14 バジルの趣味
「ガハハハッ。普通、趣味でポーション作りなんてする奴いないぞ。」
よほどツボにはまったのかバジルは笑い転げている。
タイムは無言のままジト目でこちらを見ている。
一体なぜだ?
「それでバジル。俺はどこに泊まればいいんだ?」
「おお、そうだった。空いてる部屋は作業場にある部屋だけだから、そこで寝泊まりはしてくれ。飯はここの二階の自宅で俺たちといっしょだ。」
そういうとバジルは店の奥にある裏口に向かう。
タイムは「あそこに泊めるんですか!?」と驚きの声をあげるとどこかに行ってしまう。
バジルは全く気にする様子もなく俺を手招きしている。
どうやらバジルの突拍子のない行動にタイムが振り回されるのはいつものことのようだ。
まあ、そのおかげで俺は助かっているのでこのことについて俺からバジルに何かを言うつもりはない。
しかし、おそらくこれからオレガノ商会とは長い付き合いになりそうな予感がするので、タイムと友好な関係を築くためにも何か行動を起こす必要はあるだろう。
店の裏口を出ると小さな広場を挟んで目の前に二つの建物が建っていた。
比較的大きく頑丈な小屋が倉庫で、小さく朽ちかけた小屋が作業小屋だそうだ。
お店や倉庫と違って作業小屋はお世辞にも手入れがされているとは言い難かった。
辛うじて建物の形状はしているが、至る所に穴が空いており、ドアや窓の建てつけはよろしいものではなかった。
もちろん、軒の下には蜘蛛の巣が張ってある。
何やら紫色の毒々しいクモの姿が見えるが、毒クモではないよな。
「まあ、ちょっと散らかってるが、雨風はしのげるぞ。」
「・・・ああ、バジル。ありがとう。」
礼を言う俺の顔は明らかに引きつっていた。
どう見ても人が寝泊まりするような建物には見えなかったからだ。
ドアを開けて中に入ると、溜まっていた埃が舞い上がり視界を塞いだ。
この埃がこの作業小屋を使っていなかったのを物語っている。
俺の引きつった顔がより一層引きつる。
俺は入るのを躊躇するが、バジルは「そんなの関係ない」とばかりに中に入っていく。
そして「ハックション」と盛大なクシャミをして慌てて戻ってくる。
クシャミのせいで更に舞い上がった埃がバジルの全身にくっついていた。
「店長、まさかいきなり中に入るとは思いませんでしたよ。」
振り向くと呆れ顔のタイムが立っていた。
その手には清掃道具が握られていた。
「ヒジリさん。すみませんが掃除は自分でしてくださいね。私は店番がありますので。」
タイムはそういうと掃除道具を置いてその場を去る。
入り口には箒と雑巾、そしてバケツが置いてあった。
バジルは手伝ってくれるのだろうかと振り返ると・・・、すでにバジルはいなかった。
結局、俺は作業小屋を一人で掃除する羽目になった。
掃除は夕方近くまでかかり、終わった時にはくたくたとなっていた。
この時、生活魔法が予想以上に役に立ったのは言うまでもない。
水を生成する水生成、微風で部屋を涼しくする送風。
そして何よりも重宝したのが洗浄であった。
尤も、MPの少ないヒジリは生活魔法を多用することはできず、掃除が終わった時にはMPは尽きて、クタクタとなっていた。
そのため、夜にバジルが夕食を誘いに来た時には、俺はすでに深い眠りの底に落ちていた。
◇
「おう、よく眠っていたな。」
「ああ、予想以上に掃除がきつくてな。」
「そうか。それで終わったのか?」
「ああ、人が住めるぐらいにはなったぞ。」
「そうか、よかったな。」
バジルはそう言うと豪快に笑う。
どうやら皮肉は通じなかったようだ。
翌朝、いつもより早く目覚めた俺は遠慮がちながら、店舗二階のバジルの家を訪ねると、すでに起きていたバジルは起きていて朝食を作っている最中だった。
すでにテーブルには大量の料理が用意されている。
俺の分も入れたとしても明らかに過剰な量である。
明らかに4~5人分は用意されている。
「おはようございます」
そこにタイムが出勤してきた。
えらく早い出勤だ。
昨日と同じ、スーツではないが、ピシッとした服装に身を包んだ出で立ちから、今日も仕事で出勤してきたのは想像に難くない。
「おう、来たか。飯はできてるぞ、席に着け。」
バジルの言葉にタイムは当然のように従う。
俺が呆けていると、タイムは自分の隣の席に俺を座らせる。
「料理は店長の趣味なんですよ。だから,こうして従業員には朝晩の食事が用意されるんですよ。」
「そ、そうなのか。」
「はい、残すと機嫌が悪くなるんでちゃんと食べてくださいね。昨夜は大変だったんですよ」
タイムはテーブルに並べられた大量の料理にうんざりしながらつぶやく。
「昨夜?・・・そうか、昨日寝てしまったからか。すまんな。」
「いえ、昨夜はお疲れだったようなので、無理に起こすのもどうかと思いまして。それに昨夜は隣の家の人が援軍に来てくれたのでなんとか大丈夫でした。」
食事に来るのに『援軍』と表現するのもどうかと思うのだが、俺の想像を絶するようなことが昨夜起こったようた。
そうこうしているうちに食事の準備が完了したようだ。
バジルが向かいの椅子に座るとコップに何やら濃い茶色の液体を注ぐと一気に飲み干す。
「ブハァー、旨い。」
バジルは満足そうに笑みを溢すが、タイムは不機嫌そうに睨みつける。
「店長。何、朝から酒を飲んでるんですか。今日は会合があるんですよ。」
「いつも言ってるだろ。こいつはエールだ。酒じゃない。そんなことよりさっさと飯を食え。冷めるぞ。」
そういうとバジルは更にエールをコップに注ぎ、美味しそうに一気に飲み干す。
エール、・・・エールってビールのことだよな。
前世ではドイツ人とかが言っていそうなセリフをバジルは真面目顔で吐いている。
どうやら何時もの光景らしくタイムはすぐに食事を再開する。
タイムもバジルに言っても無駄とは思っているのだろう。
それでも言わずにはいられないのは、それだけタイムが真面目ということだろう。
それにしても、前世の物語で定番であったドワーフは酒好きという方程式はどうやらこの世界でもいっしょのようだ。
「ヒジリさん。掃除は終わったみたいですが、今日はこれからどうします?」
何とかテーブルの上の料理を平らげ、膨らみ過ぎたお腹を擦っているとタイムが尋ねてきた。
タイムも少し食べ過ぎたのか、若干お腹が飛び出ているような気もするが、全く苦になっていない表情である。
これが新陳代謝の衰えた40歳とまだまだ成長真っ盛りの10代の差であろうか。
「ああ、さっそく仕事をしようと思う。」
タイムはハッとすると少し表情が曇る。
そして、俺の方をまっすぐ向くと頭を下げて謝ってきた。
「すみません。急いで手配したのですが、間に合いませんでした。まだ、材料の木材と専用の器具が届いていないんです。今日中には間に合わせますので、仕事は明日からでお願いします。店長もそれでいいですね。」
「いや、俺は別に構わないから、頭を上げてくれ。」
「ガハハハッ。いいぞー、うぃ」
バジルはご機嫌に答えているが、少し酔っているような気がする。
大丈夫なのだろうか。
なにしろ、バジルはコップ5杯のエールを飲み干している。
「で、これからどうするんだ?」
「ああ、それならギルドに行こうと思う。身分証を作らないといけないからな。」
「身分証?・・・そうか、そりゃそうだな。・・・で、どこのギルドにするんだ?」
「門番の兵士には冒険者ギルドか商人ギルド後は錬金術師ギルドを勧められたんだが、どこがいいと思う?」
「冒険者ギルドだな」
「冒険者ギルドですね」
・・・二人の答えは見事に一致した。
何故か商業ギルドに票は入らなかった。
そして、二人が推薦する理由は次の通りだった。
冒険者ギルドはこの世界最大のギルドで世界中に支部があるため、情報が入りやすい。
ギルド員の人数、質ともに最大である。
これらは試練をクリアしないといけない転生者にとって、最大のアドバンテージとなるとのことだった。
ちなみに商業ギルドに対するバジルの評価はあまり良くなかった。
「商業ギルド?あんなもん、普通の奴が入るところじゃないな。商人志望なら入る必要があるが、そうでないならお勧めしないぞ。なにしろ、会費は高い割には何もしてくれないし、ギルド員は隙があれがライバルを蹴落とそうとする陰険なやつ等ばっかりだし、最悪だぞ。」
バジルはすごい勢いで自分が所属するギルドの悪態をついていく。
隣でタイムはヤレヤレといった感じで呆れている。
「それは店長がギルドを上手く使いこなせていないだけですよ。」
タイムの冷静な一言がすべてを物語った。
こうして、俺の所属先は冒険者ギルドに決まるのであった。




