23 3Kの依頼
はっきり断ったのだが、チップスは尚も俺に迫ってくる。
目をウルウルさせて・・・。
女性ならグッとくるものがあるのかもしれないが、オッサンにされても気持ち悪いだけである。
目を潤ませながらオッサンに迫るオッサンという構図。
テキーラとウォッカが若干引き気味に俺たちを見ている。
そう思うなら止めろよ。
俺はいい加減うんざりしてきたので力ずくでチップスを押し話そうとしたのだが、・・・・・・残念ながら、チップスの方が力が強く、逆に押し倒されてしまう。
今まさに、俺の貞操の危機!?とはならなかった。
正気に戻ったのか、咳払いと共に俺から離れるとまるで何もなかったかのように再び、説得を始める。
いい加減、諦めてくれよ。
「チップスさん。何でそんなに俺を巻き込みたいんですか?」
「巻き込むと人聞きの悪い。冒険者として街を守るために一肌脱いでほしいだけです。」
「別に俺じゃなくてもいいでしょう。俺は戦闘は無理です。」
「いやいや、そんなことないでしょう?あなたはエキドナたちが連れてきた人でしょう。」
チップスが「冗談を言うな」みたいな表情で笑いながら俺を見る。
どうやら俺が転生者であることを知ってるチップスは俺が戦闘ができると勘違いしているのだろう。
どうもこの世界の人は『転生者=強い』という図式が出来上がっているようだ。
「チップスさん。俺は確かに冒険者ですが、戦闘系スキルは一つも持ってないですし、特別な職業も持っていません。身体能力もあなたに押し倒されるくらい弱いんですよ。そんな俺がそんな所に行って、役に立つと思います?」
俺の少し怒気の混じった説明にチップスは幾分冷静となったのか「本当ですか」といった表情で呆然とする。
そして助けを求めるようにウォッカの方を向くがウォッカは首を横に振る。
「確かに、ヒジリに戦闘は無理だな。この前なんかモンドに土下座させられてたもんな。」
「モンド?もしかして、魔道具作ってるガキか。なんだそりゃ。」
ウォッカはどうやら俺とモンドとのやり取りを見ていたようだ。
あっ、こいつ。腹を抱えて笑い転げていやがる。
テキーラの方もモンドのことを知ってるみたいで、「マジで子供に土下座させられたのか?」と憐みの表情を俺に向ける。
しかも、体は笑いを堪えているのか、プルプルと震えていやがる。
「いやいやいやいや、ちょっと待て。俺は土下座なんてさせられてないぞ。あの時、俺は確かにモンドに圧倒されて尻もちはついたが土下座まではしてないぞ」
俺は必死に弁明をしたが、・・・うん、弁明になっていなかった。
自分で子供に圧倒されたとゲロったのだ。
「あははははっ!ヒジリ、マジかそれ。そんなんでよく冒険者になろうと思ったな」
テキーラが堪え切れなくなったのか爆笑を始める。
こうして俺の自爆によりしばらくの間、この小さな会議室に笑い声が響き渡った。
◇
「おい、そんなに怒るなよ。」
テキーラは悪びれる様子もなく俺の方を叩くと再び豪快に笑う。
ウォッカは少し悪いと思ったのか、申し訳なさそうな表情はしているのだが、時折思い出しては肩をプルプルと震わせる。
そして、チップスも俺の実力が分かったのかまるでダメな子を見るかのように俺を見る。
「・・・・・・よーくわかった。ということで、俺は帰らせてもらう。後は勝手にしてくれ。心配するな。そのユニークについては他言しない。」
俺は青筋を立てながらそう言い放つと部屋を出ようとする。
それに慌てたチップスが俺を引き留めようとする。
「待ってください、ヒジリさん。今回の討伐のキーパーソンはあなたなんです。」
「はあ?」
遂にはチップスはとんでもないことを言い出した。
狼狽する俺を余所にテキーラは何か思い当ることがあったのかポンと手を叩く。
「チップスさん。もしかしてこいつが掃除したっていう用水路、そんなにきれいになってたのか?」
「はい、昨日までひどい悪臭でしたが、今日は臭いがほとんどなかったです。」
「マジか」
よほど驚いたのか、テキーラは驚きのあまり固まる。
口を半開きにしたまま固まり、間抜けな顔を晒している。
どれだけ驚いてるんだ?
「確かにそれならヒジリは必要だな。そういうことならヒジリ抜きなら誰もこの依頼を受けないだろうな。」
正気に戻ったテキーラはブツブツと呟きながら一人納得している。
隣でウォッカもウンウンと頷いていることから理解できていないのは俺だけなのだろう。
そしてやっぱり誰も説明をしてくれなかった。
まあ、ヒントは十分にあったので、推察することは可能だ。
1 テキーラは下水道には行きたくないと言っていた。
2 俺が掃除した用水路の臭いがなくなっていた。
3 俺は戦闘ができない。
これから導き出される答えは一つだ。
俺は下水道の清掃要員として呼ばれているのだ。
確認をするとチップスはニッコリ微笑んで「その通りです。戦闘の必要はございませんのでよろしくお願いします」と丁寧にお辞儀をする。
そうは言われたものの、はっきり言って全くやる気が起きない。
何が悲しくて悪臭が漂い、モンスターが徘徊する危険な場所で肉体労働をしないといけないのか。
どう考えても3k(きつい、汚い、危険)がすべてそろっている。
だが、チップス、ウォッカ、テキーラの3人の中では俺が参加するのは確定になっているようだった。
今は俺を無視して作戦を立て始めている。
どうやら俺を護衛しつつ下水道を洗浄しながらスライムを探すという作戦が検討されているようだが、その作戦は実行不可能だ。
そしてそのことをこの3人は分っていなかった。
「3人とも一生懸命話し合っているところ悪いが、その作戦は実行不可能だぞ。それにそもそも俺は参加するつもりはないからな。」
「な、なんでですか?」
「俺は用水路の掃除をするのに生活魔法の洗浄を使用してからヘドロを処理していったんだ。
だが、俺のMPや体力では用水路一本を掃除するので限界だったんだ。この街の下水道でユニークのスライムを探すとなると、清掃する範囲は用水路のレベルじゃないだろ。どう考えても体力とMPがもたないぞ。」
俺は体力、もしくはMP的に無理であることを伝えたかったのだが、3人は清掃方法の方で引っ掛かっていた。
ついにはテキーラが「清掃?そんなもんできれいになるのか?」と不思議そうな顔で聞いてくるが、俺に聞かれても分かるはずはない。
だが、どうも俺の洗浄は特殊なような気がする。
これについてはそのうち検討することにしよう。
テキーラが「ポーションをがぶ飲みしながら清掃したらどうだ?」と聞いてきたが、俺は首を横に振る。
そんなにポーションを飲んだら、俺のお腹がガブガブになる。
途端にテキーラの膝がガクンと落ち、顔が真っ青になり「あんな臭いところは嫌だ、嫌だ。」とブツブツ呟きだす。
・・・どれだけ嫌ってるんだ?
そもそも、下水道がそんなに悪臭を放っているってどういうことだ。
もしそれが真実なら、かなり衛生管理が行き届いていないということになる。
そうなると、疫病が発生している可能性も出てくる。
これは前世で医療従事者であった俺にとって看過できない問題となってくる。
「はあ、仕方ない。とりあえず、下水道に一度案内してもらってもいいか?用水路とは別の方法で何とかできるかもしれないから。それとちょっと気になることがあるんだ。」
俺の言葉を聞いた3人はパッと顔を明るくするのであった。




