12 ドワーフの商人
「へい、らっしゃい。ウチの果物は新鮮だよ」
「忙しい朝にサンドイッチはいかがですか?」
「今日は久しぶりに新鮮な魚介が入荷したよ。」
門を入ってすぐは食料関係の市場となっていた。
セントバニラは大規模な商業都市というだけあって、朝から活気に溢れていた。
多くの人々が行きかい、店頭には様々な商品が陳列し、商人たちはあらん限りの声を出して商品をアピールしている。
俺はその熱気に圧倒されてしまう。
日本にいた時、東京観光ということで一度だけだが、築地に行ったことがあるが、築地に勝るとも劣らない活気がこの市場からは見て取れた。
行きかう人々もヒューマンだけでなく、エルフ、ドワーフ、獣人と他種族が入り乱れ合い、まるでヒューマンの坩堝とかしていた。
まさにザ・ファンタジーの世界、といったところである。
「ねえ、ヒジリ。私たちはこれから領主のフレデリカ様のところに報告に行くけど、あなたはどうする?」
「そうだな。まずは第一に金を稼がないといけないからな。これを売れるところを探してみるわ。」
そういって俺は背負い袋から取り出した木彫りの置物をエキドナに見せる。
それはこの2日間、馬車の中で作成した木彫りの置物であった。
エキドナにナイフを借りると俺は休憩中に拾った小さな木片を削り、木彫りの熊を作り上げたのだ。
スキル細工Lv3の効果なのか、かなり精巧な木彫りの熊が出来上がった。
イメージとしては北海道の有名なお土産をイメージした。
熊が鮭を咥えているやつだ。
この世界に熊や鮭がいるかは知らなかったが、エキドナが不思議がっていなかったことから、鮭はともかく熊はおそらくいるのだろう。
別に北海道出身ではないのだが、木彫りというと他にイメージがわかなかったのだ。
「そうね。それじゃあ、商業ギルドまでは案内します。ギルドで聞けば、いろいろと教えてくれると思いますので。」
「わざわざ済まないな。後、このナイフと背負い袋は貰ってよかったのか?」
「いえ、大したものではありませんのでお気遣いなく。ローラン、そういうことなので、フレデリカ様へは先に行って報告しておいてください。」
「・・・わかった。遅くなるなよ」
ローランは、不服そうな顔をしながらも雑踏の中に消えた。
◇
セントバニラは街の東と西に門があり、東西を結ぶようにメインストリートが設置されていた。
そして、街の中心部には大きな広場があり、そこから北に行くと領主の館、南に行くと商業ギルドや冒険者ギルドなど街の主要施設があるとのことだった。
エキドナに案内されて辿り着いた商業ギルドはレンガ造りの巨大な建物であった。
ギルドの建物からは何人もの人が出入りをしている。
中からはすさまじい熱気を感じる。
中の人たちはみな、一秒でも無座にするか、という勢いで取引を行っている。
「ヒジリさん。申し訳ないですが、私はここで失礼します。何か困ったことがあったら連絡してください。」
エキドナはそういうと俺に連絡先の書いた紙を渡し、足早に去っていく。
俺は商業ギルドの一人ぽつんと立ち尽くすのであった。
俺は場違いのなところに一人残された格好となり、どうしてよいか分からず立ち尽くす。
いままで熱血とは無縁のまま生きてきた俺にとって、この熱い熱気は俺がギルドに入るのを拒むのであった。
「おい、商業ギルドに何か用か?そんなところに突っ立て居られると迷惑なんだが。」
いきなり後ろから野太い声がした。
振り返るとそこには白髪のドワーフが鋭い目つきで俺を見ていた。
まるで俺を値踏みするかのように頭からつま先までじっくりねっちりとみられる。
「すまない。初めてここに来たんだが、この熱気に当てられて呆然としてたんだ。」
「そうか。初めて来たなら無理ないな。ここはこの国でも1,2を争う商業ギルドだからな。」
俺が謝るとドワーフは納得したかのように頷く。
そして、手招きすると中にズイズイと入っていく。
訳の分からない俺は黙ってドワーフについて行く。
ドワーフは俺がついてくるのを確認すると、そのまま中に突き進んでいき、空いたテーブルを探し出すとそこを占拠するように座る。
「ここは?」
「おう、個別の商談やらに使うテーブルだ。すぐに見つかって良かったぜ。それで、ここには何しに来たんだ?」
「ああ、これを買ってくれる商人がいないかを探してきたんだ。」
俺はそういって背負い袋から木彫りの熊を取り出し、テーブルに置く。
ドワーフは無造作に手に持つと、興味深そうに熊を観察する。
そして、「ほう」と一言感嘆の言葉を漏らすと、熊をテーブルの上に戻す。
「この木彫りの熊、どうしたんだ?」
「いや、この街に来る途中、俺が作ったんだ。」
「お前が作った!?」
「ああ、もしかして買ってくれるのか?」
「ああ、買ってやってもいいが、1つ質問に答えてくれ。」
「何だ?」
「お前、転生者か?」
いきなりのドワーフの質問に俺は背筋に冷たいものが走る。
身の危険を感じたのか、筋肉が硬直する。
無意識のうちに体が少しだが後ずさる。
「おいおい、別にお前を取って食おうってわけじゃない。何をそんなに警戒してるんだ?」
ドワーフが目を白黒させて手を上げながら、弁解する。
明らかに慌てているのが見て取れた。
そのことからも、このドワーフが俺に危害を加えるつもりでなかったのが良くわかる。
「どうしてそう思ったんだ?」
俺は冷静を装いつつ尋ねるが、おそらくは動揺は隠せていないだろう。
それがわかっているのか、ドワーフは困った顔をしながら頭をかく。
「いやなに、そいつを作ったのがお前だって言ったからだよ。」
「・・・どういうことだ?」
「お前の様子からして、商業ギルドに来たのは初めてだ。お前は見た感じ、40かそこいらだろう。そんな奴がその年齢になるまで一度も商業ギルドに来たことがないのはおかしいんだ。となると、お前は余ほどの世間知らずかこの世界に来たばかりの転生者ってことになる」
ドワーフの言い分は最もであった。
自分の中では警戒していたつもりだが、どうやら十分に怪しい存在だったようだ。
「ああ、あんたの言う通りだ。2日前にこの世界に来たばかりだ。」
「そうか、どうやら大変な目にあったようだな。2日ってことは・・・、そうか、ソウヤンの馬鹿領主か。災難だったな。この街では転生者だからってそんなに構える必要はない。まあ、言いふらすことはしない方がいいかもしれんがな。」
ドワーフはそういうと豪快に笑う。
このドワーフなりに安心させようとしているのかもしれない。
「いろいろとスマンな。俺はヒジリって名前だ。で、この木彫りの熊、買い取ってくれるのか?」
「おっと、そうだったな。出来で言うと可もなく不可もなくってとこだな。100ギルでどうだ?」
「100ギルか・・・」
ギルというのはこの世界の通貨単位だそうだ。
街に来る途中、エキドナからはその辺りの説明は受けていた。
1ギル=10円といった感じだった。
通貨はすべて貨幣で小銅貨が1ギル、大銅貨が10ギル。その後は小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨、小白金貨、大白金貨、虹貨と続いていくそうだ。
俺の木彫りの熊の出来から言ってそんなに高価で買い取ってもらえないだろう、というのがエキドナの評価であった。
彼女の鑑定も「品質 普通」と表示され、「庶民が買うなら100~200ギルあたりだろう」とアドバイスもされていた。
問題はこの街の安宿でも最低200ギル必要だということだった。
そう、100ギルでは宿代にならないのだ。
「不満か?だが、これ以上はちょっと無理だぞ。数があるなら少しは色を付けてやれるがな。」
「いや、すまん。そんなもんだとは思ってたんだが、今、文無しでな。それでどうしようかと思ってたんだ。」
「ガハハハッ。そんなことを気にしてたのか。よし、それならウチに住み込みで雇ってやろう。お前、この木彫りの熊、移動しながら2日で作ったんだよな。それなら、少なくとも1日1個は作れるよな。」
「ああ、可能とは思うが、何をすればいいんだ?」
「簡単だ。ノルマは1日1個だ。多くてもすべて買い取ってやる。まあ、飯と材料の木は用意してやるから、その分は少し引かせてもらうが、損をさせるつもりはねえ。とりあえず、雇用期間は1週間だ。どうだ。」
ドワーフの申し出に俺は顔が綻ぶ、
願ったりかなったりの申し出である。
少なくとも1週間は仕事と飯と宿にありつけるのだ。
俺は迷うことなく即決した。
「ああ、よろしく頼む。・・・えっと」
「おう、まだ名乗っていなかったな。バジルだ。」
俺たちはニッコリ微笑むと固く握手を交わした。




