38 後見人
「家族!?」
「はい、フレデリカ様たちとのお約束で私が成人するまで二人で生活できないようなら、世話をしてくれる大人を探すのでも良いと言われていたんです。」
ダイアはそういうと頬を赤らめて、俺の顔をじっと見つめる。
・・・それで結婚してくださいってセリフがでたのか。
モンドの方を見ると複雑そうな表情で俺を見ている。
「姉を取られるのは嫌だが、このまま姉と別れるのも嫌だ」といったところだろうか?
この姉弟には家族イコール結婚という図式しかないのであろうか?
「ダイア、それで結婚してくれって言ったのか?」
「は、はいそうです。」
ダイアは恥ずかしそうにしながらも、目をキラキラさせながら俺を見上げてくる。
明らかに期待している乙女の瞳だ。
そんな乙女の純情を踏みにじったのはテキーラであった。
「ダイアちゃん。期待しているとこ悪いんだが、成人するまでは結婚できないぞ。」
「えっ!?」
ダイアの表情が天国から地獄に落ちたかのように落胆する。
モンドがテキーラを睨みつけると慌ててダイアを慰め始める。
チップスは呆れた顔でテキーラを眺め、カンパリは烈火のごとく怒って、説教を始める。
普通、この状況で今の言葉は吐けるやつは中々いない。
もちろん、「そこに痺れる、憧れる」なんて全く思うこともない。
正座をさせられて涙目になっているテキーラを俺は無視して、チップスに尋ねる。
「なあ、この国には後見人制度みたいなものはないのか?」
「後見人ですか?」
考え込むチップスを見て、このような制度はないのかと落胆する。
別にその貴族と同じようにダイアとモンドを養子にしてもいいのだが、そうなるとダイアは非常に落胆するだろう。
なぜなら、ダイアが俺と結婚するという道が閉ざせれるからだ。
俺は確かにそういうことには疎いが、流石にそこまで朴念仁ではない。
だが、ここで一つ注意しておく。
俺は決してロリコンではない。
きっとダイアの俺への好意は一時的な気の迷いのようなものだろう。
数年後にはきっと忘れているはずだ。
うん、きっとそうだ。
だが、後見人制度みたいなものがないのなら、仕方ないので養子として引き取るしかないだろう。
ダイアには悪いが仕方ない。
だが、俺の表情から察したのか、チップスが慌てて訂正する。
「いえいえ、後見人という制度は確かにありますよ。もっとも、今まで貴族以外の方が利用したという前例はありませんが・・・。それより、よろしいのでしょうか?あなたが後見人になるということは王都の貴族と対立するということですよ。」
そうなのだ。
それがあるから、今までこの街の人たちは誰もこの二人を助けれなかったのだろう。
チップスの言葉を聞いたダイアとモンドの表情が一気に暗くなる。
「チップス。仮に俺が後見人になった場合、その貴族はどんな妨害をしてくると思う?」
「そ、そうですな。相手は王都でも名の知れた貴族でありますので、逆に表立って何かをするのは難しいと思います。それに、ヒジリ様の経歴を考えると、裏工作もやり辛いものがありますので・・・」
そういってチップスは「うーん」と唸って考え込む。
それにしても、俺の経歴ってなんだ?
俺はこの世界に転生してから何か成したってことはないんだが・・・。
ここで俺はソウヤンの牢屋の中でエキドナに聞いたことを思い出す。
「この世界は転生者のための道具である」といことを。
そう、この世界はセンテンスのようなものは一部で、そのほとんどが転生者を助けるために生きているのだ。
「そうですね。裏でチンピラを雇って嫌がらせをするとか、あなたの悪い噂を流されるかもしれませんね。」
考えがまとまったのか、チップスが先ほどの質問の答えを口にする。
うん、思ったほど酷くなかった。
てっきり暗殺者でも送られるかと無実の罪で捕らえられるとかを想像していたが、そんなことはないそうだ。
チップスに確認すると青い顔をしながら「よく、そんな発想が浮かびますね。」と引かれた。
俺の想像がそんなに突拍子もないかは別にして、これで問題はなくなった。
後は二人の意思だけだ。
俺はダイアとモンドに向き直ると真剣な表情で尋ねる。
「どうする?俺で良いならお前たちの後見人になってもいいぞ。」
二人は互いに顔をつきあわせて何やら相談を始める。
意外なことに表情を見た限りではモンドが賛成でダイアは反対のようであった。
しばらく相談した後、モンドがモジモジしながら俺の元までやってきた。
「僕はおじさんと暮らすのはどっちかっていうと嬉しいんだけど・・・、本当にいいの?」
「ああ、構わん。そっちこそいいのか?俺は今まで子供を育てたこともない男だぞ。」
俺がニヤリと笑いながらそういうと、モンドは無言で俺に抱きついてくると、笑顔で俺を見上げてくる。
モンドの答えは当然、イエスであった。
ダイアの心情はモンドより複雑であった。
ダイアは当然、ヒジリと一緒に暮らしたいのだが、そのせいで貴族に目をつけられるのは耐えられないのだ。
二つの気持ちがダイアの心の中で拮抗していたのだが、そうそうにモンドが陥落したため形勢は一気に傾いた。
幸せそうにヒジリに抱きつくダイアを見ていると意地を張るのが馬鹿らしくなってきたからだった。
「私もおじさまと一緒に暮らしたいです。」
ダイアはヒジリに抱きつくと、その瞳から涙が堰を切ったように流れ出した。
何故、姉が泣き出したのか理解できないモンドは姉の突然の号泣に唖然とするしかなかった。
ダイアの状況をいち早く理解できたのはヒジリであった。
ヒジリはまるで娘をあやすかのようにダイアの頭を優しくなで続けた。
一人でモンドを支えて生活してきたダイアには、かなりのプレッシャーが掛かっていたのだ。
本来なら、親に甘えていても良い年齢である。
すでに彼女の心身は衰弱しきっていたのであった。
◇
コンコン、というノックの音が聞こえたのちに会議室の扉が開くと一人の女性が入ってきた。
女性は俺に抱きつくダイアとモンドの姿を確認すると満足そうに微笑む。
「あらあら。いつまで待っても来ないからどうしたのかと思ったら、こんなことになっていたんですね。」
笑顔と共に入って来たのはご存じ、お嬢様系巨乳受付嬢のシードルであった。
シードルは俺たちの前を通り過ぎるとチップスの前まで立ち止まり、優雅に礼をする。
「チップスさん。今回はお疲れ様でした。」
「いえいえ、これも冒険者ギルドの惜しみない協力のおかげです。」
「街の危機だったのですから、当然のことです。まあ、最後はちょっと拍子抜けしたことは否めませんが。」
「そうですな。」
そういって二人は俺の顔をジト目で見る。
たぶん俺がいつの間にかユニークスライムを倒していたことを言っているのだろう。
だが、それより気になるのは・・・。
「あの、シードルさん。今日はどうされたんですか?」
「どうしたって、二人が来ないのでこちらから訪ねてきただけですよ。」
そういって、ダイアとモンドを見つめる。
やっぱりそうだ。
彼女が冒険者ギルドのギルド長なのだ。
「どうやら気が付いたみたいですね。申し訳ないですが、他の方には内緒にしておいてくださいね。」
シードルはニッコリ微笑むと人差し指をピンと立てると口元に持っていく。
どういう理由なのかは分からないが彼女はギルド長であることを隠しながら受付を続けるつもりのようだ。
俺が無言で首を縦に振ると彼女も静かに頭を下げる。
シードルが来たことに気がついたダイアは涙を拭くとシードルの方に向き直り、恭しく礼をする。
モンドの方は相変わらず苦手なようで、苦々しい表情でシードルの方を睨んでいる。
「ダイアちゃん。体調はもう大丈夫ですか?」
「はい、先日はお世話になりました。あれからおじさまに色々助けてもらったので、すっかり元気になりました。」
「そう、良かったわ。・・・それでどうするか決まったの?」
「はい」
ダイアは元気に返事をすると俺の右腕を取って静かに微笑むと、モンドも慌てて俺の左腕を取ってにこやかに笑う。
シードルは少し渋い表情になるが隣にいたチップスが耳元で何か囁くと、少し驚いた表情をした後で、にこやかに微笑む。
「そうですか。事情を全てご存じの上なのですね。ヒジリさん、二人をよろしくお願いします。」
そういうと、シードルは深く一礼する。
この後、俺はギルド長シードルの立ち合いの元、ダイアとモンドの後見人となるのであった。




