7 取り調べ
「ここに大人しく入ってろ。しばらくすれば、取り調べが始まる。」
俺は牢屋に放り投げられる。頬に冷たい地下牢の石畳の冷たさが伝わってくる。
結局、俺は騎士に捕まってしまい、センテンスが治めるソウヤンの街まで連れてこられて、今に至る。
街に無事についたのはうれしいのだが、その対価が投獄では割に合わない気がする。
「俺は何も悪いことはしていない。これは不当逮捕だ。」と声を大にして言いたいのだが、そうも言ってられそうにない。
護送中に見た限りではこの世界は中世ヨーロッパ程度の文化であると思われる。そして、センテンスが領主であることを考えると、おそらく王政の封建社会であると推察できる。となると、権力にモノを言わせた逮捕など日常茶飯事なはずである。
ここで異議を唱えても黙殺されるのは目に見えている。
今の俺にできることはできる限り情報を集め、機を待つことだけだ。
現在、俺の目の前には無気力な牢番が一人いるだけである。ぼさぼさの頭に無精ひげを伸ばし、衣服にも汚れが目立っている。この手の人間は他人に無関心な奴が多い。
話しかけてくるタイプなら情報を聞き出しやすいのだが、この手のタイプから情報収集をするのは骨が折れる。
が、やらないわけにはいかない。今は少しでも情報が欲しい。
「なあ、俺は何で捕まったんだ?」
「・・・・・・」
予想通り、返事はなかった。こちらを見向きもしなかった。こいつは手ごわい。
「なあ、何か知らないか?草原で迷子になっていたら、いきなり捕まったんだ。」
「・・・・・・」
「俺、何も悪いことはやっていないんだ。」
「・・・・・・」
「なあ、教えてくれよ。」
俺はしつこく話しかける。不本意だが、この手のタイプと早急に話すためには相手を怒らせるのも一つの手だ。そして、この作戦は成功した。
「うるせーぞ。ギャーギャーわめくな。領主に捕まった時点でお前の有罪は決定してるんだ。諦めろ。」
牢番はそれだけ言うと、煩わしくなったのか俺の入れられた牢屋から離れたところに避けていく。
やはり、領主の権力が強い世界のようだ。何とかしなければ、まずいことになりそうだ。
あの場で殺されなかったため、死刑になることはないだろうが、どんな刑になるのか予断を許さない。
そして気になるのが、領主が直々に騎士を引き連れて転生直後の俺を捕まえに来たということだ。俺というよりは転生者を、であろうが。
その証拠に領主は俺が転生者であるか確認を取ってきた。転生者目当てでなければ、あそこであの言葉はでてこない。
まだまだ情報が足りない。リスクはあるがもう少し聞き出すか。
「おーい。領主は転生者になにか恨みでもあるのか?」
俺は牢番に向かって大声で話しかける。
俺が転生者であることをカミングアウトするのはリスクも伴うがこれはもう仕方がない。
俺の言葉を聞いた牢番の顔色が一瞬ではあるが変わる。すぐに元の無気力な表情をするのだが、俺は見逃さなかった。
どうやら賭けに成功したようだ。
「なあ、何か知っていたら教えてくれ。この世界に来たばかりでよくわからないんだ。」
俺はさらに大声で牢番に話しかける。先ほどの動揺に畳みかけるのだ。
他にも牢屋に入っているものがいたらしく、周囲が騒がしくなってくる。これは俺にとって追い風だ。
「おい、あの馬鹿領主、転生者に手を出したみたいだぞ。この街はもうおしまいじゃないか?」
「これが国王に知れれば、間違いないな。そうなったら、俺たちの冤罪が証明されるんじゃないか?」
「ざまーえねな。」
いろいろと声が聞こえてくる。どうやらこの牢屋にはかなり無実な人が囚われていたようだ。
おかげでいろいろと情報を手に入れることができた。
しかし、本命の牢番は無言のままこちらを睨んだままで、一言もしゃべらなかった。とうとう彼は情報を漏らさなかったのだ。俺は敗北感に打ちひしがれ、がっくり膝をつくことになった。
◇
しばらくすると、鉄格子の向こう側にクネクネと曲がった特徴的な口ひげの男がやってきた。そう、領主のセンテンスである。
その後ろには護衛と思われる騎士が二名と学者風の女性が一人付き従っていた。
騎士たちはニヤニヤと小馬鹿にするように俺を見ている。だらしなく立つその様は武術にシロートな俺から見ても訓練の形跡は見られなかった。顔の頬はふっくらとしており、二の腕はぷにぷにしていた。護衛というよりは領主の取り巻きといったところだろうか。
女性の方は黒髪長髪の美人さんで冷たい視線で俺を射抜いてくる。黒色のローブを羽織っており、そのローブの左胸には金の糸で花が刺繍されている。
女性は俺を一瞥するとセンテンスの方に向き直る。
「センテンス様。この者を鑑定すればよろしいのですね。」
「うむ。久しぶりの転生者なのである。しっかり頼むのである。」
女性は無言で頷くと再び俺の方に向き直る。まるで物でも見るかのような視線で俺を見下している。
背中がゾクリとする。
決して、この女性に踏まれたい、などと欲望が渦巻いたわけではない。俺にはそんな趣味はない。
ただ、この女性の瞳を見ると背筋に冷たいものを感じるのだ。まるで全身をくまなく見透かされているかのよな錯覚に陥る。いや、鑑定スキルを使われるのなら文字通り見透かされるのかもしれない。
「センテンス様、終わりました。」
女性は俺のステータスとスキルを淡々と読み上げていく。
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名前 ヒジリ リクドウ
性別 男
年齢 40
種族 ヒューマン
職業 なし
Lv 1
HP 17
MP 15
力 5
体力 9
素早さ 7
器用さ 15
賢さ 20
運 13
スキル
道楽を極めし者
細工Lv3
調剤Lv3
威圧Lv1
生活魔法Lv1
健康Lv1
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彼女の口から紡がれる数値は俺がキャラクター設定をした数値と寸分変わらない。
違うとすれば、エキストラスキルと一般スキルが一緒くたになってるくらいだろう。
俺が流石だ、と思っていると、センテンスの表情が真っ赤に豹変した。
「おい、エキドナ。なんなんであるか、そのステータスとスキルは。転生者ではないのであるか」
「何と言われましても」
「黙れ。転生者がこんなステータスやスキルなはずないのである。もう一度やり直すのである。」
エキドナは再度鑑定スキルを用いるが当然結果は変わらなかった。なにしろエキドナの鑑定は正しかったのだから。
しかし、センテンスは信じられなかったようだ。体をプルプル震わしながらエキドナに罵声を上げる。
「貴様、ふざけるんじゃないのである。転生者がこんなしょぼいステータスとスキルのはずがないのである。」
「そうは言われても、この鑑定は間違いありません。」
「嘘をつくんじゃないのである。前に見た転生者はLv1で騎士並みのステータスと剣豪という上級職業についていたのである。転生者は皆、バケモノなのである」
「では、この男は転生者ではないのではないですか?」
「この男が転生者なのは間違いないのである。貴様、自分が鑑定できないからといって、責任転嫁するのはよくないのである。」
エキドナはあきれ果てていた。
仮にこの男がバケモノなのなら、領主に捕まえることは不可能なのである。
エキドナにはこの街の騎士の強さは文字通り、目に見える。この街の騎士は総じて、実力が低い。
一番強い騎士団長でやっと他の街の中堅騎士ぐらいの実力なのである。
理由はこの領主が縁故雇用をしているからである。
エキドナが頭の中で冷静にツッコミを入れていると、センテンスの怒りのボルテージはマックスまで高まっていた。
周りからするとなぜここまで怒るのかは分からないが、何かが彼の琴線に触れたのであろう。
顔が真っ赤なのは先ほどからだが、現在は目が血走っている。
トレードマークのクネクネと曲がった口ひげと相まって、センテンスの顔はまるでバケモノのように醜く歪んでいたのだった。
「ほきゅー。貴様、転生者の仲間であるな。者共、この女を捕らえて牢屋に放り込むのである。」
後方で待機していた兵士たちがセンテンスの奇声を聴きつけ慌てて牢屋に駆け込んでくる。彼らはセンテンスの表情を見るとすぐに状況を理解しエキドナをひっ捕らえるのであった。