13 ダークトレント
闇の森は薄っすらと暗く陰気な空気の漂う森だった。
この陰湿な気というものがこの森に生息する魔物を闇属性にしているのかもしれない。
そんな中、まるで街中散歩するかの如く、軽快に進むドワーフとその後ろを恐る恐るついて行くヒューマンのオッサンがいた。
バジルとヒジリである。
「で、一緒についてきたのはいいんだが、俺の武器はどうするんだ?」
「ん?この聖属性の短剣をやるっていっただろう」
バジルはそういって無造作に短剣を俺に投げてよこす。
光り輝く刃物が俺に向かって飛んでくる。
俺が慌てて避けると短剣は無造作に地面に突き刺さる。
地面から引き抜くと煌めく刃に怯える俺の顔が映った。
「おい、バジル。鞘はないのか?」
「ん?鞘。・・・・・・おう、悪い悪い。これだ。」
バジルはそういって背負い袋から鞘を取り出す。
どうやら、鞘ごと放り投げて渡したつもりらしかった。
俺が短剣の柄をギュッと握って構えると、バジルも背負い袋から一本のショートソードを取り出し、手に軽く持つ。
先ほど、ハルバードとかモーニングスターとか言っていた男が今回使うのはショートソードのようだ。
バジルは職人になれなかったせいか、自分のことを不器用だと思っている節があるが、これだけいろいろな武器を使いこなせるところを見ると、言うほど不器用ではないのかもしれない。
「おい、ヒジリ。お前、そんなに力んでると実力を出せないぞ。お前が時々やっているあの踊りを踊ってるときみたいにリラックスしろ」
バジルが言っている踊りというのは俺が前世で友人に習った太極拳の演武のことだ。
簡単なやつを3つほど学んでいたため、それを時々行っていたのだが、ある時バジルに見られて、爆笑されたのである。
尤もそれは俺の演武のやり方が悪かっただけらしく、実際には戦闘でも有効そうな動きであるとは言っていた。
俺が短剣を握る力を緩めると、バジルは安心したのか、再びダークトレントが多く生息する地域に向かって歩き始めるのであった。
◇
周囲の雰囲気が鬱蒼とし始める。
気が重くなり、憂鬱な気分となる。
森林浴では樹木から発せられるフィトンチッドと呼ばれる成分がリラックス効果などを生み出していると言われていたが、ここの樹木は明らかにそれとは正反対の成分を発生させているようだ。
生息している樹木の種類も変わったのか、この辺りは森の入り口と比べて樹木の色が大分濃くなってきている。
「ふん。ダークトレントが大分育ってきているな。」
周囲の木々を見ながらバジルがポツリと呟く。
バジルは懐かしそうに周囲を見ているのだが、今、すごく気になる言葉を言った気がする。
「なあバジル。一つ聞きたいんだが今、『ダークトレントが大分育ってきている』って言わなかったか?」
「あん?ヒジリ、お前、もしかして知らんのか?ダークトレントってのはこの周囲で育っている暗褐色の木のことだぞ。」
「ダークトレントって魔物じゃないのか?」
「・・・・・・どうやら説明し忘れとったようだな。ダークトレントってのは若木の時は単なる樹木だ。これがある一定の大きさになると周囲の生物を襲うようになるんだ。」
「つまり、この周囲の樹木が一斉に襲ってくるってことか?」
「いや、この辺のは全部若木だ。ほれ、見てみろ。あれぐらい大きくないと襲ってこないぞ。」
そういって、バジルが指さしたのは全長3メートルは超える巨木であった。
あの大きさの魔物に襲われて無事でいられるのであろうか?
「バジル。もしかしてあの巨木のことか?あんなのが襲い掛かってくるのか!?」
「ああ、あれだとかなり大物だな。まあ、それでも聖属性の武器で突けば、すぐにやっつけれるがな。」
「でも、あんな巨大な魔物が迫ってきたら、押しつぶされるんじゃないか?」
「押しつぶされる?何言ってんだ?樹が動けるわけないだろう。襲うと言っても枝を曲げてぶつけてくるぐらいだぞ。」
「・・・・・・」
どうやら俺の思っているトレントとこの世界のトレントはだいぶ生態が違ったようだ。
前世のゲームの中でトレントというと、樹に擬態する魔物で樹木のように大地に根付いてはいないのだが、この世界では完全に樹木の範囲内のようだ。
「バジル。確認だが、目的の樹液は若木からもとれるのか?」
「ああ、若木だろうと動く奴だろうと、樹木の性質は一緒だ。これは昔調べたから間違いない。」
そういえば、バジルはタンドリーの父親のサグを手伝っていたと言っていたな。
その時の情報なのだろう。
「それじゃあ、聖属性の武器とそうでない武器での差もなかったのか?」
俺の思い付きの質問にバジルは少し難しい顔をすると首を横に振る。
「いや、サグのやろうの話だとほんの僅かだが違うらしい。聖属性で倒した方が少しだけだが耐闇属性のLvが低くなったそうだ。」
「どういうことだ?」
「えーっとな。俺は聖属性の武器とそうでない武器とで50本ずつ倒してそれをサグがダークレザーアーマーにしたんだ。その結果、普通の武器で倒した奴で作ったダークレザーアーマーの方が高レベルの耐闇属性が付くことが多かったそうだ。」
どうやら、昔、比較実験をしていたようだ。
となると、スキルのレベルは他の何らかの因子が関係するか完全にランダムかということになる。
「それで、当時はどういう結論に達したんだ?」
「ああ、サグはランダムでLv1~3のどれかが付くんじゃないかって考えたんだ。俺もそれに納得したんだがな・・・」
「今回、タンドリーがLv5のレザー片を手に入れたことによって結論が覆されたってことか。」
「そうだなな。おそらくサグの野郎はランダムでLv1~5のどれかが付くって思ったのかもしれんが、俺はそれには納得がいかねえんだ。」
「今までに他に報告例がないからだろう」
「そうだな。いかにLv5になる確率が低かったからといって、今まで全くでなかったのはありえねえ。いや、公表されてないだけで他にも成功例があったとしても、俺たちがあの時作った数は200を超えてたんだ。1つぐらいLv4もしくはLv5があってもおかしくないだろう」
「・・・・・・」
200以上って、どうやらバジルたちはこの森の木を絶滅寸前まで追い込んでいたようだ。
バジルの通った後に延々と切り株が続く光景が思い浮かぶ。
これだと、村長がバジルを説教して、ダークトレントの討伐を許可制にしたのも頷ける。
だが、困ったことになった。
俺が調べようと思っていたことはバジルたちが昔に既にやっていたのだ。
そうなると他に何か調べることがあるだろうか。
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「なあ、生きたダークトレントから直で樹液を取ったことはあるか?」
「あ?そんなこと・・・したことねえな。ダークトレントは樹液だけじゃなくて木材も高く売れるから大抵切り倒して回収するもんな。どっちかっていうと木材の方がメインだからな。よし、やってみるか。」
バジルはそういうと、近くのダークトレントに向かって剣を突き刺す。
樹に剣を突き刺すというシュールな光景が飛び込んでくる。
普通、樹に剣を刺そうものなら折れるのは必至だ。
「ヒジリ、コップを用意してくれ。たぶん、剣を引き抜いたら樹液が出てくるはずだ。」
俺は頷くとコップを用意する。
それを見たバジルがスッと剣を引き抜くと傷口から黒く輝く液体が少量出てきた。
俺はそれを急いでコップの中に入れる。
「よし、成功だな。そいつがダークトレントの樹液だ」
バジルは抜いた剣を拭いながら、教えてくれる。
拭った布が真っ黒になっている。
樹液で染め出されたようだ。
俺はコップの中を覗くとサラっとした黒い汁がそこにはあった。
バジルに見せるとこれが樹液で間違いないそうだ。
コップの内面が少し黒く染め出されているが、漆のような漆黒といった感じとは程と受かった。
それよりも俺は一つだけ気になることがあった。
「なあ、バジル。樹液ってこんなにサラサラしているのか?」
「どういうことだ?」
「いや、ダークトレントから出てきたばかりの樹液はドロッてしていた気がしたんだ」
俺の言葉にバジルは目を丸くして驚いていた。




