物が置いてあり、おそらくそれが彼女の私物なのであろう。
俺が不思議そうに立ち尽くしていると不安そうにエキドナが尋ねてくる。
「えっと、話を聞いてないのかしら?今回、技術開発所の所長に私が就任することになったの。目的はあなたとフレデリカ様の橋渡しをするためよ。後、私の鑑定スキルも役に立つだろうからって。それで私の借りている家はここから離れた場所にあるので、ここに空いている部屋があるって聞いたんで引っ越すことにしたの。」
「いや、初耳なんだが?」
恥ずかしそうに説明してくるエキドナに真顔で答えるとエキドナが不思議そうに首を傾げる。
「本当?5日ほど前にローランに伝言を頼んだんだけど?」
「いや、来てないぞ?」
ローランは幼馴染のエキドナに惚れていて、少しストーカー気質がある。
なにしろ俺とエキドナの仲が良いというだけで不機嫌になって突っかかってきたことがあるのだ。
そんな彼にとって、エキドナの引っ越しの話は衝撃を与えたことだろう。
もしかしたら、ショックのあまり寝込んでいるのかもしれない。
そんな俺の思案を他所にエキドナは困った表情で自分の横に置いてある大量の荷物を見ている。
「どうしようかしら。てっきりすでに話がついていると思って、確認も取らずに荷物を持ってきてしまったのよね。」
エキドナは「この大量の荷物を持って帰りたくはない」と訴えるかのように俺を潤んだ瞳で見つめてくる。
あまりの色っぽさに俺は不覚にも見とれてしまう。
いかん、いかん。
下手をすると親子程年が離れている女性に見とれてしまうわ・・・。
俺は首をブルブルっと首を振るとダイアとモンドのところに確認を取りにく。
モンドは美味しい料理が食べれるということもあり、二つ返事であった。
一方、ダイアは少し渋い顔をしたものの自分の隣の部屋を使うといいと提案してくれた。
こうして、俺の新たな異世界生活は二人きりではないとはいえ、若い女性と一つ屋根の下で暮らすという、未知の状態に突入することになるのであった。




