15 カツアゲ
ギルドに行く準備を終えた俺は出発前にバジルに一声かけようと思い、バジルの元に向かう。
バジルは一階の店舗スペースでタイムと何やら相談をしていた。
「バジル、それじゃあ行ってくる。」
「ちょっと待て。これを持っていけ。」
呼び止められた俺は掌の上に何かを押し付けられる。
それを見てみると一枚の大銀貨であった。
不思議そうな顔をしているとタイムから説明があった。
「ギルドに所属するには登録料がいるんですよ。確か一番高いのが商業ギルドで800ギルだったと思います。他も似たような価格設定だったと思います。」
この気配りには頭が下がる。
バジルは基本的には豪快で大雑把な性格であるが、世話焼きで細かいところにまで気が利くという、相反する性質を持つ。
俺の中ではやり手の商人とは真逆な性格なのだが、人としてみると大変魅力的な性格である。
俺がお礼を言うとバジルは照れ隠しなのかそっけない態度で早くいけと手を振る。
更には「余った金で昼飯でも食っとけ」と、ぼそりとと言うと、逃げるように部屋を出ていった。
本当にバジルは気の利いた男だ。
俺は黙ってバジルが去った方向に深く頭を下げると店を出て、商業ギルドがある南地区の中心部に向かうのだった。
◇
レンガ造りの巨大な建物からは相変わらず凄まじい熱気が漏れ出してきていた。
すごい勢いで人が出入りをしている。
昨日と全く同じような光景を目にしていると、俺は昨日ここで別れたエキドナのことを思い出した。
すると少し胸が苦しくなるのを感じる。
「まさか、俺は彼女に惚れたのか?」
彼女とは年が10以上も離れていた。
下手をすると周囲からは親子と間違われるかもしれない。
そんなことがあり得るはずがない。
俺は大きく一度、深呼吸をすると気持ちを落ち着かせた。
バジルによると、商業ギルドの周りに他のギルドもあるとのことだった。
俺はグルリと周囲を見渡す。
いくつか大きな建物があり、多くの人が出入りをしている。
その人目当ての小さな露店や商店も点在している。
その中で一番気になったのは串肉を売っている小さな屋台である。
商業ギルドのお向かいの大きな木造の建物の前で営業しており、とても大きな串肉を販売していた。
とても香ばしくて食欲のそそる匂いを周囲にまき散らし、木造の建物から出てくる人を狙い撃ちにするかのように串肉を販売していた。
客のほとんどがその大きな木造の建物から出てきており、武器や鎧を装備していた。
ターゲットとなっていたのは冒険者であり、この木造の建物こそ目的の冒険者ギルドであった。
俺はすぐさま冒険者ギルドに入ろうと思ったのだが、すぐに考えを改めた。
なにしろ、冒険者たちがひっきりなしに出入りしているのだ。
考えれば当然のことである。
朝のこの時間は冒険者が仕事の依頼を受けに来る、最も忙しい時間帯であるはずだ。
わざわざこの時間帯にギルドに登録に行く必要などないのである。
ということで、他のギルドがないかを探してみる。
まあ、冷やかしである。
門番さんの話だと、少なくとも錬金術師ギルドはあるはずだ。
他にもあるみたいだが、言葉を濁していた。
俺は注意深く周囲を観察していると怪しい建物を発見した。
別に見た目が怪しいわけではない。
怪しい人物が出入りしているわけでもない。
ごくごく普通の石造りの二階建ての家である。
両隣はともに商店であり、その間にヒッソリと建っている。
怪しいと感じた理由は気を抜くと建物の存在が希薄となるのだ。
そこにあるはずなのに店を見失うのである。
行き交う人々もこの建物を気づいていないものがいるようだ。
俺は不審に感じつつもその建物に興味を抱き近づいていく。
もしこれが、盗賊ギルドとか暗殺者ギルドとかだったら、命の危険もあるかもしれない。
いや、そんな危険なギルドがこんな一等地のど真ん中にあるはずはないのであるが・・・。
俺は建物を注意深く観察するが、情報となるものは何もなかった。
看板もついていなければ、中を覗けるような窓もなかった。
あるのは中に入るための入り口のみである。
「おじさん、何してるの?」
いきなり後ろから声を掛けられた俺は背筋に冷たいものを感じる。
建物の前でうろうろしていた俺は明らかに不審者だった。
振り向くとそこには一人の少年が立っていた。
まだ幼さの残る顔立ちの少年が不審そうに俺を見上げていたのだ。
すぐさま弁明をしようとした俺だったが、少年の出で立ちを見た瞬間に興奮を覚えた。
別に少年に性的興奮をしたわけではない。
右手に杖を持ち、黒いローブを着ている。
そう、まさに魔術師といった感じなのだ。
ついつい凝視してしまう。
「怪しいね。捕らえて兵士に突き出そうかな。」
俺の視線に身の危険を感じた少年が後ずさりながら杖を構える。
まずい。怪しまれたかな?
ここで俺は自分の行動の怪しさに気付き、慌てて弁明を開始する。
「ちょっと待て、怪しいものじゃない。ただ、この建物が気になって見てただけだ?」
「ふーん。こんなどこにでもあるような建物のどこが気になったの?」
少年はちょっと意外そうな顔をしたが、すぐさま冷たい視線を突き刺してくる。
明らかに俺を変質者と見ているようだ。
まずい、誤解を生んでしまった。
俺の背中から汗が噴き出してくる。
このままでは本当に変質者として兵士に引き渡されそうだ。
この子が本当に魔術師なら、俺は絶対に逃げれないだろう。
・・・・・・
いやいやいやいや。
逃げるんじゃなくて、誤解を解く努力をしないといけない。
俺は自分の間違いに気づくと顔をブルブルッと振る。
どうやら俺は錯乱していたようだ。
俺は変質者のレッテルを張られまいと必死に自分の状況、ギルドで身分証を作ろうとしていたことを説明した。
しかし、少年の疑いの目は深まるばかりだった。
慌てふためきながら説明する俺の姿がいっそう怪しく見えていたのかもしれない。
「おじさん。嘘をつくならもっとましな嘘をつきなよ。そんな嘘、誰も信じないよ。」
少年はそういうと杖の先端を俺に向ける。
こいつはやばい。完全に敵意を向けられている。
すでに俺は少年にロックオンされている。
「待てって。本当だから。」
俺は2、3歩後ずさると尻もちをつく。
慌てて背負い袋から仮身分証を取り出すと少年に見せる。
少年の冷たい視線が仮身分証と俺の顔とを行ったり来たりする。
警戒心は全く解けていない。
少年のまるで汚物でも見るかのような見下した視線が俺の心を抉る。
「随分芸が凝ってるね。こんな小道具まで用意しているなんて。」
その後、俺は少年に尋問されるような形ですべてをゲロさせられる。
地面に座ったまま、少年に杖を突きつけられて、泣きそうになりながら弁明している。
まわりからクスクスといった笑い声が聞こえてくる。
なんともみじめな姿だった。
「ふーん。するとおじさんは転生者でまだ身分証を持っていなかったから身分証を作りにギルドに来たんだ。そこでこの建物を見つけて、気になったから覗いていた、と」
俺は首をブンブンと何度も縦に振り、肯定の意を示す。
少年は少し意外そうな顔をして俺の顔を見ていたが、すぐに表情を引き締める。
そして、数秒何かを考えこんでいたが、すぐにニヤニヤ笑いだすと右手の杖を構えたまま左手の掌を上にして突き出す。
「わかったよ。おじさんの言うことを信じてあげる。ただ、誠意を見せてよ。おじさんの行動で僕はすごく嫌な思いをしたんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、俺は罪悪感を覚える。
せ、誠意か・・・。
少年はいやらしい笑みを浮かばせながら、左手の親指と人差し指で小さい円を作るとそれを俺に見せる。
そうか、お金か。お金を渡せばいいのか。
少年の言葉を理解した俺はお金を差し出そうとバジルに貰った大銀貨に手を付けたとき、清らかな風が周囲の毒素を吹き飛ばすかのように吹いた。
急に世界が鮮やかになっていく。
今まで気が付かなかったが、先ほどまではフィルター越しに見ていたかのように色あせた風景を見ていたようだ。
理由は分からないが。
少年は相変わらずニヤ付きながら、左手を突き出している。
その行動がいまは凄く卑下なものに映る。
「俺は何をしていたんだ?」
ポツリと口から疑問が零れ落ちる。
頭が鮮明となり思考も活性化する。
この状況、どう見てもカツアゲされているじゃないか。
いままで動揺していたせいか、頭が全く働いていなかったようだ。
俺が手にしていた大銀貨をしまい立ち上がると、少年はイラついた表情になる。
「ちぇっ。だれだよ。邪魔した奴は」
少年はブツブツと文句を言いながら、俺のことを無視して周囲を警戒する。
今までと違い、少年の表情い緊張の色が見える。
「モ~ン~ド~。何してるのかな?」
怒気を籠った声が聞こえると共に少女が少年の背後に現れる。
少女はにこやかな笑顔で立っているのだが、その背後に般若の面が浮き上がっている。
「ね、姉ちゃん。これは、その・・・」
少年の顔が見る見るうちに真っ青になっていく。
足がガクガクと震えだす。まるで、生まれたての小鹿のように。
「言い訳もできないんですか。」
少女はそういうと右手の拳を固く握りしめると少年の頭に叩き落とした。




