19 魔力と粘度
バジルのオレガノ商会の見習いとなったナッツはいきなりこき使われていた。
バジルは持ってきた商品の販売を始めたからだ。
本来なら俺が森で狩りをしている間にゆっくり売るつもりであった商品を今日一日で売り切るとバジルは張り切っている。
入社一日目のナッツはバジルの指示で馬車の中の荷物をせっせと広場に設置された露店に運んでいる。
ヒョロヒョロの体のため、力も弱く、多くの物を一気に運ぶことはできないが必死に荷物を運んでいる。
額に大粒の汗をにじませてながら必死に荷物を運んでいるが、その表情は生き生きとしていた。
露店に参加しない俺はタンドリーと話し合うことになった。
幾つか確認したいことがあったためだ。
タンドリーはバジルと一緒に最後まで宴会に参加していたため、復活するのが昼過ぎとなり、俺は暇を持て余すこととなった。
◇
「遅くなってすみません。うっぷ、お恥ずかしいことに、また二日酔いになりまして・・・」
真っ青な顔のタンドリーは重い足を引きずりながら宿屋の食堂にやってくるとに俺の顔を見るなり謝罪をしてくる。
どうみても、先日よりもひどい二日酔いだ。
席に着いたタンドリーは手をカタカタを震わせながら、虚ろな表情で俺を見ている。
タンドリーの状態を見ていると、呼びつけた俺が悪者に見えてくる。
申し訳なかった俺は酔い覚ましに聞くというお茶を頼むとタンドリーに渡す。
タンドリーは無言でそのお茶を飲むと少し落ち着いたのか、先ほどよりもマシな表情で俺を見つめてくる。
「タンドリー、呼び出してすまなかったな。体調は大丈夫か?」
「・・・正直言って、あまりよくないですね。あの・・・、バジルさんはなんであんなに元気なんですか?」
「ドワーフだからじゃないか?」
「でも、ドワーフ殺しを1本以上飲んだんでしょう。絶対におかしいですよ。」
「?」
「ドワーフ殺しは旨いっていう噂があったんで、最後まで飲んでたやつの有志が残ったドワーフ殺しを全員で分けて飲んだらしいんです。」
「らしい?」
「その辺の記憶がないんです。話によると俺が飲んだのはたった一口みたいなんです。」
「一口?」
「はい、それでぶっ倒れて記憶を失ったんです。」
「好奇心は身を亡ぼすっていうがその通りだったみたいだな。」
「はい・・・」
余ほど堪えたのかタンドリーの声は消え入るほど小さい。
まあ、仕方ないことか。
酒豪のドワーフをノックアウトできるほどの酒である。
普通の人間なら飲んではならないものだ。
「で、俺に聞きたいことって何ですか?」
落ち込んでいたタンドリーであったが、気を取り直して聞いてくる。
顔色が悪く、目は未だに死んだ魚のようになっているので、早く休ませた方がいいだろう。
「ああ、ちょっと見てもらっていいか?」
俺はそういってナッツが着ていたシャツをタンドリーに見せる。
肩口の真黒な染みを見たタンドリーは最初何のことだか分からなかったようだが、しばらく考えたのちに目を見開いて立ち上がる。
「あ、あのヒジリさん?これって・・・」
タンドリーは黒い染みを震えながら指さす。
俺は慌ててタンドリーを座らせると周囲を見渡す。
昼飯時だが、昨夜が宴であったためか、今日は食堂に来ている人はいない。
無効の方で宿の人が掃除をしているだけである。
「落ち着け、タンドリー。他の人に情報が洩れたら困るだろう。」
俺の言葉にハッとしたタンドリーが平静を装いつつも信じられないといった目でシャツの肩口を凝視している。
タンドリーもこの布の真黒な部分が例のレザーアーマー片と同じ耐闇属性Lv5であると感じたのであろう。
そう、2例目を発見したのである。
「やっぱり、お前もそう思うか。」
「はい、鑑定してみないと確定はできませんが、おそらく間違いないと思います。」
「やっぱりか。それで聞きたいことがあるんだが、お前がダークトレントに助けられた時、聖属性の武器は使っていなかったんだよな。」
「はい、チャレンジ中でしたので。・・・もちろん、俺を助けた奴は聖属性の武器で攻撃しています。」
「ああ、それは問題ない。それともう一つ質問だが、その時ダークトレントはお前の魔力を吸い取っていたか?」
「魔力を吸い取るですか?どうだったかな・・・。」
タンドリーは必死に記憶を呼び起こそうとする。
「うーん」と唸りながら頭をひねっている。
記憶力が悪いのか昨日のお酒のせいなのか中々思い出せなかったタンドリーであったが、思い出したのか手をポンと叩く。
「確かに囚われて魔力を吸われていたかもしれないですね。それが何か関係があるんですか?」
「ああ、この布も魔力を吸われている時に樹液が染まったみたいなんだ。」
「・・・!?なるほど、そういうことですか。」
それから、俺は樹液にサラッとしたものとドロッとしたものがあること、さらにはドロッとした樹液がサラサラになることなどを説明する。
タンドリーもそのことを知らなかったらしく、初め驚いた表情をしていたが、再び「うーん」と唸りだす。
何事かを考えていたタンドリーは真剣な表情で仮説を唱える。
「もしかして、ダークトレントの魔力と樹液の粘度が関係しているかもしれないですね。」
「魔力と?」
「はい、ダークトレントは傷つくと魔力で傷を癒します。樹液も時間が経つと魔力が抜けていくはずです。」
「なるほど、樹液に含まれる魔力が高いと粘度が上がり、黒くなるということか。」
「はい、そして、含まれる魔力が高いと染めた時に耐闇属性が高くなるのではないかと。」
「・・・可能性としてはあるな。その辺のことを含めて、一度セントバニラに帰って調べようと思っている。」
俺はいくつかのサンプルを作って鑑定してもらう予定であることを伝えるとタンドリーがなるほどとうなずく。
そして、何かを考えこんでいたタンドリーが思ってもいなかったことを提案してくる。
「俺も一緒に行ってもいいですかね?」
「バジルに聞かないといけないが、仕事はいいのか?」
「えっと、昨日親父と話し合ったら、『納得するまでやってみろ』って言われたんです。だから、仕事は大丈夫です。」
「それじゃあ、あとはバジルの承認待ちだな。」
「バジルさん!?」
バジルの名前に反応したタンドリーがプルプル震えだす。
昨夜のことがフラッシュバックしたのかもしれない。
最終的にドワーフ殺しを飲んだのは本人の責任だが、その前までの飲んでいる姿はインパクトがあった。
特にタンドリーは自分の父親のサグが潰されるまで飲まされているのを見ているので恐怖を感じているのかもしれない。
「心配するな。普段はあんなに騒がないから。・・・たぶん、大丈夫だ。」
俺はそう伝えることしかできなかった。
◇
「ガハハハッ。すべて売り切ったぞ。」
その日の夕方、バジルが上機嫌で帰ってきた。
馬車の荷台に一杯に積んでいた雑貨や食料などがすべて売れたようだ。
かなりの量であったが、一日で売りきるとは流石バジルだ。
バジルの後ろでは息も絶え絶えなナッツが足を引きずりながら歩いてくるのが見える。
疲れ切った顔ではあるが、その表情の中に何かやり切った満足感のようなものが見え隠れする。
「ナッツ。お疲れ。」
「あ、ヒジリさん。ありがとうございます。」
ナッツはそういうが否や、俺の前でばったり倒れる。
俺が慌てて抱き起すと、ナッツは小さな寝息を立てて眠っていた。
・・・・・・。
「バジル。流石に働かせすぎだ。」
バジルはナッツを休ませなかったのであろうか?
俺がジト目でバジルを睨むと、バジルは慌てて両手を目の前で振ると弁解をする。
「ち、違う。いくら休めといってもこいつが休まなかったんだ。」
「はあ。バジル、そこは無理にでも休ませないと」
どうやらナッツは気真面目な性格であったようだ。
休んだら、解雇されると思ったのかもしれない。
生真面目な新入社員ほどこのように思い込むのは前世で経験済だ。
俺は大きなため息を付くとナッツを部屋のベッドに抱えていくのであった。




