16 ココイチ村の宴
俺たちが外に出ると宴はすでに始まっていた。
村人の大半が参加しているであろうこの宴はすでに盛り上がっていた。
すでに大量の料理が用意されているだけでなく、広場中央では焚火がたかれ、そこで巨大な家畜の丸焼きが作られている。
そこから少し離れたところでは酒樽と思われるタルがいくつも積み上げられ、大人たちが思いのままに酒を飲んでいる。
大人たちは陽気に語り合いながら料理を食べ、子供たちは雰囲気に当てられたのか、興奮気味で周囲を走り回っている。
「・・・サムサ。そんなにダークプラントって儲かるのか?」
「今回は魔石があったんだ。だからぼろ儲けだな。」
「魔石?」
「おいおい、あんた冒険者だろう?魔石も知らないのか」
「悪いな。本業は職人なんだ。冒険者は身分証が欲しくて取っただけだ。」
「・・・訳アリか?まあいいか。魔石は魔物の体内で作られる魔力の詰まった石だ。魔道具の動力やら武器の強化やらいろいろなことに仕える便利なものだ。本来、ダークプラントは魔石を持ってないことが多いんだ。持っていても、小さな奴がある程度だ。だが、今回はかなり立派な奴が手に入ったんだ。だから、急遽宴を開いたんだ。あんたやバジルのおかげだから遠慮せずに飲み食いしてくれ。もちろん、ナッツ、お前もな。」
サムサはそういうとウインクする。
おっさんがウィンクしても全く様になってはいないが、サムサの気配りは十分感じることができた。
その言葉でナッツが安心したのか、近くにあった料理に手を付け始めたのであった。
それを俺たちは微笑ましく眺める。
◇
「ガハハハッ。もっと酒を持ってこい。」
とある一角から聞きなれた声が響き渡る。
声の方を向くと、数人の集団が酒で盛り上がっていた。
その中心にいるのはもちろんバジルだ。
「ガハハハッ。いいぞ、サグ。もっと飲め。」
「や、やめろ」
悲痛な叫びも木霊しているが、誰も助けようとしない。
逆に周りの連中は囃し立てている。
被害にあっているのは、サグという村人らしい。
サグ?
・・・タンドリーの父親か!?
よく見ると、隣でタンドリーが真っ青な顔をしている右往左往している。
父親を助けようとしているのか、それとも飲み過ぎて倒れる寸前なのかはわからないが・・・。
「いいのか?助けなくて。」
「何を助けるんだ?・・・ああ、あれはいつもの光景だ。気にするな。お前も酒が弱いならあいつらには近づくなよ。」
隣で飲む村長のサムサは「この程度、普通だ」といった感じで気にも留めていない。
あのペースなら急性アルコール中毒という恐ろしい事態が起こる可能性もあるのだが、この世界では知られていないのかもしれない。
昔懐かしの一気飲みコールも聞こえてくる。
この世界には前世日本の古き悪しき伝統が生き残っているようだ。
あんなものは酒を飲めない人にとって害悪以外の何ものでもない。
しばらくすると、酔った勢いで周りに絡みだすものまで現れた。
この世界にはアルコールハラスメントという概念はないのだろうか?
「・・・ないよな。」と思っていると、バジルがそういったものを取り締まっている。
何やら「マナー違反だ」とか言いながら、一撃のもとに意識を飛ばして言っている。
周りの者もそのことを意に介している感じは認められない。
どうやら、これもこの世界では日常の光景なのだろう。
「おう、楽しんでいるか」
酔って上機嫌になっているサムサが戻ってきた。
手には巨大なジョッキを持っている。
あのジョッキは・・・俺が作ったやつだな。
少し前にバジルの指示で結構な量を作ったが、街の外にまで販売していたようだ。
「ああ。それより、そのジョッキの使い心地はどうだ?」
「ん?この変な形のコップか?ちょっと前にバジルの野郎が送ってきたが、なかなかいい良いぜ。流石、酒のみドワーフだって皆で言っていたんだ。・・・あんた、職人って言ってたな。もしかして、あんたが開発したのか!?」
「ああ」
「ほお、大したもんだ。てっきりバジルが思いついたとばかり思っていた。」
「そうなのか?」
「ああ、やっぱり酒といえばドワーフだからな」
なるほど、その評価はこの世界では固定化されているようだ。
今もドワーフのバジルを中心に向うの方では宴が盛り上がっている。
バジルはエール片手に宴を盛り上げつつ、マナー違反者を取り締まっている。
それにしても、バジルに奴、昨日以上のペースで飲んでいないだろうか?
いくら懐を心配しなくてよいとはいえ、大丈夫なのだろうか?
俺の不安そうな顔に気づいたサムサが俺の肩に手を置く。
「心配するな。俺の家にあった『ドワーフ殺し』を2本提供している。頃合いを見て、サリーがバジルに止めを刺してくれるはずだ。ん?・・・だ、だいじょうぶだよな?」
始めは自信満々であったサムサであったが、語尾が明らかに震えていた。
バジルの飲みっぷりを見ているうちに不安になったのだろう。
サムサの視線は見る見るうちに酒樽を空にするバジルに集中している。
その視線は明らかに不安を含んでいた。
・・・2本で大丈夫なのだろうか。
◇
「サリーさん。バジルは大丈夫そうですか?」
俺は義務感からかサリーさんに様子を聞きに行く。
前世の俺の中では酒の席での不祥事は個人の責任という位置づけだったのだが、やはり一緒にこの村までやって来て、仕事をしているという関係上、全く無関心というわけにもいかなかった。
「ええ、大丈夫よ。サムサがドワーフ殺しを2本も提供してくれたからね。これ1本でドワーフを一人寝かすことができるわよ。」
サリーさんは不敵な笑みを溢すと小さな瓶を2本、懐から取り出す。
厳重に栓をされたその瓶にはまるで毒物であることを示すかのように少し角ばったドクロのマークが記されている。
この小さな瓶一本であのドワーフを酩酊させるというなら、きっとアルコール以外にも何かやばいものが入っているのかもしれない。
サリーさんはうっとりした表情で瓶を眺めているが、そんな危険なものを懐にしまっておいて大丈夫なのだろうか。
「あ、あのサリーさん。それは危険でないんですか?」
「ええ、大丈夫よ。うっかり割っちゃうとちょっと悲惨なことになるかもしれないけど、そんなに危険な物じゃないわ。」
俺はサリーさんの言葉を聞いて後ずさる。
頭の中にサイレンが鳴り響く。
本能が近づいてはいけないと警告を発しているかのようであった。
そんな俺の様子を見て笑いながらサリーさんが話しかけてくる。
「そんなことより、あの子をどうにかした方がいいわよ。」
サリーさんの指さす先には会場の隅で眠たそうに座っているナッツの姿があった。
姿が見かけないと思ったら、会場の隅にひっそり避難していたようだ。
宴が始まり大分時間が経っている。
他の子供たちはすでに自分の家に戻っている。
ナッツはどこに戻ればいいか分からずにあそこに座り込んでいたのだろう。
俺はサリーさんに「バジルをお願いします。」と頭を下げるとナッツのところに向かうのであった。
◇
「ナッツ。大丈夫か?」
俺が声を掛けるとナッツは眠たそうな眼を擦りながら顔を上げて俺の方を見る。
どうやら眠っていたようだ。
しばらく、ボーッとしていたが、意識がしっかりするとこんなところで眠っていたのを恥じたのか、顔を赤くして視線を逸らす。
「悪かったな。気が利かなくて。村長の家でもう休むか?」
俺の言葉にナッツの表情が一瞬明るくなったが、すぐに不安そうになる。
「あ、あのおじさんは?」
「ん?俺か。俺は連れと一緒に宿屋に泊まっているからな。そっちで寝るよ。ただ、今はあんな状態だからもう少しここで様子見だな。」
そういって広場の中心で酒を飲み続けているバジルを指さす。
途端にナッツの表情が寂しそうなものとなり、項垂れる。
一人は嫌なのだろうか?
俺はナッツの隣に腰を下ろすと優しく語りかけた。
「少し話しを聞いてもいいか?」
「・・・はい」
少し躊躇したナッツであったが、小さく頷くと俺の顔をまっすぐ見てきた。
その表情からは不安や寂しとが見て取れる。
俺を信頼している、というよりも誰でもいいから聞いてほしいといった
誰かにすがりたいといったところだろうか?
こうして、俺はナッツの身の上を聞くことになった。




