14 囚われの少年
「ドロッとしていた?ダークトレントの樹液はサラサラしているものだぞ。」
「そうなのか?俺が見た感じでは傷口から出てきた当初はドロッとしていた感じだったぞ。」
「・・・確かめるか。」
バジルは疑いつつも、先ほど刺した場所から少し離した場所に剣を突き立てる。
「いくぞ。」
バジルは一言そういうと、一気に剣を引き抜く。
抜いた切り口から新たな樹液が流れ落ちるが、ヒジリが思っていたほどドロッとしてなく、逆にバジルが思っていたほど、サラサラでもなかった。
「あれ?さっきよりサラサラしてるな。」
「うーん。確かにドロッとしてるな。」
また、二人の感想が微妙にずれていた。
このことから導き出される結論は『先ほどよりサラサラの樹液が出たが、それでもドロッとしている』ということだった。
俺は急いでコップで樹液を受け取り観察をすると、すぐにさきほどと同じサラサラとした樹液に変化してしまった。
「・・・樹液は時間が経つとサラサラになるんだな。知らなかった」
バジルは新たな発見をしみじみと見つめていた。
ここで気になるのはサラサラな樹液とドロッとした樹液で違いがあるかだ。
「バジル。樹液の違いはどうやって調べればいいと思う?」
「そうだな。一番なのは鑑定屋に頼んでスキルで調べることなんだが、それだと外部に情報が洩れちまうもんな。・・・ヒジリ。お前は持ってないんだよな。」
「ああ、残念だが持ってないな。」
「フリーで信頼のできる鑑定スキルを持ってる奴がいればいいんだが、そうそうそんな都合のいいことなんてないもんな。」
バジルはそうボヤいていたが、俺には鑑定スキル持ちの当てが一人だけあった。
エキドナだ。
信頼はできると思うが、彼女は領主に仕えていると言っていたので、情報が漏れないかというと絶対とはいえないのである。
領主に問われれば、答えないわけにはいかないのである。
だが、他に当てがないのは間違いない。
バジルもしかめっ面をしているところを見ると当てがないのだろう。
「なあ、バジル。俺の知り合いのエキドナって女性が鑑定のスキルを持ってるんだが来てみるか?」
「ん?お前にそんな知り合いなんていたのか?・・・ちょっと待て、エキドナって言ったら、領主お抱えの鑑定士じゃないか?」
「知ってるのか?」
「当たり前だ。若くして鑑定スキルをLv7まで上げた天才だぞ。なんでお前が知り合いなんだ?・・・ってそうか。転生者だったもんな、お前は。そっちの線だな。」
「どう思う?彼女なら手伝ってくれると思うが、情報が領主に漏れるのはさけられないよな。」
「そうだな。・・・だが、フレデリカ様に漏れるのは逆にチャンスかもしれんな。うん、そうだな。」
バジルはブツブツ言いながら何やら真剣に考えこんでいたが、いいアイデアが思い浮かんだのかニヤニヤしながら満足そうな笑みを浮かべる。
その顔は完全に利益を目の前にした商人の物であった。
「おい、ヒジリ。エキドナさんが手伝ってくれるのは確かなのか。」
「ああ、彼女とは仲も良いし、彼女自身、鑑定スキルを鍛えたがっていたから、言えば了承してくれると思うぞ。」
「はあ、Lv7でまだ上げようとしてるのか。スゲーな。・・・よし。それなら今からいくつか鑑定用資料を作って、セントバニラに急いで戻るぞ。」
◇
「なあ、バジル。本当にやるのか?」
「ああ、今更ビビってるんじゃねえ」
「いや、ビビるにきまってるだろう。」
俺の目の前には巨大なダークトレントが鎮座していた。
後ろには玉座のような形の岩があり、まるで自分は王様であると自負しているかのように大きく枝を張っている。
先ほどまでいくつかのダークトレントに穴を穿って樹液を採取していた俺たちが次に向かったのは先ほどバジルが指さした3メートルの巨大な動くダークトレントであった。
「動かないダークトレントから採れる樹液のサンプルはもう十分だ。」
バジルは少し興奮気味で剣を握っている。
バジルによるとあと、1メートルも近づくと、巨大ダークトレントが容赦なくおそいかかってくるそうだ。
最も攻撃は単調で慣れれば避けるのはそう難しくないそうだが、こんな巨大な魔物と戦うなんて御免こうむりたい。
タンドリーが若者の間でこの魔物と戦うのが流行っていると言っていたが、俺からすれば、頭のネジが1~2本ぶっ飛んでいると思わざる終えない。
「ヒジリ、心配するな。お前の役目は戦うことじゃなくて、樹液を集めることだ。染み出てくる樹液を集めるだけだ。」
バジルは「グフフフッ」奇声を上げると喜々としながら巨大ダークトレントに突っ込んでいく。
その表情は商人ではなくまるで狂戦士のものであった。
「はあ、その樹液集めも危険なんだがな。」
俺はため息を付きつつも右手にコップ、左手にダイアがくれた聖水を散布する魔道具を握り締めるとバジルの少し後を距離を取った状態で追っていく。
実は、聖属性の短剣はバジルに返しているため、俺は武器を持っていなかったリする。
もっとも、聖水の魔道具が発動すると周囲のダークトレント全部に大打撃を与えることが可能だぞうだ。
その被害がどのくらいのものになるか分からないので、バジルには「もしもの時以外に使うな」ときつく釘を刺されている。
バジルは残忍な笑みを浮かべながら襲い掛かってくる巨大ダークトレントの枝を全て打ち払っていく。
確かにバジルの言う通り、ある程度戦いのできる者ならこれを捌くのはそう難しくはないようだ。
なにしろ、一度に襲ってくる枝は1~2本で速度もそれほど早くなかった。
最も、だからといって俺が捌けるかといえば答えは「No」であるには違いないのだが・・・。
巨大ダークトレントまであと少しというところで、バジルは何かに気づいたのか足を止める。
そして、何かを探すように巨大ダークトレントの枝が密集している地点を中心に何かを探し始める。
「どうしたんだ、バジル?」
「ああ、今、人のうめき声が聞こえた気がしたんだ。」
「人のうめき声?」
「巨大ダークトレントに誰かが捕まっているのかもしれん。」
「それじゃあ、すぐに倒した方がいいんじゃないか?」
「いや、それはだめだ。こいつは死ぬ直前、枝が一気に引き締まることがある。そうなると中の奴は無事じゃあ済まない。ヒジリ、魔道具を使うなよ」
バジルは襲ってくる枝を鬱陶しそうに払いのけながら必死にとらわれた者がいないか探していく。
バジルにヘイトが集中しているおかげで、俺には巨大ダークトレントからの攻撃は来なかった。
もし来ていたら、かなりやばいことになっていただろう。
俺はバジルの代わりに必死にとらわれている人がいないか探していく。
少なくとも地上付近にはいなさそうだ。
あとは上空付近だが、枝が目まぐるしく動いているため、、見ているだけで、気持ち悪くなってくる。
「どうやら気のせいだったみたいだな。ヒジリ、突っ込むぞ。」
バジルが再び突撃体制に入った時、俺はある違和感に気がついた。
上空のある一点に巨大ダークトレントの枝がほとんど動かずに密集している場所があるのだ。
「ちょっと待て、バジル。怪しい場所がある。右上空の枝が密集しているところはどうだ?」
「ん?・・・確かに怪しいな。」
そういうと、バジルは背負い袋から何やら小さな鉄製の円盤のようなものを取り出す。
直径20センチぐらいの円盤で中心には穴が空いている。
「チャクラム?」
詳しくは知らないが、チャクラムとはインドの投擲武器である。
バジルは迷うことなくチャクラムを枝の密集地点から少し離れたポイントに向かって投げつける。
勢いよく飛んでいったチャクラムは見事ダークトレントの枝を切り落とし、そのまま、巨大ダークトレントの幹に突き刺さる。
密集していた枝が、怒ったかのように次々とバジルを襲っていく。
切り落とされた部分からは樹液を振りまきながら襲ってくる。
バジルはそれを面倒くさそうに払いのけていく。
バジルを襲う枝が多くなるにつれ、密集していた枝が少なくなっていく。
そして、囚われていた人物の姿が次第に露わとなっていくのであった。
バジルもそれに気づいたのか、襲い来る枝を打ち払いながら囚われた人物の真下にまでたどり着く。
問題はその人物が地上から2メートル以上離れた場所で囚われており、意識を失っているのか、声を掛けても返事が返ってこない。
囚われている人物はまだ少年で、あそこから落ち、地面に叩きつけられれば大怪我になるかもしれない。
「ヒジリ、仕方ない。止めを刺すぞ。お前は坊主が落ちてきたら受け止めてくれ。」
すかさず、バジルは聖属性の短剣を握り締め、ダークトレントに突撃していくと、ダークトレントの幹に突き立てる。
ダークトレントの枝が猛威を振るう中、俺は慌てて巨大ダークトレントに駆け寄っていくが、ダークトレントが一度大きく身震いすると今まで獰猛であった枝が一切動かなくなった。
危険がなくなったと感じた俺は囚われていた少年に目をやると、少年は動きの止まった枝から零れ落ちる寸前であった。
「危ない」
俺は必死に少年の落下地点めがけて走り寄ると、間一髪で少年を受け止めるのに成功した。
確認すると少年の胸は前後に小さく動き、頬は赤みを帯びていた。意識はないが少年は生きている。
少年の生存を確認した俺は胸を撫で下ろすのであった。




