31 魔鋼
「おじさん、大丈夫?」
モンドの悲鳴のような声が聞こえる。
体が揺すられ、俺は目を覚ます。
俺は何故か自室の床に倒れていたようだ。
今にも泣きだしそうなモンドが俺の顔を覗き込んでいた。
「おじさん、良かった。」
そういうと、モンドは俺に抱き着いてくる。
状況を理解できない俺はモンドの頭を撫でながら、状況の確認をする。
確か、・・・切削用バーを作っていて完成させたんだよな。
周りを見ると作った切削用バーが無造作に転がっている。
・・・何で転がっているんだ?
転がっていた切削用バーを手に取り見つめていると記憶がどんどん蘇ってくる。
「あっ、そうか。錬金をして魔力枯渇で倒れたのか。」
俺の言葉にモンドがギョッとした表情で再び俺の顔を覗き込んでくる。
俺は安心させようとニッコリ笑うとモンドの頭を再び撫でる。
モンドは泣き出すと、俺の胸に体を埋める。
俺はされるがままに任せて少し考え事をする。
何かその後にあったような気がする。
・・・!?
そうだ。あの法廷に再び連れていかれたのだった。
なぜか、法廷での記憶が曖昧になっている。
まるで記憶に靄が掛かっているかのように一部が全く思い出せない。
法廷で・・・あいつにあったんだ。
確か・・・旧創造神教の主神で、・・・フロイストと名乗っていたな。
それと、もう一人誰かと会った気がする。
あったと言っても声だけだが・・・。
誰だったかな。
・・・そうだ!?パブロフと名乗っていたな。
そして何か重要なことを告げられたような気がするが、・・・うん、全く思い出せない。
ひとしきり頭の整理が終わったところで、モンドも落ち着いたのか、泣き止むと俺の体から離れる。
ちょっと恥ずかしかったのか、バツの悪そうな表情で頭を掻いている。
「心配かけて済まなかったな。それでどうしたんだ?」
「・・・!?そうだった。夕食ができたから呼びに来たんだよ。そしたらおじさんが倒れていたんだよ。はやく戻らないと姉ちゃんが怒るよ」
モンドは慌てた様子で俺の手を引くと食堂に急ぐ。
当然なことながら、モンドはダイアの叱責を受けることとなる。
更には、泣いていたことを指摘されたモンドが俺が部屋で倒れていたことをダイアに告げると、ダイアは半狂乱となるのであった。
俺たちはダイアを宥め落ち着かせるのに30分もの時間を必要とするのであった。
◇
「ヒジリ様。これからは絶対に錬金術を使用しないでください。」
「そうだよ、おじさん。そんな危険なことをしちゃだけだよ」
「いや、そんなに危険なことじゃないって。」
「でも、倒れたんですよね。」
「そうだよ」
俺は冷めた夕食を食べながら二人に錬金術をしないように説得されていた。
二人は食べるのもそっちのけで俺に必死に訴えかけてくる。
目に涙を浮かべる二人の必死な表情を見ていると、安直に拒否することなどできなかった。
だが、錬金術は思った以上に楽しく、錬金術を手放すという選択肢もなかった。
理系出身の俺にとって、こちらの世界のファンタジー要素と前世の科学知識を併せることで新たな扉を開いた錬金術は宝箱と同じであった。
そのため、俺は涙を流しつつ説得してくるダイアとモンドを説得しなければならなくなった。
「そうだな。今回はちょっと迂闊だったな。新しく習った錬金術があまりにも楽しかったんで無茶しすぎたみたいだな。」
俺はちょっと引いてダイアたちの反応を見る。
「それじゃあ、もう錬金術はもうしないよな。」
「よかったです。これで安心ですね。」
二人はホッとした表情で俺の方を見てくるが明らかに勘違いをしている。
俺が錬金術を止めたと思っているようだ。
勘違いはすぐに正さねばならない。
「とりあえずは、錬金術の基礎を学んでみるかな。」
「えっ。今やめるって言ったよね?」
「どういうことですか?」
俺の言葉に二人は目を丸くする。
やっぱり勘違いしていた。
「おいおい、俺はやめるとは一言も言っていないぞ。無茶しないように気を付けるって言ったんだ。」
「でも、倒れたんだよ。」
「危険です。」
二人は再びジッと俺を睨みつけながら説いてくる。
俺はため息をつきつつ、二人に優しく話しかける。
「二人とも、ちょっと考えてみようか。例えば、火を付ける魔道具は危険だと思うか?」
俺の質問に二人は始めは何を言っているのか分からなかったのか、首を傾げていたが、質問の意味を理解した二人が呆れた表情で答える。
「おじさん。火を付ける魔道具って薪に火をつけたりするやつだろ?危険なわけないじゃん。」
「そうです。皆さんがお使いになっているんですよ。」
「でも、人に向けて使用すれば、相手を火傷させることができるんじゃないか?」
「おじさん、何言ってんの。そんなのする人いないよ。」
「そうです。それに、相手を怪我させようと思ったら、出力調整が壊れるぐらいに魔力を過剰に流し込んで使用しないと不可能ですよ。」
「つまり、可能性としてはそういう使い方もできるってことだよな。」
俺の言葉に二人は詰まる。
できないことはないのだ。あくまで可能性の話だが。
「つまり、おじさんは錬金術を間違った使い方をして倒れたってことなのか?」
俺の言いたいことを察したモンドがおずおずと聞いてくる。
俺が「そうだ」と答えるとモンドは呆れ顔になる。
ダイアの方は頭では理解できているようだが、俺を危険に合わせたくない為、口に出せずにオロオロしたままだ。
「どうも、俺の錬金術は他の錬金術師と一線を画すようなんだ。だから、普通とは違う結果を生むんだが、魔力消費も激しいみたいなんだ。」
俺はそう言って先ほど作り上げた切削用バーを二人に渡す。
二人は不思議そうに渡された切削用バーを見ていたが、何かに気づいたのか二人の顔色が明らかに変わる。
「お、おじさん。これ、何で作ったの?どう見ても鉄じゃないよね?鋼にしてもちょっと切れ味が良すぎるし、刃の部分の輝き方がなんか違う気がするんだけど。」
モンドは刃の部分を近くにあった木製の食器に当てながら尋ねてくる。
回転もさせていないのに、木製の食器が少し削れているのが見て取れる。
しばらく、黙ったまま「うーん」と唸っていたセブンが震える声を絞り出す。
「そ、それって、ま、魔鋼じゃないですか?」
その言葉にモンドは驚き、持っていた切削用バーを床に落とす。
魔鋼とは魔力を含んだ金属であり、通常の金属と比べると強度、魔力伝達など様々な点で勝っている非常に有用な金属であった。
更に、現在この金属を手に入れるにはマジックアイアンゴーレム、魔鋼虫などのごく一部のモンスターの素材としてしか手に入らず、そのモンスターの強さ、希少性から魔鋼は高難易度の入手素材として有名であった。
もちろん、ヒジリはこのことを知らなかった。
そのため、二人が驚いている理由が分からず困惑するしかなかったのである。
◇
「いい、おじさん。魔鋼はこれぐらいでも小金貨1枚ぐらいはするんだよ。」
「魔鋼はモンスターから採取するしか入手方法がなかった素材です。作れるって他の人に知られたら絶対にまずいです。」
二人は真剣な表情で俺に迫ってくる。
先ほどよりも迫力があり、俺はたじろいでしまう。
「おい、二人とも。まずは落ち着け。」
「おじさん。事の重大さが分かってないみたいだね」
「そうです。ヒジリ様。少しは自信の特殊性を認識してください。」
「俺の特殊性?
・・・・・・あっ!もしかして、転生者だってことか?」
「おじさん。事態の深刻さが分かってるの?」
「ヒジリ様。少しは真面目に聞いてください。」
俺の軽い言葉に二人が烈火のように怒り始めた。
俺が全く状況が理解できていないとばかりに説教が続いた。
当然、夕食は途中で中断となり、説教が終わった時には俺はクタクタとなっていた。




