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趣味?で生き抜く異世界生活  作者: 佐神 大地
職人ときどき冒険者
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23 アーモンとナッツ



出来上がったレザー片は見事な漆黒であった。

タンドリーの漆黒片よりも黒く、まるで闇夜に吸い込まれそうなほどに美しかった。

吸い込まれそうな漆黒のレザー片はまるで一つの工芸品であるかのようなオーラを放っていた。

静寂を思わせるその漆黒を見た時、俺の心は完全にこの漆黒にレザー片に心を鷲掴みにされていた。

この漆黒は侘び寂びという日本人特有の美的感覚に見事にクリティカルヒットしたのであった。


「ほう、これは素晴らしいものができましたな。」


全員が見とれていると、息が整い体調の回復したアーモンが後ろから好奇の目でレザー片を見ていた。

バジルがハッと後ろを振り向くと「しまった」といった表情で額に手を載せる。


「あ、あの、このことは・・・」

「心配いりませんよ。私もこの仕事が長いので十分承知しています。ここで見聞きしたことは一切外では口外いたしません。」


アーモンの宣言にバジルは胸を撫で下ろす。

ナッツは意味が分からずにキョトンとした表情で二人のやり取りを見ていた。


「坊やには難しかったかな?フリーの錬金術師はね、いろいろな実験に関わるんだよ。だから、職業柄知りえたことは人に言っちゃいけないんだよ。これは商人でもいっしょだよ。」


アーモンが優しく説明するとバジルが横でうんうんと頷いている。

その後、何気ない会話をしながらアーモンの体力が回復するのを待つのであった。





「それでは、そろそろ2個目にいきましょうか。」


体力が回復したアーモンがバジルに実験の再開のゴーサインを出す。

バジルは頷くと2個目の樹液を渡す。


「ん?これは」


アーモンは不思議そうにカップの中身を見つめる。

カップには先ほどの半分ぐらいの樹液しか入っていなかった。


「ああ、それは先ほどの樹液の残りだ。これにもう一度魔力が注げるかを頼む。」


バジルの言葉にアーモンは「なるほど」と頷くと魔力を注ぎ始める。

すると今まで後ろで控えていたナッツがソワソワしだし、バジルに何やら話しかける。

そして、バジルが頷くとそっとアーモンの傍に立ち、じっと魔力を注ぐのを観察し始めた。

子供らしい好奇心に満ちたその瞳はアーモンの一挙手一投足を見逃さないように瞬きもせずにアーモンの手元に集中していた。

それに気づいたアーモンは手元が見やすいように少しだけだがカップを下げると、ナッツが食い入るようにかぶりついていった。




「ふう、こんな、もので、どうでしょうか。」


1回目と同じぐらいの時間の後にアーモンは樹液の入ったカップをバジルに手渡す。

アーモンは先ほどと同じく疲労困憊気味で

バジルは中を覗いたのちに、すぐさまタンドリーにダークレザーの製作を指示する。


「バジル、どんな感じだ?」


俺の問いにバジルは渋い顔で首を横に振る。

カップの中の樹液を覗き見ると先ほどと変わらないような粘度の黒い樹液がそこにはあった。

どうやら、魔力をいくら注いでもある程度以上は関係がないようだ。

だがこれで漆黒のダークレザーの作り方はほぼ確定したといっても過言ではなかった。

魔力を込めた樹液を用いれば、簡単に作れるのだ。

あまりの簡単さにバジルは少し困ったように唸っている。

一方、ナッツは弱ったアーモンに付きっきりで世話をしていた。

アーモンも孫と遊ぶおじいちゃんのように満面の笑みとなっていた。





アーモンが魔力と体力を回復している間、タンドリーはダークレザー片を完成させた。

出来上がったものは1回目の試作片とほとんど同じもので樹液に魔力を注ぐ量に限界があるのが判明した。

そのため、バジルは3回目の実験に何をすればいいか思い浮かばずにいた。


「アーモン様。錬金術とは面白いものですね。」

「ん?そうですか。子供には退屈な見世物だったでしょう。」


体調が戻ってきたアーモンにナッツが興奮して話しかけていた。

アーモンはナッツが錬金術に興味を持ったことが意外でならなかった。

アーモンはナッツが商人見習いであると思っていたからである。

実際はバジルに商人見習いの真似事をしているだけで、今は将来やりたいことを探している最中であることは知らなかったのである。


「いえ、そんなことはないです。手のひらから何か靄のようなものがあふれ出て、カップを覆っていったのはすごくきれいでした。」

「・・・!?ほう、魔力が見えなのですね。どうやら坊やには錬金術師としての才能があるようですね。」

「そ、そうなんですか」


アーモンに褒められたナッツは頬を赤らめ嬉しそうに笑う。

アーモンはと言えば、目の前に才能を持った少年が現れたことに喜びつつも残念にも思った。

魔力を可視化できるものは意外と少ないのである。

この才能があるものは魔術師や錬金術師として大成しやすい。

そしてそのほとんどが魔術師を目指すのである。

魔力を可視化できなくても錬金術を学ぶことはできるのだが、高見に登りつめることはできないのである。

そんな稀有な存在が錬金術に興味を持って、目の前に現れたのに商人見習いなのである。


「どうやら、実験はこれで終わりみたいですので、坊やに少し錬金術についてお話してあげましょうか?」


アーモンはナッツの頭を撫でながらそういうと、ナッツの顔に満面の笑みが浮かぶ。

ナッツは許可を求めるようにバジルに視線を送ると、バジルは頭を掻きながら頷いた。


「それでは、店主のご許可が得られましたので、錬金術の基本を話しましょうか。錬金術とは魔法ではありません。よく『鉛を黄金に変える術を教えてくれ』などと頼まれますが、そんなものはありません。錬金術はれっきとした学問であり、自然の摂理に乗っ取った現象を魔力により強制的にやっているに過ぎないのです。」


アーモンの錬金術学講座はその後も続いた。

俺はアーモンの説明を聞きながら心の中で苦笑していた。

アーモンは教師のように分かりやすい口調でナッツにも分かるようにと説明しているつもりなのが、おそらくナッツには理解できていないように思われた。

なぜなら、ナッツには基本となる知識が不足しているからだ。

アーモンもそのことを理解したのか、途中から更に砕いて説明していたのだが、それでもナッツの頭の上には疑問符が浮かび続けていた。

それでも懸命にアーモンの説明を理解しようとしている必死になっており、その姿を見るとほっこりするのだった。


アーモンの説明を俺なりにかみ砕いた結果、錬金術とは物質同士の結合と分離をする術であることが分った。

それを仲介するのが魔力であり、魔法陣なのだそうだ。

話を聞いているうちに俺も錬金術に興味がわいてきた。

実は俺も魔力を見ることができたからだ。

そして、あーもんが言う様に錬金術が学問であるのなら、俺の前世の知識は非常に役に立つかもしれないからだ。

例えば、鉄に酸素が結合すると錆びる。

これを利用すると敵の鉄の剣を錆びさせることにより、錬金術で容易に叩き折ることも可能となるからだ。

他にもいくつかできそうなことはある。

もし可能なら、アーモンに師事して錬金術を学んでも手もよいかもしれないと思ったぐらいである。


そしてナッツであるが、彼は完全に錬金術の虜となっていた。

アーモンの手から溢れ出る魔力は神秘的な光景であり、アーモンの口から語られる話は初めて聞くもので興味が尽きることがなかった。

ナッツは尊敬の眼差しでアーモンを見つめ、話を聞いていた。

アーモンはそれに気をよくして、上機嫌で錬金術の講義を続けていた。

そして、その状況をバジルは苦笑いをしながら眺めていた。






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