9 魔道具職人ギルド
俺はこの二日、馬車の御者台で揺られ続けていた。
この世界に来て二度目の馬車の旅である。
馬車とは言っても、引いているのは馬ではなく、見たこともない動物であった。
ニトロと呼ばれる犀のような動物であるのだが、犀より足が胴は少しスリムであった。
そして、性格は人懐っこく、まるでよく躾けられた犬のようであった。
元々は地方の少数部族が馬車を引かせていたらしいのだが、徐々に世界中に広まってきているそうだ。
馬より馬力があり、体力もある動物で走る速さは馬よりも劣るが、馬車を引かせたスピードなら馬以上のスピードを出しつづけることができるそうだ。
「ガハハハハッ。馬よりも性能がいいんだが、見た目で敬遠されている不遇の動物だな。」
バジルはそう評していたが、敬遠される理由は見た目ではなく乗り心地だろう。
ハッキリ言って、ソウヤンからセントバニラに来るときに乗った馬車と比べると、乗り心地に天と地ほどの差がある。
スピードが出過ぎて馬車の揺れが激しく、カーブを曲がるときの横Gが酷いのだ。
そうとは知らない俺は始めは荷台に乗っていたのだが、あまりに揺れが激しいため、耐えられなくなった。
馬車酔いである。
そのため仕方なく、御者台に移動したのだ。
荷台の中だと、外の景色が見えれない為、三半規管が大いに揺すられるのだが、外の景色が見える御者台に座ることで、三半規管へのダメージは半分以下に抑えることができた。
「ガハハハッ。この風を突き抜ける感覚がたまんないぜ」
横でバイク乗りのようなセリフをご機嫌で吐いたバジルを俺はジト目で見る。
どうやら、馬車酔いの原因はニトロではなく、バジルの運転の方に重きがあったようだ。
すまない、ニトロ。疑ってしまって。
バジルの暴走運転のため、気持ち悪さはそれでも続いたのだが、しばらくすると、次第に慣れてきた。
ニトロがいかに早いと言っても所詮、動物である。
前世の暴走自動車を経験したことのある俺からするとまだまだであった。
馬車酔いは何とかなったのだが、御者台は狭く、バジルと密接して座らないといけないというデメリットがあり、俺もバジルは狭さと暑苦しさから嫌そうにしていた。
「バジル。もう少しゆっくり走れないのか?」
「なんでだ。折角ニトロで牽いてるのにゆっくり走ったら意味がないだろう。」
「速く走ってるから揺れるんだろう!」
「馬鹿言え。これのどこが揺れてんだ。」
途中で、速度を落とすように交渉しようとしたのだが、バジルに話は通じなかった。
バジルはどうみても前世の暴走族と同じ人種なのである。
スピードの為には揺れや横Gなど気にならないのだ。
いや、もしかすると横Gは気にならないのではなく、気に入ってワザとしているのかもしれない。
しかし、俺が馬車の揺れに対してあまりにも不満を言い続けため、バジルも少しは気にはなったようだ。
そして、商人としての才覚か、俺の話に金儲けの臭いを感じ取ったようであった。
「なあ、ヒジリ。元の世界の馬車はそんなに揺れなかったのか?」
「いや、悪いが元の世界に馬車という物はあったが、俺は乗ったことはないぞ。俺たちは主に自動車ってのに乗ってたんだ。」
「????」
「前世では馬で車を引く時代は当の昔に終わっていたんだ。自動車は馬が引かなくても動く、馬車の荷台だけのようなものだな。」
うん、自動車の説明をしようと思ったのだが、科学抜きで説明するのは結構難しいな。
上手い言葉が見つからない。
「・・・魔道具みたいなものか?」
「いや、魔道具じゃないな。前世では魔法というものはなかったからな。機械っていうんだが、・・・カラクリって言った方が分かりやすいか?」
「・・・?カラクリって歯車とかを使って物を動かしたりする玩具みたいなやつのことか?」
「・・・歯車。そうだな。それがかなり高度になったものと思ってくれればいい。言っとくが俺は作り方は分らんぞ。」
シンプルな自動車の構造ならなんとなく想像できる。
ダイアとモンドにモーターの製作を依頼し、完成間近まで漕ぎつけていることから、この世界でも初期の自動車なら何とか作れるかもしれない。
しかし、だからといって、不完全とはいえ自動車の作り方をこの世界に伝えるのかというと、流石にためらわれた。
下手をするとこの世界の文化などを破壊しかねない可能性があるからだ。
急激な技術革新は身を亡ぼす恐れがあるのだ。
今更ながら、慎重にしないといけないと、身を引き締める。。
「ふーん。まあいい。それでそこまで文明が進んでいたんなら、もしかして馬車の揺れの軽減の仕方も知っているのか?」
「詳しくは知らんが、サスペンションって呼ばれるものが使われていたはずだ。」
「サスペンション。なんだそれは?」
「ああ、バネで車軸と車体の間にバネを入れて、揺れを吸収させるらしいぞ。詳しい構造は分らんぞ。」
「いや、それだけわかれば十分だ。後は懇意にしている職人連中に調べさせよう。いや、いいアイデアを聞かせてもらった。流石商品開発担当だ。」
バジルはサスペンションにかなり興味を持ったようであった。
その後、2時間程サスペンションについて質問をされ続けた。
しばらくすると俺の説明に納得をしたのか、バジルはとても満足げにブツブツと呟き始めた。
そして、顔がだんだんニヤケてくる。
「ガハハハッ。これで貴族どもに一泡吹かせることができるな。」
「どういうことだ?」
「実はな。馬車の揺れを軽減する魔道具ってのがあるんだ。」
「そうなのか」
「ああ、ただ、貴重な素材を使っているとかでバカ高いんだ。だから、貴族の馬車にはついていても、庶民が乗る馬車には付いてないんだ。そこで、庶民でも手が出るようにって魔道具の改良を試みた魔道具職人がいたんだが、魔道具職人ギルドによって止められたんだ。」
「魔道具職人ギルド?魔道具ギルドとは違うのか?」
「ああ、似たような名前だが違う。魔道具ギルドは国外にある魔道具職人のギルドだな。この国にも支部があるが勢力はそんなにねえ。一方、魔道具職人ギルドは魔道具普及委員会から分離独立した奴らが作ったギルドだな。最近、貴族共と手を組んで勢力を伸ばしてきてるんだ。」
バジルは一息つくとハッと息を吐く。
そして何かを確認するかのように俺の顔をマジマジと覗き込む。
「・・・どうやら、まだ聞かされてないようだな。魔道具職人ギルドは力をつけてきて調子に乗ったのか
『自分たちが元祖だ』とか言い始めて、各地の魔道具普及委員会を潰して回ってるんだ。名前が名前なもんだから、中にはそれを信じちまってる奴らもいるぐらいだ。」
バジルはバツの悪そうな顔で説明してくれる。
確かに、何々委員会という言葉はこの世界では相いれない名前なので、知らないものなら魔道具職人ギルドの方が正当性があると思うかもしれない。
「それにしても、潰して回ってるって物騒だな。まるで抗争中のような表現だな。・・・もしかしてダイアとモンドの父親は・・・。」
「気づいたか。証拠はでなかったが、おそらく、あの二人の親父は魔道具職人ギルドのやつらに殺されたんだ。」
「ホントなのか?」
「状況証拠だけだが、かなり信ぴょう性は高い。あの子たちの親父はセントバニラの魔道具普及委員会のギルド長で王国でも有数の魔道具職人だったんだ。だから、あの人を慕って多くの魔道具職人がセントバニラに移住してきていたんだ。ところが、昨年の事故の後、街にいた職人のほとんどが一斉にいなくなっちまったんだ。その行方ってのが他の街の魔道具職人ギルドだったんだ。きな臭いだろ。」
「でも、だからといって、殺しまでするのか?」
「なんでも、魔道具職人ギルドが喉から手が出るほど欲しがるものをあの二人の親父さんが持ってたって噂だ。」
「喉から手が出るほど欲しがるもの!?」
俺はそれに心当たりがあった。
二人に最初に出会った日に見せてもらった王国からのギルド設立許可証と先日見せてもらった初代ギルド長の書いたとされるアイデア帳である。
両方とも魔道具普及委員会の正当性を主張できるものである。
二人は無防備に俺に見せてくれたが、俺ではなく、魔道具職人ギルドの関係者だったらかなりまずかったのかもしれない。
「このことのあの二人は?」
「たぶん知らせてねえんじゃないか?俺は商業ギルド経由で聞いたが、誰にも漏らすなって言われてるんだ。冒険者ギルドや領主様も当然、この程度の情報は仕入れているはずだが、誰もこの情報を表立って語る奴はいねえ。つまり、上から箝口令が引かれてるってことだ。」
「だが、知らせてないと二人が危ないんじゃないか?」
「そうかもしれんが、知らせると二人は魔道具職人ギルドを憎むようになるかもしれんぞ。」
「そ、そうだな・・・。俺も二人には知られないように気を付けるよ。二人には復讐の道とかに入ってほしくないからな。」
「おう、っていうか絶対に二人に言うなよ。情報の出所が俺ってばれたら、俺が商業ギルドからペナルティーを受けちまうからな。」
そういってバジルが大きく狼狽える中、俺はとある覚悟をするのであった。。




