26 アイデア帳
「ヒジリ様、おしさしぶりです。こちらにどうぞ。」
以前通された応接室に入ると、ダイアは相変わらず丁寧な対応で俺を出迎えてくれる。
熱を持った目で俺を見上げてきている気がする。
後ろからモンドの鋭い視線が突き刺さっているので、ダイアの視線は見なかったことにしよう。
俺は促されるまま以前座ったソファに腰を下ろすと、そのお向かいにモンドが座り、俺の隣にダイアがなぜか座っている。
何でこっちに座ってるんだ?
モンドの俺を見る目が更に鋭くなる。
そんなことを気にせずダイアはニコニコしながら俺を見上げている。
「なあ、なんでそこに座るんだ?」
「あら、私がお隣に座るのはお嫌でしたか。」
ダイアの表情が一瞬のうちに寂し気な表情となる。
まるで天国から地獄に一気に落とされたかのようだ。
「えっ、あっ、いや、そんなこともないが、普通、向いに・・・」
「それではここで問題ないですね。」
ダイアは俺の言葉を遮ると満面の笑みでそう宣言した。
その笑顔の破壊力はすさまじく、俺は否定をすることはできなかった。
当然、シスコンであるモンドは凄まじい殺気を放って俺を睨み殺そうとはしていたが、ダイアの冷たい視線が一瞬、モンドの方に向かうと、その後は借りてきた猫のようにおとなしくなり空気のような存在と化してしまった。
ダイアは再び俺の方を見上げるとトロンとした瞳で見つめてくるのであった。
「それで、今日はどうなさいました。」
「あ、ああ、冒険者ギルドの依頼でちょっと困ったことになってな。手助けをしてほしくてやってきたんだ。」
「まあ、そうなんですか。なんでもお言いつけください。どんな難問でもご助力は惜しみません。」
ダイアは俺の手を取ると身を乗り出してきて、そう宣言する。
その表情は「あなたの為ならば、何でもしますよ」と物語る恋する乙女のものであった。
俺は彼女の熱い思いを受け流し、必死に冷静を保つ。
そう、俺はロリコンではないのだ。
「ダイア、モンド。二人に聞きたいんだが、消毒薬ってきいたことはあるか?」
俺の問いに二人は不思議そうな顔をする。
細菌という概念がない世界だ。
消毒薬なんてあるはずがないのだ。
「おじさん。消毒薬ってなんだよ。」
モンドが人を小馬鹿にしたような調子で答え、本当に消毒薬を知らないというのが分かったのだが、ダイアの表情はモンドとは少し違っていた。
ダイヤも不思議そうにしているのだが、その表情は「なぜ消毒薬を知っているの?」といった感じであった。
そう、ダイアは消毒薬を知っているようなのだ。
「ダイア、君は知っているのかい?」
俺の言葉にダイアの体がビクっと反応する。
まるで隠し事を指摘されたかのように顔を引きつらせ、体を硬直させる。
そんなダイアの様子を見たモンドは今までに見たことのない姉の様子に困惑する。
モンドからすると俺が大好きな姉を脅しているとか思ったのかもしれない。
「おい、消毒薬ってなんなんだ。」
モンドは俺の隣に座っているダイアの手を取って引き寄せると自分の後ろに隠し、俺に向かって怒鳴り散らす。
必死に姉を守ろうとしているのがわかる。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。」
ダイアが慌ててモンドを止めに入る。
モンドは今にも俺に飛び掛かろうかという勢いであった。
もし飛び掛かられたら・・・、俺は負けていたかもしれない。
40の大人の俺が11歳の少年の負けるとは可笑しなことかもしれないが、何故か俺はモンドに勝てる気がしなかった。
まるで、モンドの体から一流の武道家の闘気が立ち昇っているかのようでもあった。
建物を隠ぺいしていた魔道具の件もあるし、何か魔道具を使っているのかもしれない。
それほど、俺は心の中でモンドを恐れていた。
普段は小生意気な少年でしかないのだが、現在、俺の本能がモンドを恐れていた。
モンドが俺に襲い掛かってくるということはなかった。
ダイアの一喝でモンドの闘気が一気に萎んだのである。
モンドはダイアに取り押さえられ、床に土下座をさせられることとなる。
「ヒジリ様、申し訳ありませんでした。」
「ご、ごめんなさい。」
姉弟が俺に謝ってくる。
姉は必死に俺の機嫌を取ろうしており、弟の方は必死に姉の機嫌を取ろうとしている。
そんな光景を見ると俺の口元から自然と笑みがこぼれた。
「大丈夫、気にしなくていいよ。それより、ダイアは消毒薬って言葉、知っているんだね。」
俺の言葉にダイアは困ったような顔をする。
どうしてよいか分からず、ダイアは黙って下を向いてしまったが、しばらくして意を決したのか、顔を上げると重い口を開く。
「えっと、質問を質問で返して申し訳ないのですが、ヒジリ様はその言葉をどこでお聞きになったのでしょうか?」
ダイアの顔には未だに迷いの色が見える。
過去に何かあったのだろうか。
俺は少し考えてから言葉を発する。
「二人には俺が転生者ってことは言ったよな。消毒薬ってのは前世の言葉だ。」
二人にはすでに転生者であることを伝えているので、隠す必要はない。
正確にはモンドにカツアゲされかけた時に勝手に自白しただけなのだが・・・。
その言葉を聞いたダイアはハッとした表情になると、「少しお待ちください」といって、どこかに行ってしまう。
モンドは慌てて姉の後を追い、俺は一人残されてしまう。
放置された俺は二人が帰ってくるまで一人ポツリと待つこととなった。
◇
「お待たせしました。」
10分後、ダイアが息を切らせて帰ってきた。
手には1冊の古めかしい本を持っている。
モンドはダイアの後ろでオロオロしている。
ダイアは震える手でその本を俺に手渡してくる。
俺は受け取った本の表紙を見て雷に打たれたような衝撃を受ける。
表紙には『魔道具アイデア帳』と書かれていた。
日本語で。
「なあ、ダイア。この本はどうしたんだ。」
俺は久しぶりに見た日本語を懐かしく思いつつも、何故このようなものがここにあるのか分からずに戸惑う。
本とはいっても、きちんと製本されているわけでもなく、横に穴を開け、紐を通しているだけのものである。
表紙は色あせていて、所々虫食いも見てとれる。
その傷み具合が書かれてからかなりの年数が経っていることを物語っていた。
このことからもこの本が遥か昔に書かれていたものであるとわかる。
俺の様子を見たダイアが驚きつつも納得したような表情を浮かべる。
「この本は魔道具普及委員会の初代ギルド長が書き記したとされる資料集です。この中に消毒薬、と書かれていると言われています。」
ダイアが中を確認するように促すので、俺は本を開き、初めのページを見る。
そこにはでかでかと頭につけて空を飛ぶための魔道具が書かれていた。
これは間違いなく日本の某国民的アニメの秘密道具の一つだ。
いろいろと訳の分からないことがメモ書きされているが、一番下に『開発不可』と判が押されていた。
その次のページからも秘密道具がいくつも載っていたが、すべて『開発不可』と判が押されていた。
秘密道具の次に書かれていたのは冷蔵庫であった。
秘密道具の時と同様に訳の分からないメモがいくつも書かれており、一番下には『開発済み』と判が押されていた。
その後も、クーラー、電子レンジ、テレビなどの家電製品が現れるが、三分の二ほどは『開発途中』の判が押され、残りの三分の一には『開発成功』の判が押されていた。
「まじか、冷蔵庫やオーブンがあるのか。」
「おう、その二つは初代ギルドマスター様が開発された魔道具だな。」
俺が興奮して声を漏らすと、モンドが胸を張って自慢げに肯定する。
俺が欲しそうな顔をすると、モンドがチッチッチと指を振り、庶民では買えないほどの高額であることを教えてくれる。
その横でダイアが複雑そうな表情で俺を見つめていたのだが、俺は気が付かなかった。
家電コーナーの次はホームセンターのコーナーであった。
石鹸、シャンプーなどの洗剤系に続き、除草剤、化学肥料などの園芸商品、そして、消毒薬や・・・・・・などの。
ん?消毒薬!!!?
遂にお目当ての消毒薬のページを発見した。
俺はいくつか載っている消毒薬のページからついには次亜塩素酸ナトリウムのページを見つけることに成功した。




