31 カンパリ
ダイアの調子は完全ではなかったが、魔道具開発には問題ない程度であった。
ただ、無理はさせられないということで、俺も手伝うことになった。
モンドは俺が手伝うことにブツブツと言っていたが、その表情は嫌がってはいなかった。
いや、どちらかというと恥ずかしがりつつも一緒に作業するのが楽しんでいるような感じであった。
知らないものがこの光景を見たら、親子で何やら作業をしている微笑ましい光景と勘違いしたであろう。
消毒薬の開発は順調に進んだ。
大好きな姉が倒れたことでモンドは今まで以上に頑張り、ダイアに負担がかからないように努めていた。
ダイアが倒れる前は翻訳しか手伝っていなかった俺だが今はいろいろと手伝いをしている。
もともと、魔道具作りは素人であると思っていた俺は開発には口を出していなかったが、今では口を出すようにしている。
初代ギルド長ほどではないが、俺も前世の化学の知識は持っていた。
ダイアとモンドに足りない知識を俺が教えることで、開発は急ピッチで進んでいくこととなった。
もちろん、大人である俺は二人の体調管理という点でも力を貸すこととなる。
再び倒れられたりしたら、目も当てられない。
元々、初代ギルド長により開発されていた魔道具の改良ということもあり、作業はどんどん進んでいった。
前世の知識をこの世界の当てはめるため、ダイアはかなり研究をしていたようだ。
そこに俺の俄かとは言え、生の異世界の知識を学んだことにより、ダイアの魔道具職人としてのレベルがワンランク上がったようである。
ダイアによると「ヒジリ様の世界の人の考え方は私たちとはかなり違うんです。だから、どうしても理解しにくいところがあったんですが、ヒジリ様の教えによって少しですが理解できるようになりました。」ということであった。
そして、期日の1週間が経ち、俺たちは次亜塩素酸ナトリウム水溶液の生成魔道具の改良に成功した。
◇
俺たちは完成品をもって冒険者ギルドにやって来ていた。
今日ここで、最終の打ち合わせがあるためだ。
受付でウォッカに挨拶をすると、奥の会議室に案内された。
ウォッカもダイアと知り合いであったらしく、ダイアのことをとても心配していた。
会議室に入ると、席とテーブルが用意されており、チップスとテキーラが椅子に座って何やら話し合っていた。
チップスは俺の顔を見ると立ち上がり軽く会釈をすると、俺たちを席に進める。
一方、テキーラはムスッとした表情で入ってきた俺の顔を睨みつける。
「おう、ヒジリ。お前のせいでまた下水道に入らないといけないだぞ。」
席に着いた俺にテキーラが噛みついてくる。
俺は苦笑いをしつつも、スルーする。
テキーラは「フンッ」と鼻息を荒げると俺から顔を背けて仏頂面となる。
その光景をチップスとウォッカは呆れ顔で見ていた。
テキーラがユニークのスライムの討伐に選ばれたのはどう考えても俺のせいではない。
高ランクの冒険者の選抜はウォッカとチップスが行ったのだから、俺が避難を受けるいわれはないのだ。
そして、この街のNo1冒険者であるテキーラに白羽の矢が立つのは当然である。
そのことをテキーラも分かっているから、これ以上何も言ってこないのだ。
それでも文句を言わざるを得ないほど下水道に入るのが嫌なのだろう。
ここはスルーするのが大人の対応なのだが、我慢できないものが二人ほどいた。
ダイアとモンドである。
「おい、おっさん。難癖付けるのやめろよな。」
「ヒジリ様に無礼ですよ。」
二人は俺の前に立つと腕を組んでテキーラに突っかかる。
突然現れた小さな子供に注意を受けたテキーラは目を白黒させて戸惑う。
相手が冒険者なら「うるせえ」と拳骨の一発でも放っていたのだが、相手は明らかに冒険者ではない一般人、しかも子供である。
どう対応してよいか分からずに右往左往するテキーラに二人の追撃が飛ぶ。
「おっさん、高ランクの冒険者だろ。街からの指名依頼に文句があるなら街から出て行けよ。おじさんはFランクなのに街からの指名依頼を受けてがんばってるんだぞ。」
「あなたは確か、昔からこの街を拠点にしている冒険者ですよね。ヒジリ様はこの街に来て間もないのに街のために頑張っているんですよ。恥を知りなさい。」
二人の容赦ない追撃はテキーラの精神をズカズカと削っていく。
テキーラは怒りのせいか顔が真っ赤になり、ウォッカとチップスはテキーラが手を出さないかと心配で、真っ青になる。
俺は二人を守るために、慌てて二人を俺の後ろに避難させたが、テキーラは流石に分別があったらしく、手を上げたり、怒鳴ったりすることはなかった。
ただ、会議室内に微妙な空気が流れたのは言うまでもない。
これからいっしょに依頼に臨む仲間なのにこのままではまずい、と危惧感を感じずにはいられなかった。
「あはははは。何これ。ちょー面白いんだけど。テキーラが子供に言いくるめられるなんて。こんな場面を見れるなんて、私、もしかして超ラッキー?」
突然、後ろから若い女性の笑い声が聞こえてきた。
振り返ると会議室の入り口に金髪のギャルがお腹を抱えて笑っていた。
ノースリープのシャツと短パンのへそ出しコーデという服装で肌も見事に焼けた小麦色という正に一昔前のギャルという格好である。
流石に付け爪や付けまつ毛はしてないが、手の甲やお腹の部分に幾何学的な模様のタトゥーが彫られている。
「げ、カンパリ」
「ちょっとー。『げっ』とか言われると萎えるんですけどー」
「あ、ああ。すまん」
苦手意識があるのかテキーラは苦虫をかみつぶしたよう顔となり、ダイアとモンドのことは眼中からなくなり、カンパリと呼んだ女性を避けるように後ずさる。
「なんで逃げるのー」
カンパリはそういうとテキーラに近づき、腕を取ると体を密着させていく。
テキーラは凄く嫌そうな顔をしてカンパリを振り払うとチップスに目配せをして、さっさと会議を始めるように促す。
一方、振り払われたカンパリはあまり気に留める風もなく「てへ」と舌を出すと、今度はウォッカの方に詰め寄っていく。
俺はその光景を呆然と立ち尽くしてみていた。
たぶん、俺があんなことをされたら、顔を真っ赤にして慌てふためいていたことだろう。
そんな俺を見上げていたダイアが「やっぱり大きい方がいいのかな?」と呟いていたのだが、俺の耳に届くことはなかった。
チップスの登場により、一触即発の事態は解消されたのだが、場の雰囲気はかなり緩いものとなり、落ち付きを取り戻すためにしばしの時間を要することとなった。
◇
「カンパリさん、お待ちしておりました。これで全員揃いましたね。そろそろ会議を始めてもよろしいですか?」
ゴホンと咳ばらいをしたチップスが会議を始めるべく、場の引き締めを図る。
チップスの意図を察し、俺は未だにテキーラを睨みつけているダイアとモンドを席に座らせ、俺も席に着く。
テキーラはすでにダイアとモンドは眼中になく、カンパリを注視しながら、「やっとか」といった表情で席に戻る。
そんな中、一人だけマイペースを貫くものがいた。
「え、もしかして、私遅刻しちゃったの?ごめんねー」
カンパリは手を合わせて頭を下げると申し訳なさそうに謝ってくる。
チップスは別に遅刻を咎めていたわけではなかったため、カンパリの意表を突かれた言動にどう対応してよいか分からずに固まってしまう。
「はあ、違うよ。お前が最後に来たって意味で、遅刻したって言ってんじゃないんだよ」
テキーラが呆れ顔でカンパリに説明すると、カンパリはキョトンとした顔になり、しばらく考えたのちに手をパチンと叩いててへっと笑う。
「なーんだ。そうだったんだ。」
「いいからお前は黙ってろ。会議がいつまでたっても始まらない。」
「はーい」
テキーラは慣れた様子でカンパリを扱っている。
ヤレヤレといった表情でチップスに目配せすると、チップスは我に返り会議を始めることとなる。
こうして、下水道のユニークスライム討伐依頼の最終会議が始まることとなった。




