33 最終打ち合わせ2
「そ、それでは続きを説明させていただきます。下水道上流口に侵入した皆さんは消毒液を散布後、そこから下流に向かって探索してもらいます。」
チップスが額の汗を拭きながら作戦を説明し始める。
ふむふむ、なるほど・・・って、ちょっと待て。
「おい。皆さんって誰が含まれてんんだ?」
「はい、それはもちろん、テキーラさん、カンパリさん、ヒジリさんの3名ですね。」
チップスさんはさも当然のように答えているが、なぜか俺の名前が含まれている。
テキーラとカンパリも当然のようにスルーしているが、どういうことだ?
「ちょっと待て。何で俺も行かないといけないんだ?」
「当然でしょう。このメンバーで消毒薬について理解しているのはヒジリさんかダイアちゃんかモンド君だけですよ。ヒジリさん。もしかして、ダイアちゃんかモンド君に行かせるつもりだったんですか?」
チップスは軽蔑するような視線を俺に向ける。
ダイアとモンドも「えっ!?」といった表情で俺を見てくる。
「いやいやいやいや。ちょっと待て。そんなことは考えてない。だいたい、下水道の安全が確保されてから消毒薬を散布してもいいだろう?」
「ですが、そうなるとテキーラさんとカンパリさんの二人は悪臭の中、ユニークスライムを討伐しないといけなくなります。」
チップスの言葉にテキーラが真っ青になって抗議をしてくる。
テキーラは必死に「悪臭が残っていたら討伐には参加しない」と宣言していた。
終いには、テキーラは半泣き顔となっており、この街No1冒険者の威厳というものは全く見て取ることができなかった。
「最初の予定だと、電撃魔法で消毒してから探索するとなっていたはずだが?」
「そうなんですが、それだとカンパリさんの負担が大きくなります。この街の下水道はかなり全長がありますので、カンパリさん一人で消毒すると一度や二度の魔力欠乏ではすまないと思います。それだったら、その消毒薬を一緒に使われた方が合理的ではないでしょうか?」
「えっ!?魔力欠乏なんていやよ。あんまりじゅーろーどーだったら、私逃げるからね。」
チップスの言葉に今度はカンパリが抗議を始める。
そして、チップスとウォッカの二人の視線が俺を集中する。
その視線は「ここは黙って引き受けろ。」と言っているようであった。
無言のプレッシャーというやつである。
前世でも院長からその手のパワハラは何度か受けたことがあるのだが、まさか転生してからもパワハラを受けるとは思ってもいなかった。
いや、こちらの世界の方が人権という考え方が確立していない分、パワハラを受ける可能性は高いのか。
なにしろ、王族や貴族がいる世界なのだ。
だが、俺は屈しない。
俺は前世でもNoと言える日本人だった。
ましてや、今回は俺の命が掛かっているのだから、Noといえないはずがない。
どうにかしてでも、この危機を回避しなければならない。
「だいたい、俺はモンスター討伐はしなくていいって約束のはずだろう?」
「はい、ですからテキーラさんとカンパリさんの護衛の元、下水道に行くんです。」
「・・・・・・護衛って、こいつらはユニークスライムの討伐にいくんだろ」
「はい、討伐兼あなたの護衛です。」
チップスは俺の抗議に屁理屈のような理論で突っぱねてきた。
周りで見ているウォッカたちは「いい加減諦めろ」みたいな空気になっている。
「だいたい、ユニークスライムの脅威度は少なくともC、最大でAじゃなかったのか?二人で討伐できるのか?」
「おう、それなら大丈夫だ。」
俺の抗議を暇そうに聞いていたテキーラが自身満面に答える。
隣でカンパリもウンウンと頷いている。
「どういうことだ?」
「どういうことって、それは俺が出張るんだ、楽勝に決まってるだろ?」
「えっ!?」
「・・・・・・もしかして、お前知らないのか?俺がランクAの冒険者だってこと。」
「ランクA!?」
俺はテキーラがこの街No1冒険者であることは知っていたが、ランクまでは知らなかったのだが、どうやら自慢するだけの実力者であったようだ。
テキーラは得意気に胸を張っているが、・・・なんかウザい。
まあ、いくらウザくても実力者なら問題がないのか?
これで・・・俺の安全は保てるのだろう。
いろいろ考えていると、何だか流れ的に俺が駄々を捏ねているだけでチップスの説明した方法が一番合理的なのではないかと思えてきた。
ここはさっさと「はい」といった方が良いのではないだろうか。
うん、チップスの作戦は合理的だ。
俺が「わかりました」と答えようとしたとき、清らかな風が吹きぬけた。
その瞬間、俺の頭にかかっていた靄が一気に晴れると、先が全く見えていなかった思考の道の行き先が鮮明となっていく。
・・・この感覚、以前にも感じたことがある気がする。
「ヒジリ様。騙されてはいけません。これは『誘導の霧』って魔道具による洗脳です。」
背後からダイアの凛とした声が聞こえてくる。
後ろを振り向くと部屋の隅に避難していたダイアが怒った表情で立っていた。
その横でモンドが呆れ顔で俺を見ていた。
「おじさん。また引っかかってるね。俺と最初に会った時と同じ状況だよ。」
「最初に会った時・・・?」
俺はモンドと会った時のことを思い出そうとする。
確か、モンドに嵌められて、土下座をさせられて、金品を要求されて、巻き上げられそうに・・・。
当時の状況を思い出して、ブルーな気分となる。
「ヒジリ様。あの時もモンドが『誘導の霧』という魔道具を使用していたんです。この魔道具は相手の思考を誘導する効果がある魔道具なんです。」
ダイアがばつの悪そうな顔で教えてくれる。
・・・ということは、あの時も今も魔道具によって考えを誘導されて変な結論を下しそうになっていたってことか!?
何、この詐欺師垂涎の魔道具は!?
「ってことは俺は魔道具のせいで騙されかけてたってことか!?」
俺が目を白黒させ問いかけると、ダイアは困った表情で小さく首を縦に振る。
俺がチップスに向き直って睨みつけると、チップスは土下座をして謝ってくる。
先ほどまでは俺を威圧するかのような態度であったのだが、見事な手の平返しである。
「申し訳ありません。本当はしたくなかったのですが、止むに止まれぬ理由がありまして・・・」
「ほお、止むに止まれぬね。どんな理由なんだ?試しに言ってみろ。」
すでに立場は完全に入れ替わっていた。
先ほどまで俺を説得するように周りで囃し立てていたウォッカたちも今は遠くに避難してやがる。
チップスは目を潤ませて俺を見上げるようにして許しを請うてきている。
だから、それは誰得なんだ!
チップスはなかな理由を言おうとはしなかったが、俺が苛立ち始めると意を決したようで重い口を開く。
「実は・・・、あまり予算がおりなかったのです。」
「・・・・・・はっ?」
「本当は魔術師を4~5人雇っていくのがセオリーなのですが、この街には電撃魔法を使える魔術師はカンパリさんと先ほど言った倒れた魔術師しかいなかったのです。他の街を探したらいるにはいるのですが、彼らを呼び寄せるには結構なお金がかかりますので。」
くだらない理由だった。
街の存続の危機とか言っていた気がしたのだが、予算がでないとはどういうことなのだろうか?
俺の怒りのボルテージが上がっていく。
それを察したのかチップスの顔が見る見るうちに真っ青になっていく。
「いえ、あの、その・・・」
その後、真っ青になってガクブルなチップスがすべてをゲロした。
チップスの話を信じると以下の通りだ。
領主はこの作戦を指示してくれたのだが、街の会計を司る役人が石頭の為、すぐに予算が落ちるのは難しかった。
ウォッカに相談したところ、俺ならこの方法で間違いなく落ちる、と言われたらしい。
チップスも初めはこんな方法で説得するのはまずいと、きょひしていたのだが、他に良い代案が見つからず、緊急性も高かったため、仕方なく『誘導の霧』を使用することにしたそうだ。
俺を騙すにあたって、テキーラには説明をし、演技をしてもらったそうだ。
カンパリは演技などができる正確ではない為、教えていなかったらしい。
ちなみに、ウォッカはモンドが『誘導の霧』を使って嵌めていたのを見ていたそうだ。
そのため、俺に『誘導の霧』が物凄く効果があることを知っていたらしい。
それと『誘導の霧』の使用は王国の法律では違法ではないそうだ。
『誘導の霧』には本来これほどの効果はなく、子供の悪戯に使われる程度の性能しかないらしく、悪戯道具として一般の道具やでも販売されているものらしい。
現在、俺の前にはチップス、ウォッカ、テキーラの三名が土下座をしている。
事情を知らなかったカンパリを土下座をする3人を見下しながらケラケラと笑っている。
「この国で『誘導の霧』が違法じゃなくても、人を騙して契約させることは違法じゃないんですか?」
俺の問いに三名を何も答えずに土下座状態をキープし続けている。
ダイアは俺の横で「そろそろ許してあげたら?」といった表情で俺を見上げている。
もちろん、モンドはカンパリと一緒にこの状況を楽しんでいる。
「はあ、わかりました。依頼は受けても構いません。ただし、正当な報酬は頂きますからね。」
俺は意味ありげにニヤリと笑うと、3人はビクつきながらも俺の要求を拒むことはできなかった。




