21 詳細鑑定
無事にセントバニラに帰ってきた俺はさっそくエキドナに連絡をとる。
エキドナは快く快諾してくれて、3日後に手伝ってくれることになった。
後で、お礼に何かお菓子でも用意しておこうと思う。
そして現在、俺はダイアとモンドに相談をしていた。
「樹液に魔力を注ぐ魔道具ですか?」
ダイアが「うーん」と唸りながら真剣に悩んでいる。
隣でモンドはケラケラと笑いながら、話を聞いている。
「おじさん。相変わらず変なことを考えているね。」
「そ、そうか?」
「うん。普通そんなこと考えないもん。前回のモーターだっけ。あれも僕たちは考えもつかなかったもん。」
前回、依頼した電動ろくろと切削バーの製作のために二人が魔道モーターの開発をしていた時に聞いたのだが、この世界では『必要は発明の母』という言葉はないらしい。
切削バーの魔道具がなくても魔法で削ることができるので必要ない、ということだそうだ。
そして今回の樹液に魔力を注ぐ行為だが、錬金術で行われるため、そのような魔道具は存在しないそうだ。
「開発は無理なのか?」
「うーん。どうだろう?まだ、魔道モーターの開発も終わったないし。」
モンドは困った表情でダイアの方を見る。
ダイアはしばらく考えたのちに申し訳なさそうな表情で口を開く。
「ヒジリ様、申し訳ありません。おそらく、魔道具の開発は可能かとは思いますが、かなりの費用と時間がかかると思います。それなら、錬金術師に依頼した方がいいと思います。」
ダイアが最終的に下した判断はこのようなものであった。
モンドも隣でウンウンと頷いているため、俺も諦めることにした。
そして、電動ろくろと切削バーの開発を改めて頼むのであった。
「ヒジリ様、電動ろくろと切削バーの開発はもう少しでできますので楽しみにしていてくださいね。」
ダイアはそういうと、ニッコリ微笑むのであった。
◇
オレガノ商会のバジルの部屋で、バジルとタンドリーは二人で何やら話し合っていた。
ナッツは見習いらしく、その後ろに控えている。
俺が部屋に入ると、一番に気がついたナッツが元気に俺に挨拶をしてくる。
「おう、ヒジリか。で、どうだった?」
「ああ、エキドナとは連絡が取れた。3日後に時間があるそうだ。後、魔道具だが、ちょっと難しいようだな。」
俺はエキドナの件とダイアの言った内容をバジルたちに伝えるとバジルは顎に手を置きながら真剣に考える。
「ふむ、確かに子供たちの言う通りだな。それなら、この街の錬金術師に依頼してみるか。俺は錬金術師に知り合いはいないが、商業ギルドで探せばすぐに見つかるだろう。すぐに手配しよう。明日か明後日には手伝って貰えるだろう。そうしたら、鑑定までに試作品もできるだろう」
「そうだな。試作品作りは俺がやろう。」
バジルの提案にタンドリーも頷く。
エキドナと会う前に魔力を注ぎ込んだ樹液で作ったダークレザーの試作品を作ってしまおうということだろう。
そうすれば、闇の森で作ったものと一緒にエキドナに鑑定してもらえるというわけだ。
俺も納得顔で頷くと、ナッツがスッとバジルの元に紙とペンを持っていく。
バジルは当然のように受け取るとスラスラと手紙をしたためていく。
そして書き終わった手紙を受け取ったナッツは「商業ギルドに行ってきます」と言うと深く一礼して部屋を退出する。
その光景を俺とタンドリーは呆然として眺めるのであった。
「・・・?二人ともどうしたんだ?」
「いや、ナッツがえらく手慣れた感じがしてな。」
「確かにそうだな。まあ、見習いになったころのタイムほどじゃねえが手際がいいのは間違いないな。」
バジルはそういうといつも通りガハハハッと笑う。
えっと。タイムはもっと手際が良かったのか!?
あいつはどんだけ万能なんだ。
俺は一瞬驚いたが、確かにタイムは非常に優秀である。
俺の見た限りではあいつがいないとオレガノ商会は回らないんじゃないかというぐらいに優秀だ。
商品の仕入れ、ギルドとの調整、店番。
すべてにおいて彼の役割はかなりのものだ。
いっそバジルがいなくても問題がないのではないかと思うほどだ。
もっともタイムに言わせると「店長がいないとこの商会はすぐにつぶれてしまいます」ということなのだが・・・。
その辺のところは凡人の俺には分からないのである。
◇
おおまかな予定が決まったため、詳細を3人で話し合っていると、神妙な面持ちでタンドリーが提案してきた。
「あ、あの。提案があるんですが、俺の漆黒のレザー片とナッツの染まった服の欠片を詳細鑑定してはどうでしょうか?」
自信がないのかその声は震えており、声は次第にか細くなっていく。
途中でバジルがギロリと睨んだせいか、最後の方は消え入るような声となっていた。
村を出る時、父親のサグに対抗したあの雄姿はどこにいったのだろうか、と疑問に思うほどタンドリーは縮こまっている。
隣でバジルがハアッと小さくため息をついている。
それはそうと、知らない単語が出てきた。
「詳細鑑定?」
「はい、ヒジリさんはご存じないですか?詳細鑑定は鑑定スキルで通常より魔力を多く消費して使用したときに稀に普段より詳しく知ることができる現象です」
「ああ、詳細鑑定は普通よりほんの少し詳しく教えて貰える代わりに消費魔力が大きいため、依頼料金が割高になるんだ。なのに成功率は低く失敗も多いから割に合わない、というのが商人の間での認識なんだがな。」
タンドリーの説明を補足するようにバジルも説明をする。
「バジルがなんでそんなもんが必要なんだか」と言わんがごとくにタンドリーを睨むと、タンドリーは体を震わせながら小さくなる。
「なるほど、詳細鑑定については分ったが、なんでタンドリーはそれをした方がいいと思うんだ?」
「えっと、それは・・・。」
タンドリーは体を震えながらバジルの方を確認するように見る。
バジルは呆れながらも「早く説明しろ」というかのように小さく頷く。
それを見たタンドリーは少し安心した表情で語りだした。
「今回私たちが研究するダークトレントの樹液の染め物は今まで数多くの職人が調べてきましたが、あまりよくわかっていものです。今回、漆黒のレザー片とナッツの染まった服の欠片は俺の知る限りでは前例のないものです。だから、情報も少ないので詳細鑑定を使用したらもっと情報が分るんじゃないかと思いまして。」
タンドリーが必死に説明をするがタンドリーの表情の表情は渋いままだった。
やはり商人間の認識どおり、詳細鑑定は無駄使いだとおもっているのだろうか?
「タンドリー。詳細鑑定の料金がどれくらいか分かっていってるんだよな。」
バジルのドスが利いた声にビクビクしながら「ひゃい」と返事をしたタンドリーではあったが、それでもバジルから視線を外すことはなかった。
しばしの沈黙が流れたのち、バジルは「ふうー」大きなため息を吐く。
「いいぜ、詳細鑑定か。面白そうだな。俺も依頼するのは初めてだが、何だが楽しそうだな。」
バジルは豪快に笑いながら答える。
その姿を見た瞬間、緊張が解けたのかタンドリーは全身の力が抜け落ちたかのように椅子から滑り落ちる。
「おいおい、大丈夫か?」
「は、はい。なんとか」
バジルに苦笑いを浮かべながら尋ねると、タンドリーは消え入る声で返事をしているが、おそらく無事ではないだろう。
腰が抜けたのか、椅子に座りなおせないでいた。
結局、タンドリーは商業ギルドから帰ってきたナッツに助け求めるかのように視線を送り、それに気づいたナッツが慌てて駆け寄り、椅子に引っ張り戻すまで、椅子からずれ落ちた状態で過ごし続けることになるのであった。




