16 俺はロリコンではない
俺は例の怪しい建物の中の一室にいた。
応接室なのか立派なテーブルと皮張りのソファーが置かれ、壁に設置された棚には何かよくわからない道具が一つ一つ丁寧に展示するかのようにおかれている。
先ほどの騒動の後、俺は少女に招かれこの部屋に通された。
少女は「お茶を用意します」と部屋を出ていく、俺は先ほどの少年といっしょに待機状態である。
もっとも、俺はソファーに座り、少年は床に正座をさせられているのだがあ・・・。
なんとも居心地の悪い空間である。
「ヒジリ様。弟のモンドが大変失礼いたしました。」
お茶とお菓子を持って帰ってきた少女が謝罪の言葉を口にしながらテーブルに二人分のお茶とお菓子を置くと俺の向かいの席に腰を下ろす。
少女の視線が少年を鋭く射貫くと少年は慌てて頭を下げて土出座の体勢になると「すみませんでした」と消え入る声で謝罪して、そのままのピクリとも動かなくなる。
「どうぞ、粗茶ですが。」
「ど、どうも。・・・ご丁寧に。」
こんな状況で、少女は俺にお茶を勧めてくる。
「この状況でなぜ?」という思いもなくはなかったが、少女から発せられる威圧のようなものが俺の選択肢を狭め、無意識のうちにお茶の入ったコップに手を伸ばしていた。
俺はおそるおそる湯気の立ち昇るコップを口に近づける。
新鮮な茶葉の匂いが鼻腔いっぱいに広がる。
俺は目を見開くとお茶を口に含む。
間違いない。緑茶だ。
この世界に来てまだ3日だが、飲んだお茶はウーロン茶や紅茶のような茶葉を発酵させたお茶ばかりであった。
生粋の日本人であるヒジリにとって緑茶との出会いはうれしいものであった。
俺は思わず笑みをこぼす。
「改めまして、私は魔道具普及委員会のダイアと申します。弟のモンド共々、以後お見知りおきを」
「よ、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ」
俺がお茶を飲んで一息つくと姉弟が丁寧な挨拶をしてきた。
姉がダイアで弟がモンドか・・・。
俺の返答にダイアは笑みを浮かべる。
モンドの方はいまだに土下座状態だ。
流れで「こちらこそ」と返事を返してしまったが、実際問題として関わり合いたくないというのが本音である。
なにしろ、モンドとは出会ってすぐにいちゃもんを付けられ、カツアゲされかけたのだ。
しかもその相手はまだ年端もいかない少年だったのである。トラウマ物である。
そして姉のダイアであるが、はっきり言って彼女から発せられる威圧は半端ない。
以前、ヤクザの歯の治療をしたことがあったが、それに匹敵する威圧である。
ニッコリ笑う姿は大変微笑ましいものではあるのだが、それをすべて台無しにするほどの威圧感を発し続けていた。
それにしても、姉弟の容姿はとてもハイレベルなものであった。
金髪碧眼の二人は正に西欧人と言う顔立ちであった。
前世において、二人にそっくりのフランス人形が売り出されていたとしても、何ら違和感なく売れていたであろう。
「お茶はおいしかった。悪いが俺も忙しいんで、そろそろお暇させてもらうな。」
すぐにでもここから逃げ出したい俺はお茶を飲み干すとソファーから立ち上がる。
俺の突然の行動に意表を突かれたのか、ダイアが意外そうな顔をして俺の顔を見る。
「話はこれからだろう」と表情で語りかけてきている。
それを無視して俺が帰ろうとすると、ダイアは一瞬、表情がムッとした顔になったが、すぐすま笑顔に戻ると引き留めにきた。
「もうお帰りになるのですか?もう一杯、お茶を入れますのでよかったらこのお菓子をどうぞ。」
「悪いがそろそろ冒険者ギルドに行きたいんだ」
「冒険者ギルドですか?」
「ああ、身分証を作るんだ。」
冒険者ギルドと聞いた時はとても悲しそうな表情となったダイアの顔がパアッと明るくなると、両手を胸の前で組み、まるで父親におねだりするかのような上目視線で俺を見つめる。
かわいい。
俺はロリコンではないが、思わず彼女の行動にドキッとして、生唾を飲み込む。
「それでしたら、うちのギルドで身分証を作りませんか?」
「うちのギルド?」
「はい、魔道具普及委員会でです」
ダイアからの突然の提案に俺の頭はクエスチョンマークでいっぱいとなった。
俺の疑問を察したのか、ダイアはモンドに何か指示を出すと俺に説明を開始する。
指示を受けたモンドは大急ぎで部屋を出ていいた。
「えっとですね、魔道具普及委員会は魔道具の開発と普及が目的の歴としたこの国のギルドなんです。」
「そ、そうなのか?」
「はい、何故か初代様がギルドではなく委員会という言葉を使用したため、このような名称で登録されているのですが、正真正銘国にも認められたギルドです。」
「・・・ああ。」
ダイアの説明に圧倒されていると扉がバタンと勢いよく開き、モンドが息を切らしながら走りこんできた。
彼の手にはいくつかの書類のようなものがあった。
ダイアはその書類の束ををモンドの手から奪い取るとその一枚を俺の顔の前に突き出した。
その紙には『ギルド開設許可証』と書かれていた。
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ギルド開設許可証
魔道具の開発および普及に大きく貢献した功績により魔道具ギルドの開設を許可する。
国王 レオナルド・ゾディアック
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確かに国王直筆と思われる署名と王印が押された許可証である。
自信満々に胸を張るダイアには悪いが、この署名が本物であるかは俺には分からないが。
そして何より気になるのが、解説を許可されたのが魔道具ギルドであることだ。
決して、魔道具普及委員会ではない。
「なあ、ダイア・・・」
俺のジト目の抗議にダイアは張っていた胸を引っ込めると、深くため息をつく。
そしてダイアの顔が少し涙目となると諦めたようにしゅんとする。
「ヒジリ様。言わんとしていることは分ります。これもすべて初代様のセンスのなさ・・・、いえ、ユニークさによるものですので。役人に書類を渡すときに勝手にこの名前に変えてしまったんです。役人もお止めになったらしいのですが、初代様が無理やり押し切ったそうです。『こっちの名前の方が目立つ』と言われて・・・。」
どうやら、毎回この説明をしているようだ。スラスラと次から次へと言葉が出てくる。
しかし、興奮してきたのかダイアの隠されていた初代ギルド長へのうっぷんが露わとなってくる。
次第にダイアの話の内容が彼の起こした奇行や問題行動の数々になってくる。
「空を自由に飛ぶ魔道具を作るといって、頭にプロペラを付ける魔道具を作って、制御が利かなくて貴族に家に突っ込んだ時は本人だけでなく、ギルド員たちも死罪の危機だったんですよ。」
どうやら初代はかなり破天荒な性格だったらしく、各地で問題を起こしいたようだ。それでも最後は自分で問題を解決し、魔道具のすばらしさを国中に広めたというのだから、大した人物だったのだろう。
そして、彼がもしかしたら転生者であったのではと思うところもあった。
なにしろ、彼の感性が猫型ロボットと少年が活躍する日本の某国民的アニメに酷似していたからだ。
一通りうっぷんを晴らしたダイアは現在シュンとして下を向いている。
自分でもハッスルし過ぎたと反省しているのだろう。
俺としてはかなりの時間をとられはしたが、初代の面白エピソードが聞けてプラマイゼロといったところだろうか。
ダイアも俺の機嫌がそこまで悪くないのを察すると徐々にではあるが、調子を取り戻してきた。
そしてその横で、モンドは床に座って空気となっていた。
出会った時の生意気な態度とは段違いの程遠い行動である。姉には絶対服従のせいかくのようだ。
「それで、うちのギルドに所属してくれるんですよね。」
ダイアが潤んだ瞳でおねだりをしてくる。
くっ!かわいい。
「こう見えてもうちのギルドは国内ではかなり力のあるギルドですよ。」
ダイアがここぞとばかりに追撃を掛けてくる。
俺の腕をとると体をすり寄せ、甘い声で囁いてくる。
くっ!どこでこんなテクニックを覚えてきたんだ。
まるで夜のお店のお姉ちゃんたちと同レベルのおねだりだ。
もちろん、俺はロリコンではないが、このままでは陥落してしまう。
「そ、そうなんだ・・・。国内・・・では?」
ん?ということは国外ではどうなんだ?
俺がダイアに追及するとダイアの表情が陰る。
「えっと、それは・・・」
「それは」
「国外には魔道具ギルドというのがありまして・・・、そちらの方が規模は少し大きいです。」
「・・・魔道具ギルド!?」
「余所の国で立ち上げられたギルドです。完全にうちのパクリなんですが、当時は他国でうちはギルドと認識されていなかったので・・・」
どうやら原因は初代の命名だったようだ。
ダイアの体から負のオールが沸々と湧き出している。
いろいろと苦労してきたのだろう。
別にギルドに所属するのは構わないのだが、一つ気になることができた。
「なあ、ここで身分証を作ったとして、他国で通用するのか?」
「・・・ウチのギルドの支部がある国では何とかなりますが、いくつかない国もありますので、そこでは・・・。」
「そうか。それじゃあ悪いが、身分証は冒険者ギルドで作るわ。」
「そ、そうですか。」
「すまんな。身分証の問題さえなければ、別にここでも良かったんだが・・・」
「そ、そですか・・・。・・・!?」
ダイアは非常に残念そうな表情で落ち込むが、突然何かを思い立ったのか、モンドを呼び寄せると何やら支持を出す。
モンドは姉の指示を聞くと一瞬、不満そうな表情をするが、すぐさまイエスマンに戻る。
「それではヒジリ様。今回のお詫びとして、弟のモンドに冒険者ギルドで身分証を作るまでアシストをさせます。存分にこき使ってやってください。それと・・・よろしければ、魔道具普及委員会をこれからもよろしくお願いします。」
「・・・ああ?」
何をよろしくかは分らないが、とりあえず俺は返事を返した。
俺の返事を確認したダイアはニコリと微笑むと、玄関まで俺を見送ってくれた。
そして、おれはやっとのことで冒険者ギルドに向かうこととなった。




