15 少年を介抱する
俺たちは意識のない少年を担いで、急ぎココイチ村に戻った。
少年はかなり衰弱しているらしく、意識を回復しないまま村にたどり着いた。
「サムサ。怪我人だ。」
バジルは村長宅に一直線に向かうと中に向かって大声で叫ぶ。
慌てて出てきたサムサが少年の顔をみて首を傾げる。
「おい、バジル。こいつは誰だ?」
「誰って、村の子供じゃないのか?
「こんな奴は知らん。周辺に人の住む場所はないから旅人かもしれんな。」
サムサはバジルと会話をしながらも村人に指示をどんどん指示を出していく。
5分も経たないうちに少年は村長宅の客間のベッドに寝かされ、村唯一の医者が呼ばれて、診察を受けていた。
「魔力欠乏症だね。幸運にも、ダークプラントに取り込まれて、そんなに経ってなかったみたいだね。少し魔力を吸われているけど、問題ないよ。」
医者はそういうと帰っていった。
俺は安堵の溜息を付きつつ、バジルに質問をする。
「なあ、バジル。魔力を吸われていなかったってどういうことだ?」
「ん。知らなかったのか?説明しただろう。ダークプラントは捕らえた獲物の魔力を吸い取って成長するんだ。だから、あのまま囚われ続けると魔力を吸いつくされて干からびて死んじまうんだ。」
「いや、初耳だけどな。」
「そうだったか?まあ、気にするな。」
そういって、バジルは豪快に笑いだす。
サムサはそんなバジルをジト目で見ながら他の村人を解散させると、こちらにやってくる。
「まったく、お前のいい加減なところは相変わらずだな。で、こいつを襲ったダークプラントはやったのか?」
「ああ、3メートルぐらいの中型の奴だ。場所はこの村からまっすぐ行って途中右に曲がった先だ。」
「はあ、相変わらず適当だな。まあ、3メートル級ならだいたい予想はつく。近くにヘンテコな形の岩がなかったか?」
「はて、あったかな?」
バジルは首を傾げると俺の方を見る。
俺も少し思い起こして、樹の裏側に玉座のような岩があったことを思い出す。
「ああ、あの玉座のような岩ですか?」
「やはりそうか。キングのところに行ったんだな。それでバジル。他には狩ってないだろうな?」
サムサの目が鋭くなる。
以前、山を丸裸に仕掛けた前科のあるバジルを警戒しているのだろう。
睨まれたバジルは頭をポリポリ掻きながら目線を逸らす。
「あー、そうだな。そこまでの道中に4~5本の若木に穴を開けたかな?」
「若木にだと!?」
「ちょっと、樹液のサンプルを取っただけだ。ちゃんと処理してるから心配するな。」
「本当だろうな?」
サムサが凄い剣幕で俺の方に向き直る。
俺に確認を求められてもよくわからないのだが・・・。
そういえば、俺が樹液を採取した後、バジルが穴に何か液体を掛けていたな。
「本数は6本だな。処理ってのはバジルが穴に何か掛けてたことか?」
「・・・まあ、こいつが森に入って6本程度の被害ですんだんなら良しとするか。」
俺の返答に一瞬ムッとしたサムサであったが、苦虫を嚙み潰したよう表情を経由して、今は諦めた表情となっている。
バジルはサムサのそんな葛藤を「ガハハハッ」と笑いながら見ていた。
「それで、ダークトレントの回収はこっちでやっていいんだな?」
「ああ、頼む。・・・そうだ。この坊主を助けるのにチャクラムを一本投げたままになってる。たぶん、幹に刺さってると思うからついでに回収しといてくれ。」
「チャクラム?・・・ああ、お前のあのけったいな形の武器か。わかった。」
サムサは頷くと部屋を出ていく。
そして残された俺たちは顔を見合わせると深刻な表情となるのであった。
◇
「おい、ヒジリ。どう思う?」
「どうって、間違いないだろう。」
俺たちは少年が着ていたボロボロとなったシャツを注視していた。
ダークトレントに締め付けられていたため、シャツは切り裂かれ、穴が空き、ボロボロとなっていた。
ここに運び込まれたときに村の女性陣によって着替えをさせられたため、今は少年の横に折りたたまれていた。
獲物の魔力を吸うという、ダークプラントの習性のためか、シャツに大きな血の跡などは付いてなく、当然のことながら、少年の体にも小さな擦り傷などはあるものの、大きな傷は一切なかった。
このことからも、ダークトレントが獲物である少年を丁寧に捕獲していたことがうかがえるのだが、問題はそこではない。
シャツの肩口に真黒な染みがあるのだ。
寒さは気づかなかったようだが、これは間違いない。
ダークトレントの樹液で染色されているのだ。
しかも、この漆黒のような濃さからいい、タンドリーのレザー片と同じく、耐闇属性Lv5であってもおかしくない。
まったく手掛かりが掴めていない状況であったのだが、ここに来て一気に前進したのであった。
「このシャツに樹液が付くタイミングは一つしかないな。」
「そうだな。俺のチャクラムが枝を切った時に出た樹液だけだな。」
「そうなると、チャクラムにもこの漆黒の樹液が付いてるんじゃないのか?」
「うーん。だといいんだが、チャクラムは金属製だからな。樹液が染み込まないからな。そっちは期待薄かもしれんな。」
「そうか。で、なんでこの樹液だけこんなに黒いんだ?ダークトレントの大きさが関係しているのか?」
「いや、俺はもっとデカいのも倒したことがあるが、こんなに黒い樹液じゃなかった。それにデカさが原因なら、すでに発見されていてもおかしくない。あの状況に何かあるんだ。」
◇
結局結論の出ないまま、時間だけが過ぎていった。
俺は漆黒に染め上がったシャツを見ながら、その美しさに惹かれていた。
何か懐かしさのようなものも感じる。
漆黒で引き込まれそうなほどのその濃さは俺に日本人の黒目、黒髪を連想させたのかもしれない。
どれだけ見ていても飽きることがない。
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ふと気づくと、辺りは夕闇となっていた。
外が少し騒がしくなってきている。
おそらく巨大ダークトレントを回収に行ったサムサたちが帰ってきたのだろう。
少年は未だ目を覚ましていない。
バジルは「気分転換をしてくる」といって出て行ったので、おそらく酒を飲みに行ったのだろう。
昨日の今日なのでさすがに飲み過ぎるということはないだろう。
「うーん、・・・ここは?」
背後から物音と同時に少年の声が聞こえる。
振り向くと状況が分からず困惑顔の少年が体を起こし、ベッドの淵に座っていた。
意識がはっきりしないのか、両手で自分の頬をパチパチ叩くと周囲を見渡して状況を確認しようと努めている。
俺と目の合った少年はビクッと体を震わせると、慌てて立ち上がろうとしたのだが、足を滑らせ、そのままベッドに後ろ向きに倒れこむ。
「おい、大丈夫か?」
俺が苦笑しながら声を掛けると、数瞬の間の後、状況を理解した少年は顔を赤くする。
急いで起き上がる俺にお礼を言ってくる。
「どうやら助けてもらったみたいでありがとうございました。ナッツといいます。あの・・・ここはどこでしょうか?」
「ヒジリだ。ここはココイチの村だ。」
「ココイチの村ですか?」
ナッツはココイチの村を知らないらしく、首を傾げる。
この世界の地理に疎い俺はこれ以上の説明ができないため、口をつぐむ。
俺の微妙な変化を察したのかナッツも詳しく聞いてくるようなこともなく、この場に微妙な雰囲気が生まれる。
「おう、様子はどうだ?」
この雰囲気を打ち払ったのはサムサであった。
巨大ダークトレントの回収を終えたサムサはナッツを心配して様子を見に来たのであった。
遠慮がちに声を掛け、入ってきたサムサはナッツが目を覚ましていることに喜びながらも、俺たちの雰囲気を察し、首を傾げる。
「良かった。今、目を覚ましたところで知らせに行こうかと思っていたんです。ナッツ、この人がこの村の村長のサムサさんだ。」
俺は救世主現る、とばかりにサムサに説明の全てを押し付けるようにナッツに紹介する。
ナッツはサムサに向かって深く頭を下げると、謝辞の言葉を述べる。
「ほお」
俺はナッツの一連の行動を見ていて、感嘆の溜め息が漏れる。
見た感じまだまだ10代前半といった感じの少年だが、非常に礼儀正しく、賢そうな子である。
ナッツは助けてもらったお礼を延々と述べていたが、サムサが笑ってそれを制した。
「それだけ喋れるなら、体調は大丈夫みたいだな。腹が減っているだろう。今日は大物が手に入ったんで外で宴だ。お前たちも参加しろ。」
大物=巨大ダークプラントのことだろう。
俺は遠慮するナッツの背中を押すと宴の会場に向かうのだった。




