3 試練
「お客様、起きてください。」
俺は体を揺すられて誰かに起こされた。頭が痛い。何だか変な夢を見ていた気がする。
俺は眠たい目を擦りながら声のした方を振り向くとそこには見知らぬ男が心配そうに俺を見ていた。
俺が起きたのを確認するとその男は安心した様子でニッコリ微笑むと、俺を椅子に座らせて、自分の席であろうカウンターの向こう側の席に早足で駆けていく。
「って、ここはどこだ?」
俺は周囲を見渡す。俺は自室で寝ていたはずだ。それがなぜか役所のようなところにいる。
隣の席とは仕切りで区切られてはいるが、やはり誰かがカウンターお迎えの職員の何やら話し合っているように思われる。
後ろには順番を待つ人々が列をなして並んでいる。カウンターの向こう側では職員と思われる者が何やら一生懸命書類づくりに精を出している。
「お客様。どうなされました?」
先ほど俺を起こした男が少し息を切らしながら席について尋ねてきた。薄っすらとではあるが額から汗も流れてきている。俺はその男の顔を見て、再び驚くこととなった。
男はスーツに身を包み、眼鏡をかけた冴えない役人風の男なのだが、明らかに違和感のあるものが頭の頭頂付近の髪の中からひょっこり顔を見せていた。そこには小さな角が2本あった。
眼鏡を外して、トラ柄パンツを履き金棒を手に持ったのなら、間違いなく桃太郎に出てくるオニである。よく見ると周囲の他の職員の頭にもオニの角がニョキニョキと生えている。
「なあ、ここはどこだ?」
俺の質問に男はキョトンとした顔で首を傾げていたのだが、すぐにハッとした表情になる。慌ててカウンター下の引き出しから何かの書類を取り出すと慌てて俺の前に並べていく。
「いやー、すみません。てっきりあのお方から説明があっているのかと思っていました」
「あのお方?」
「えっと・・・確かお客様の認識ですと裁判官ですかね。ここに来られる前に裁判を受けられたと思うのですが・・・。」
男はそこまで言うと、ちょっと申し訳なさそうに表情を曇らせ、頭をかく。
俺は少し考え、先ほどの法廷で裁判官席に座っていたであろうものを思い出すと、背筋に冷たいものを感じ、身震いする。
「ああ、姿が見えなかったからどんな奴かは分からないが、たぶん法廷であったやつだと思う。」
「申し訳ないですが、決まりであの方のことをお客様にこれ以上説明することはできません。」
男は額の汗を拭きながらペコペコと頭を下げて謝ってくる。その姿がいやに堂に入っている。
その様子を見た周囲の人たちからの不審な視線が集まってくる。周囲から見ると俺はヘビークレーマーのように見えているのかもしれない。
「あの、謝らなくていいですから説明をお願いします」
「は、はい。分かりました。それでは説明を続けさせていただきます。そうそう私、お客様の担当になりましたセオルグと申します。しばらくの間ですがよろしくお願いいたします。」
「ああ、よろしく。セオルグ。」
未だ現状を理解していない俺は呆気にとられながらセオルグの方を向いて頷く。
セオルグは少し安心したような表情になると机の上に並べられた書類を指さしながら詳しい説明をしてくれた。
相変わらず、ペコペコと頭を下げながら額の汗をぬぐいながらという低姿勢での説明であったため、俺を見る周囲の目はどんどん厳しいものになっていった。
◇
「えっと、要約すると俺は異世界に転生して試練をクリアしないといけないということだな。」
「そうです。しかもお客様の場合、7度の裁判が行われておりますので、試練も7つございます。」
「マジか。」
「はい、こちらの書類をご覧ください」
そういってセオルグは一枚の書類を取り出すと、真面目な表情で説明を始めた。
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判決
罪状1 蓄財の罪(3):試練 ????
罪状2 暇人の罪(3):試練 ????
罪状3 肥満の罪(2):試練 長期訓練
罪状4 修羅の罪(5):試練 ????
罪状5 欲望の罪(6):試練 一問必答
罪状6 孤高の罪(3):試練 ????
罪状7 童貞の罪(1):試練 童貞喪失
罪人『六道 聖』に上記の罪に対応した試練を課す
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「お客様、よろしいですか?罪人は皆、お客様たちがいう異世界で試練を受けることになっています。お客様は7つの罪がありますので、7つの試練をクリアしないといけません。罪状の横にあるカッコの中の数字は罪の大きさになります。数字が大きいほど罪が大きく、それに対する試練も難易度が高くなります。」
セオルグは一気にここまで説明をすると一息を付き、俺がちゃんと理解しているかを確認するかのように俺の顔をまっすぐに見つめる。
俺が黙って首を縦に振ると、セオルグは安心したかのように一瞬、顔の表情を緩めるが、資料に目を落とすと驚きの表情でこちらを見てくる。
「それにしても、お客様は物凄いお方ですね。罪状の数が7つと多いのもそうですが、罪の大きさの6というのは初めて見ました。」
「そ、そうなのか?」
「はい、数で言うと多い人でも3つぐらいまでです。罪の大きさも4までは時々見かけますが、5は私の知る限り3人しかおりません。そして6に至っては初めてです。」
セオルグは喜々とした感じで感想を漏らしたが、罪が7つととても多く、罪の大きさも人よりも大きいと言われた俺は何とも気まずいかんじになる。暗に悪人と言われたようなものだ。
しかし、セオルグの表情を見てみると、恐れというより、尊敬の念に近いものが見え隠れする。
どういうことだ、と訝しがっていると、セオルグが気づいて謝ってきた。
「お、お客様。申し訳ございません。罪と銘打ってはおりますが、これはお客様の魂の資質みたいなものであります。数が多く、大きいほど潜在的な魂の格が高いということになります。」
「そ、そうなのか」
セオルグがペコペコと頭を下げながらも熱のこもった声で説明をするため、俺はちょっとたじろいでしまう。
セオルグは自身が少し興奮していたことに気づき一つ咳ばらいをすると恥ずかしそうな顔になると説明を再開した。
「お客様は今からここで設定を行ってもらった後、パトナムという世界に転生することになります。そこで、7つの試練をクリアすることになります。」
「パトナム?」
「はい、あのお方が管理されている世界の一つです。お客様の世界で言う剣と魔法の異世界、といったところでしょうか。」
その言葉で俺はなんとなく理解ができた。最近、巷で話題になっている異世界転生というジャンルによく出てくるものだろう。
俺自身はそのような小説を読むことはないのだが、アニメ化、映画化とテレビやネットで話題となっているため、興味程度には知っている。
「セオルグ、パトナムって世界についてはなんとなくだが分ったが、設定ってのはなんだ?」
「はい、今から説明いたします。お客様はパトナムにて試練に挑戦しないといけません。そのためには今のままでは到底不可能でございます。そこで、お客様の世界でいう・・・キャラクター設定でございますかな、を行ってもらいます。」
「キャラクター設定?」
「はい、えっと、RPGゲームで見られるようなポイントを各ステータスやスキルに振り込んでいく作業でございます。資料によるとお客様はゲームがお好きであったとございますので、この辺の詳しい説明は割愛させてもらってもよろしいでしょうか?」
確かに俺はゲームが好きだった。特にRPGは好んでプレーしていた。最も最近はあまりやってはいないが。
そんなことより、資料にはこんなことまで記されているようだ。そうなると、俺の全ての情報が記されているのかもしれない。そう考えるとちょっと怖くなる。
俺は少し怖くなり、体をブルブルっと少し震わせたがすぐに気持ちを落ち着かせると、最近プレーしたRPGのゲームを思い出す。確かに初期設定でポイントを振り込むゲームがあったのを思い出す。
俺は再び首を縦に振ると説明を続けるように促す。
「それでは最後に一番重要な試練についてご説明させていただきます。試練は罪に関連したものがせっていされております。試練の内容が不明なものはご自身が推察して達成せねばなりません。試練をクリアされますと報酬が支払われます。すべての試練をクリアすると、あの方の呪縛から解放され、正常な輪廻の輪に戻ることができます。」
セオルグは再び一息つくと「質問がないか?」といった顔でこちらを眺めてくる。もちろん、その姿勢は低姿勢で頭はペコペコ下げている。
「質問だが、試練をクリアできなかったらどうなるんだ?」
「クリアできなかったら?・・・ああ、試練をクリアする前に亡くなられた場合ですね。その時はお客様は所謂、地獄というところに送られ、そこで100年の間、痛みと苦痛を味わうことになります。あの方によると、地獄では死ぬことも正気を失うこともないそうです。念のためにご忠告しますが、地獄の責め苦は想像を絶すものと言われておりますので、試練を諦めて痛みと苦痛を受け入れるというのは決してお勧めできません。私の同僚がミスを犯して、地獄に5分ほど連れていかれましたが・・・」
セオルグはそこまで言うと顔が真っ青になり言葉が詰まる。呼吸が早くなり、額から汗が噴き出してきている。
このことからも地獄の責め苦とやらの凄まじさが伝わってくる。同時に俺の顔も引きつってくる。
「ああ、わかったよ。頑張って試練のクリアを目指すよ。」
俺はセオルグの体調が回復するのを待ち続けることになるのであった。