2 判決は
「あの、罪状が童貞ってどういうことですか?」
俺の質問に傍聴席からどよめきがわき起こる。おそらく、この裁判において被告人が裁判長に意見することなどまずないのであろう。
裁判長は黙ったままであったが、しばらくすると重い口を開いてきた。
「生物の存在意義は子孫を残すことである。お前はすべきことを怠った。これは罪である。」
相手はぶっ飛んだ理論ぶつけてきた。どんなに都合良く理解しても日本の法律なら俺を有罪にするのは無理がある。
しかし、罪状がこれなら厳正な審査とやらも期待できそうも無い。・・・いや、そもそも起訴自体が不可能か。
こんな裁判を俺は乗り切ることができ居るのだろうか?
こいつの話だと俺はこの裁判を6度乗り越えたらしいのだが、どうやったのだろうか?
そもそも俺は何でこんな裁判を受けているのだろうか?
いきなり気が付いたら法廷にいたのだが、この裁判とやらを受けないといけないのだろうか?
「・・・・・・はあ」
俺は無人の裁判官の席を見てため息をつく。
いまだ姿は見えないが、明らかに圧倒的な存在感を感じる。
こいつは俺がこの裁判とやらを受けづにとんずらするのを許さないだろう。
こいつが神か悪魔か分からないが、厄介なものに目を付けられたのは間違いないようだ。
「ふっふっふっ。神か悪魔、か。言いえて妙だな。厳密には違うが、お前たちの認識からするとそれで間違いないな。それにしてもお前は中々の逸材だな。中々ここまで状況を把握しようとするものはいないぞ。少しサービスだ。」
俺の頭の中を読んだのか、こいつは少し笑いながら俺の疑問に答える。それと同時に今まで感じていた威圧感が僅かではあるが緩む。
(これはどういうことだ?)
威圧感が緩んだことで更に脳細胞が活性化する。
今の俺にできることは考えることしかできないのだ。
生き残るためには考え続けるしかない。
サービスとはこの威圧感の低下のことだろうか?
確かに少し楽にはなったのだが、これがサービスになるのだろうな?
こいつが言う裁判に影響があるのだろうか?
いくら考えても答えが出てこない。判断するには情報が少なすぎるのだ。
仕方ないので少しでも情報を得ようと周囲を注意深く観察していく。
相変わらず傍聴席からは何者かの気配はするが、何者も見えない。検察官も弁護士も現れない。
裁判官席からは相変わらず威圧感が発せられている。
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?
不思議なことに、しばらく時間が経ったのだが裁判は一向に始まらない。なぜだ?
「なあ、裁判はまだ始まらないのか?」
俺の疑問に対する返答はなかった。沈黙が続く。
あいつは確かに「裁判を始める」と言った。つまり、今は裁判中であるはずだ。
となれば、裁判官であるはずのあいつは司会進行をするはずにだが、今のところ、その兆しはない。
どういうことだ?
通常の裁判と手順が違いすぎる気がする。
もちろん俺は裁判を実際に傍聴したことはない。訴えられたり、訴えたりしたこともない。
俺の知識はドラマの中のものだけなのだが、それでもこれが実際の裁判とは似ても似つかないのは間違いない。
「・・・この裁判は通常のものとは別物ってことか。」
「ほう、流石だな。もうそのことに気づくか。今までで最速だな。」
俺のつぶやきにこいつは感嘆の声を上げる。上機嫌に手を叩き、俺の推理を賞賛する。
問題はここからだ。
通常の裁判とは違うことは判ったが、どう違うかは判っていない。このままでは自分の弁護をすることもできない。
「ふっふっふっ。流石に困っているようだな。」
「ああ、これだけ情報が無いと何ができるのかも判りゃしない。なんかヒントでもないのか?」
「ふっふっふっ。やはりお前はいいな。その図々しさは気に入ったぞ。特別に情報をやろう。」
「情報?ヒントじゃないのか?」
「ああ、残念だがこの裁判についての情報はやれん。これは決まりだ。代わりにお前には裁判後について教えてやろう。」
「裁判後について?」
「お前はすでに6回裁判を受けている。今回で7度目だ。まあ、裁判とは言ってはいるが、これはお前たち人間が思っている裁判とは少し違う。これはお前の資質を調べるものだ。」
「俺の資質?」
「そうだ。これによりお前の死後の試練が決まる。」
「はあ?死後の試練ってなんだ。だいたい、俺はまだ死んでないだろ。」
「お前の死はすでに決定している。長くても数日の命だ。これは確定した未来である」
その言葉に俺は愕然とした。
神か悪魔か分からないが、超常の者に死の宣告をされたからだ。
医師からの余命6ヶ月と宣言されたものが1年以上生きたという話がないこともないが、おそらくこの予言は外れないであろうと俺の本能は悟ってしまったのだ。
「はあ、30まで童貞で賢者になるんじゃなくて、40まで童貞で死刑宣告かよ。」
「ふっはっはっはっ!なんだ、その30まで童貞で賢者になるというのは」
「ただの都市伝説だよ。はあ、それより本当に死の回避はできないのか?」
「ふっはっはっはっ!なんだ、その愉快な都市伝説は」
こいつは笑うだけで、俺の質問には答えてくれなかった。「No」ともいわないことから、おそらく、この質問に対しても答えることができないのだろう。
俺はすぐさま頭を切り替えて、この裁判について考える。
今判っていることは
1 この裁判は普通の裁判ではない
2 この裁判で俺の資質を調べている
3 その資質により死後の試練が決まる
4 俺の死は決定していて数日以内である
うーん。依然として情報は乏しい。おそらく罪状の童貞云々は関係ないと思われる。
あと一つでも何かヒントがないかと思考を巡らしていると俺はあることを思い出した。
それは裁判が始まる前に傍聴席から聞こえてきた話の内容だ。
確かスライムやゴブリンに変えるとか言っていたはずだ。
「つまり、俺は数日以内に死んで、何かに生まれ変わって試練を受けるということか?しかも、その試練は命を落としかねないほど危険だ、と。」
俺は今ある情報から推測された結論を口にすると、法廷内からどよめきが起こった。特に傍聴席からのどよめきはすごい。
「マジか?」「嘘だろ!」と言った驚きの声が聞こえてくる。
しかも、今では気がつかなかったが、弁護人や検事の席からも感嘆の声が聞こえてきた。
どうやら気配を絶っていただけで何者かはずっといたようだ。
「ふっはっはっはっ!素晴らしい。何百年ぶりだ。ここまでの真実に近づいた者は。いいぞ、我はお前を気に入った。」
そいつはそういうと裁判官席の気配が一気に高まっていく。
俺の背筋に冷たいものが流れる。呼吸が重くなる。
敵意というものは感じないのだが、こいつがその気になれば、俺の命など虫けらのごとくにひねりつぶされるのが判る。
その絶対的な存在感は法廷内の全ての者を黙らせ、法廷内に静寂が訪れる。
「それでは、判決を言い渡す。童貞であり続けたお前はもちろん有罪だ。異世界にてその罪を償ってもらう。罪の重さは1とする。そして、今回の裁判をもって、お前への裁判は終了とする。これにて平定とする。」
そいつは言い終えるとこの場からいなくなった。
今までも姿は見えなかったのだが、明らかにその存在感がゼロとなったのだ。
後には騒然とする傍聴人だけが残されることとなった。
「馬鹿な、罪の重さが1だと」
「ありえないわ」
「前代未聞だ。すぐに他の者にも知らせないと」
傍聴人たちはその場で議論を始める者や、他の者に知らせようと慌ててこの場を去ろうとする者など様々だったが、一様にこの判決結果に驚いていた。
その喧騒を聞きながら、俺の意識は薄れていった。
そこには不安というものは全くなかった。
まるで母親の腕に抱かれる赤ん坊のように俺は安心して目を閉じていた。