6 転生したら
「お客様。これでここでやるべき最低限のことはすべて終えました。後は、パトナムに転生するだけです。」
「セオルグ、いろいろとありがとう。」
「いえいえ。こちらこそお客様の担当になれて良かったです。時間があれば、もう少し向うの世界のことをお伝え出来たのですが・・・」
セオルグはカウンターの上に設置されている時計をちらりと覗くと申し訳なさそな顔をしてペコペコ頭を下げてくる。
俺も時計を見ると長針と短針がカチカチと動きながら11時55分を指していた。
この場所にいる時間制限でもあるのだろうか?
「ここまで魂の資質の高い方は初めてでございます。私はお客様のお手伝いができたことを誇りに思います。試練をクリアできることを祈っております。」
そういうセオルグは手を差し出してくる。俺はセオルグの手を握ると「最善を尽くす」と静かに答える。セオルグはその答えに満足したのかニッコリ微笑むと手を離して俺に向かって敬礼する。
その瞬間、俺は光に包まれてその場から跡形もなく消えてしまった。俺の転生が完了したのだった。
直後、セオルグの表情が険しいものになる。
「お客様。本当に気をつけて下さい。難易度5の試練をクリアできた方は今までで一人もおりません。お客様は更にその上の難易度6の試練まであります。・・・あの方はなぜこのような試練をお客様に課したのでしょうか?」
セオルグのぼやきは周囲のざわめきにかき消されて、誰にも聞かれることはなかった。
◇
俺は目が覚めると草原に一人立っていた。
周囲を見渡しても何もない、だだっ広い地平線がそこにあった。
日本では決した見ることができない雄大な自然を目にした俺は心洗われる感じだった。
ゆっくり鼻から息を吸い込むと、暖かい日差しに照らされた草の絨毯から大自然の息吹を感じることができた。
「素晴らしい景色なのは良いが、ここは何処なんだ?近くに人の住む場所はなさそうだが、これからどうしたらいいんだ?」
せっかく異世界に到着したばかりなのに、早速、問題が発生してしまったのだ。
ここが説明通りの剣と魔法の異世界ならば、きっとモンスターもいるはずだ。
まだ、自衛の術を覚えてもいなければ、武器も防具も装備していないのである。
この状態ならきっとスライムやゴブリンに遭遇しても死ぬはずである。
早急に人のいるところに向かわないといけない。
「はあ、転生先はランダムで決まるのか?なんでこんな何もないところに転生したんだ」
俺は自分の不運を呪わずにはいられなかった。
とりあえず、人がいそうな方向に歩いてみるしかないのだが、周りを見渡しても草、草、草、草。笑いしか出て来ない。
俺は地面に落ちていた小石を拾うと、真上に放り投げた。
石は重力に逆らうことができず、地面に落下すると、俺の右手前方に転がった。
俺は覚悟を決めると石の転がった方向に向かって歩き出した。
◇
歩き出して1時間ほどが経った。
時計は持っていないので時間は感覚なので適当だ。
というか、今俺の持ち物は何もない。所持しているのは身にまとっている質素な服だけだ。
人のいるところに出ても、金がないのだが、どうすればいいのだろうか?
それに言葉は通じるのだろうか?
自慢じゃないが、俺は言語関係は苦手だ。はっきり言って、日本語以外、全く駄目だ。
もしや、異世界言語とか、翻訳とかのスキルがないと意思疎通ができないかも、と不安が脳裏をよぎる。
いや、そんなスキルが必要ならセオルグが忠告してくれていたはずだ。
不安に駆られつつも周囲を確認すると、相変わらず草、草、草、草。笑いしか出て来ない。
普段、あまり運動をしていなかった俺だが、あまり疲れを感じていなかった。
見た目なとは洋服の上から見た限りでは変わっていないのだが、幾分かだが、肉体的にサービスを貰っているのかもしれない。
日本にいるときよりと体力の量が大違いだ。
視力も少し良くなっている。
日本では両目共に1.0で遠くのものははっきりとは見えなかったが、今は俺の前方遙か彼方に土埃が舞い上がっているのを確認できる。
どうやら、馬に乗って金属の鎧を着た集団が真っ直ぐこちらに向かってきているのが見える。
数は20人ほどで腰には剣を下げているのまではっきり確認できる。
うん、確実に視力は良くなって・・・、って人だ!?
遂に俺はこちらの世界の住人とファーストコンタクトを迎えることとなった。
彼らが俺を目指して駆けてきているのは明白だった。なにしろ、周囲には何もないからだ。
俺は彼らがやってくるのを待ちつつ、やってくるものたちを観察する。
全員、フルプレート製の頑丈そうな白銀の鎧を身に着けている。右手には馬上槍を装備し、腰には長剣を帯びている。
統一された装備から考えて盗賊ではなさそうだ。
鎧の胸の部分に何やら紋章のようなものが彫られていることからおそらく騎士団だと思われる。
そうこうするうちに俺は騎士団に取り囲まれることになった。
一人だけ、豪華なマントを付けた偉そうな男が俺の前に歩を進めてくる。この騎士団の隊長だろうか?
そいつは偉そうに馬上から俺をジロジロと観察している。周りの騎士たちはビクビクしながら馬上槍を俺に突きつけている。表情からは恐怖の色が見える。
どうやら不審者扱いを受けているようだ。まさか転生してすぐに騎士団に取り囲まれるなんて思ってもいなかった。
俺がどう対応しようか考えていると相手の方から話しかけてきた。
「吾輩はソウヤンの領主、センテンス・ゴールデンである。お主、試練を受けに来た転生者であるな。」
クネクネと曲がった特徴的な口ひげを右手で触りながら、見下すように俺に視線を向けてくる。
どうやら俺が転生者であると当たりを付けて来たようだ。
周りの兵士の様子から考えて、俺をひっ捕らえに来たのは間違いないだろう。
それにしても、俺一人を捕らえに来たにしては物々しいものだ。20人近くの騎士が出陣しているのだ。
・・・いや、違うか。転生者だから警戒されているのか。
転生者はエキストラスキルや勇者などの職業を持っている可能性がある。実際、俺もエキストラスキルを持っている。
それが戦闘に関係あるものなら、警戒する理由としては十分だ。『剣術を極めしもの』とか『究極の肉体』とか戦闘に特化したエキストラスキルがあった気がする。
・剣術を極めしもの:スキル剣術Lv10かつ力、素早さ、器用さのステータスにそれぞれ+20。消費SP 100
・究極の肉体:スキル頑丈Lv10かつステータスのHPに+100、力、体力に+30。消費SP 100
こんな感じだったのを覚えている。職業『勇者』の恩恵もかなりの者だったのを覚えている。
さて、ここで問題なのが、ここでどう答えるかだ。
この警戒体勢からしても転生者に良い感情は持ってないように感じられる。素直に「はい」と答えてよいのだろうか?
センテンスがここに転生したのをどうして知ったのかは分からないが、彼は領主らしいので何か術があるのだろう。
彼がここに詰問に来た理由が領主として俺の人物像を掌握しようとしてきたのなら問題ない。
俺はこの世界で問題を起こす気はない。世界征服なんてこれっぽちも考えていない。
問題は転生者を目の敵にして殺そうとしているか、我が物にしようとして捕えに来ていた場合だ。
その場合、俺は領主と敵対することになる。というか、この異世界生活がゲームセットになるのは間違いない。
センテンスの頭の悪い顔を見た限りでは後者である可能性が高い。こいつはどう見ても典型的な小物だ。
考えなしに行動して利益を求めるが、どこかでミスをして自滅していくタイプだ。
そうなると「いいえ」と答えても、納得してくれるか疑問だ。
「とりあえず、殺しとくか」とか言いそうな顔つきである。うーん。困った。
センテンスを見た目で判断して、いろいろ考えていたのだが、やはりセンテンスは予想通りの愚物であった。彼の辞書に『待つ』という言葉はなかったのだ。
「うひぃー、者共。その不埒物をひっ捕らえるのである。」
センテンスは奇声を発しながら俺を捕らえるように命令する。その顔はひどく醜いものであった。
兵士たちは未知の存在である俺に怯えつつも忠実に領主の命令を実行しようとする。武芸の心得のない俺は成す術もなく捕まるのであった。