6 ポーション開発1
グリーンララとレッドララを使ったポーション作りは難航を極めていた。
グリーンララにはわずかに回復成分が含まれているが、レッドララにはそのような成分が含まれていなかった。
グリーンララの成分を水で抽出しても大した効能は得られなかった。
さらにはその抽出液を濃縮もしてみたのだが、無駄だった。
やはりグリーンララだけではポーションを作りのは無理なのだろう。
グリーンララとレッドララを一緒に混ぜて、水で成分を抽出しても芳しい反応は得られなかった。
「はあ、わかんないな。何かもう一つピースがあればいいんだが、それがわかんないな。」
水でなく、別の水溶液で抽出するのかもしれない。
何か触媒のようなものが必要なのかもしれない。
もしくは水で抽出するまえに薬草に何らかの処理が必要なのかもしれない。
アイデアはポンポンと出てくるのだが、すべて試すには時間も材料も足りない。
「そうだ。タイムがある程度は予想できるとか言っていたな。」
以前、タイムが材料くらいならある程度予測はできると言っていたのを思い出した俺はタイムに知恵を借りに行くのであった。
◇
「えっ!?ヒジリさん。もうポーションの調合レシピの開発を始めたんですか」
「ああ、この前、冒険者ギルドの依頼でグリーンララとレッドララの採取依頼があったんで多めに採取して持って帰ってきたんだ。」
「グリーンララとレッドララですか」
タイムはそういうと難しい顔をする。
そして店の奥の方に行くと、ポーションと丸薬を持って帰ってくる。
「グリーンララとレッドララで元々作られていたのがこの丸薬です。それを改良したのがこのポーションです。この丸薬は昔から作られていたものなんですが、これをポーションにできたのは王都にある有名な調剤師一派だけなんですよ。他の調剤師一派もこのレシピを盗もうと躍起に立っているんですが、今のところまだ無理みたいですね。」
「そうなのか。それで丸薬の方のレシピもやっぱりわからないのか?」
「いえ、丸薬のレシピはこの丸薬を開発した調剤師が公表しましたのでわかりますよ。」
そう言うとタイムは懐から一枚の紙を取り出し、俺に手渡す。
その紙には『回復薬ララのレシピ』と手書きで大きく書かれていた。
非常に丁寧な字で書かれており、文字の大きさもまったく同じであった。
文字列もまっすぐであり、まるでパソコンで打ち出した文章のように感じられた。
書いた人の性格が良く表れている。
タイムは眼鏡をクイッと上に上げながら胸を張って「念のために調剤師ギルドで調べておきました。」と答えた。
俺はドヤ顔のタイムを無視すると、レシピに目を通す。
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回復薬ララのレシピ
1 グリーンララとレッドララを5対2の割合で混ぜ、よくすり潰す。
2 すり潰したものを団子状にして蒸す。
3 柔らかくなった薬草を熱いうちに押し固めて丸くする。
なお、大きさは1センチ程度で大きくしても効果は変わらず、小さいと効果が減退する。
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丸薬の製造方法は非常に簡単であった。
なぜ、この方法で回復薬ができるのかは分からないが、とりあえず作り方は判明した。
相変わらずレッドララの役割は全く分かっていない。
何か理由があってレッドララを混ぜているのだろうが、レシピには理由は何も書かれていなかった。
タイムに聞いてみたところ、調剤師ギルドで書き写した原本にもその辺りのことは全く載っていなかったそうだ。
というか、レシピを公開した調剤師はその辺りのことは他人に語ることはなかったそうだ。
俺はタイムに礼を言うと、作業小屋にもどるのであった。
◇
タイムから情報をもとに、再び俺は試行錯誤を繰り返した。
まずはレシピ通りに丸薬を調剤してみた。
次いで、グリーンララのみを蒸してみて、次いでレッドララのみを蒸してみた。
レシピ通りに作ったところ、丸薬は簡単に製造できた。
確かに、グリーンララの葉をかじっただけよりも、高い回復量の丸薬を調剤することができた。
レッドララのみを蒸して作った丸薬はもちろん何の効果もないものであった。
一方、グリーンララを蒸して作った丸薬は生のグリーンララと比べると高い回復量を持ったものが出来上がったが、レッドララを混ぜたものと比べると明らかに回復量が下がり、さらにはその効果はまちまちであった。
ちなみに丸薬を水に溶かしてみたが、やはり回復ポーションにはならなかった。
これらの実験でいくつかの仮説が立った。
・ グリーンララは熱を加えると回復量が増す。
・ グリーンララの回復量は加熱後、時間と共に減っていく。
・ レッドララに含まれる成分がグリーンララの回復量を安定させる。
である。
これらの仮説を検証するためにグリーンララを焼いたり煮たりしたのだが、回復量は増えるどころかゼロになってしまった。
俺はいきなり仮設の修正を余儀なくされた。
加熱ではなく、蒸すが回復量を増やす条件なのではないのだろうか?
「おう、頑張ってるみたいだな。」
「ああ」
考察を続けていると、いきなり後ろから声をかけられた。
いつものパターンだ。
ゆっくり後ろを振り向くとそこにいたのはやはり、バジルであった。
この男は気配を殺してやってくるのか、声を掛けられるまでその存在に気がつかないことが多い。
驚く俺の反応を楽しんでいる節もある。
今回、俺が無反応で応対したため、バジルの表情はちょっとつまらなそうである。
「それにしても、この作業部屋もお前が来る前と比べてえらく変わったな。」
バジルは周りをぐるりと見渡すと感心したように溜息を漏らす。
始めは埃だらけで壁に穴が空いていたりもしたのだが、今はきっちり掃除も行き届いており、壁の穴も塞いでいる。
始めてはいった時に見た紫色の毒々しいクモも今は見かけることはない。
ちなみにそのクモは毒クモだった。
人は襲わないが、臆病なクモらしいのだが、噛まれるとその部分がしばらくの間、痺れるそうだ。
いなくなって良かった。
始めはこの小屋で寝泊まりをしていたため、小さなテーブルや水ガメを作り、小さな竈のようなものも設置した。
料理はバジルが毎食用意してくれていたので、使用することはなかったが、それらの設備が今は調剤レシピの開発のために有効利用されている。
「ヒジリ。いつの間に竈なんて用意してたんだ?」
「バジル。ここに寝泊まりしていた時に設置するって許可を貰ったはずだぞ?」
「ん?そうだったか。忘れちまったよ。」
バジルはそういうと豪快に笑う。
この男は商人としては結構なやり手みたいなのだが、結構いい加減なところがある。
人間味に溢れると言えば聞こえがいいのだが、俺からすると騙されそうで心配になる。
もっとも、タイムによると「店長はいい加減に見えて、いえ、実際にある点においてはいい加減なんですが、商い関係では結構抜け目がないですよ。」とのことだった。
「それで、今日はどうしたんだ?」
「ああ、タイムにお前がポーションの開発に着手したって聞いたから身に来たんだ。この前みたいに時間を忘れて没頭してたらいけないからな。」
「わざわざスマンな。だが、今日は大丈夫だぞ。もう終わる予定だったからな。」
「ん?そうなのか。今日は早いな。」
「ああ、手持ちのグリーンララとレッドララがなくなったんだ。」
俺がそう言ってニカッと笑うと、バジルは目をキョトンとさせる。
「ガハハハッ!そりゃ、これ以上続けるのは無理だな。まあ、気張らずにゆっくりやっていけや。」
「ああ、そうさせてもらう。前回のようになったら子供たちの叱られるからな。」
俺はバジルの気配りに感謝しながらも「それに甘え過ぎないようにしなければ」と自戒する。
こうして、俺のポーション開発1日目は終わりを告げるのであった。




