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新しい御神体

食器の片付けが終わった敦とアヤメは居間に戻った。とも代の姿はなく、野生動物を特集した番組が寂しく流れていた。

「お婆さんどこか行ったの……?」

「風呂沸かしに行ったんじゃないかな」

敦の言った通りとも代はすぐ戻ってきた。

「十分ほどしたら入れるので先に入って下さい」

とも代が新品のバスタオルを渡しながら言った。いつ貰ったか分からない粗品だ。箪笥のなかで眠っていたのを引っ張り出してきた。

「ありがとうございます。敦、服貸して」

「いいけど……」

ちゃんと洗濯してあるが、躊躇うというか緊張するというか照れるというか……敦の胸中は複雑だ。勉強ができるわけでもスポーツが上手いわけでもなく、イケメンでもない。オマケに友達もいない良いとこなしの並ボッチでモブの服をメインヒロイン級の美少女が貸してというのだから。

「あ、と……下着どうしよ」

赤い顔で恥ずかしそうに相談するアヤメだが、される敦もかなり恥ずかしい。想像しそうになるのを頭を振って追い出す。

最寄りのコンビニまで自転車で片道十分。しかも肝心の自転車はパンクで修理中。だからといって「ばあちゃんの借りれば?」という訳にもいかない。

「入るときに洗濯機使って。その、下着だけなら¨お急ぎ¨に設定すれば、一時間くらいで乾燥まで終わると思うから」

「う、ん。そうさせて貰う……」

あと、問題なのが寝る場所だ。一階にある客室は¨階段を昇るのが辛い¨と、体の衰えたとも代が使っている。あとは仏間か縁側それかこの居間だ。二階に敦の部屋はあるが他の部屋は物置きになっていたり掃除していなかったりと直ぐ使用できる状態じゃない。

「ばあちゃん、使ってない布団てあったっけ?」

「物置き部屋の隣の押し入れ」

「じゃあ服も取ってくるからアヤメも来て」

居間の外はかなり冷え込んでいる。暖房器具がないから当然なのだがやはりアヤメには居間で寝てもらおうと決め階段を登っていく。敦が登るとギィギィと軋んだ音が鳴り、アヤメが繰り返す。

敦の部屋は二階の突き当たりにある。ドアを開け真っ先に飛び込んでくるのがとあるアニメのポスターだ。タイムリープを題材にしたストーリーで人気を博し敦のお気に入りのアニメの一つだ。ポスターの他にもタペストリーやフィギュアが飾ってあり、ブルーレイやCDそれにゲームや漫画にラノベが空間を陣取る典型的なオタク部屋。

中に入ったアヤメが部屋をぐるりと見渡しどう反応しようか困っている。

「これは……。直に見ると中々にくるものがあるね」

王道ファンタジーやロボットもの、熱いスポーツ作品も好きだが、男であるが故に美少女コンテンツの占める割合は高い。オタクでない女性が¨際どい格好をした同性のイラストに埋め尽くされた部屋¨を見てどう思うか、人付き合いが皆無の敦が理解できるわけがなかった。

アヤメの反応など気にも止めず敦は自分の部屋に初めて女性が入ったことに緊張していた。

「待った! 直にってどうゆうこと? 人を入れたことは当然ないし写真をアップしたこともないんだけど!?」

「うんと、ねぇ……。神界にいるとき限定だけど指でこうクルッと円を描くと人間界の様子を見られるのよ」

アヤメが人差し指で円を描く仕草を交えながら説明した。

「何ソレ!? プライベートもプライバシーもないじゃないか」

「や……それはまあ――。一応は気にしてたよ? 気をつけて見てたよ。プライバシーもプライベートも。けど人間界の様子を見ながら神意を使うのが神の仕事だから」

社でアヤメと会ったとき名前を知っていたのはこの能力で見られていたからだと想像した……が、問題はモジモジとしたアヤメの態度だ。頬を赤く染め全然目を合わせようとしない。

「待ってアヤメ。何を見た……?」

「や、だなぁーー。何も見てないよ」

「嘘だよね? ホント何を見た?」

「し、思春期の男の子だもんね? 色々……うん、色々とあるのが普通だよね?」

エロ本の見つけたみたいな反応は止めて欲しい……と言いたいが、思いあたる節がある。買うときも見るときも十分人目に気を付けていたのにまさか別の世界から覗かれていたとは……二人の間に気まずい空気が流れた。

アヤメの顔を見ないように箪笥からトレーナーとジャージの上下を渡した。他の男子と比べて決して体格の良くない敦でも女性と――特に華奢なアヤメより体格は良い。ジャージの上はチャックになっているので首もとがはだけることはないし、下も腰ヒモがあるので落ちる心配もない。袖や裾は曲げる必要はあるが色んな部分が見えそうになるよりは互いにとって良いはずだ。

「布団は居間に置いて置くからそこで寝て。寒かったらエアコン使っていいから」

「ありがとう。あと、お風呂に行く前にやっとかないと」

服を胸に抱えたアヤメが歩みよる。やや上目遣いで手を広げていた。

「何かちょーだい?」

「突然、どうした?」

「神体が壊れたときの話、覚えている?」

頭を上下に軽く振ると「まあ夕方のことだし」と敦は答えた。

「明日も学校でしょ? 手鏡じゃあ持ち運びに不便だし、鏡って直ぐ壊れちゃうでしょ?」

メイド服の女の子のイラストが描かれたカレンダーを見る。今日が水曜日で明日の日付も平日であることを証明する黒字で書かれていた。

「もしかしなくても……学校についてくる気?」

敦の疑問に「当然でしょ」と笑顔で答えた。二十メートル以上離れられないので、休むかアヤメがついてくるしかないのだから当然と言えば当然なのだが……。オマケにこの後の一言で敦は更に驚かされる。

「敦のクラスに転入するから! 学校でもよろしく!」

「は? いや、転入って……。どこの学校から……いや、それよりも戸籍とかないのにできるものなの?」

「そこは、ほら。神の力を行使してるから! 一応、敦の母方の従姉妹って設定だよ」

「待って。ウチの母さんに兄弟を勝手に作らないでくれるかな? ウチの親、二人とも一人っ子だったから」

「いいじゃない? 減るもんじゃないし、むしろ増えたんだし」

神様なら何でもアリなんだなと思い至った敦。母に兄弟とその子供が追加されただけで汚名を着せられたわけでも名誉を損なわれたわけでもないから別にいいかと諦めた。

「転入してくることも従姉妹ってのもまあ、いいや。変えれないんだろ?」

アヤメが「うん」と答えた。

「でも、制服とか教科書とかどうするの?」

「高天ヶ原――神界の県庁? 役所? みたいなところから支給されるよ。電車の定期券も含めて朝までには届いているはずだから。それと月末には敦を口座にお金が振り込まれるから。私の食費とか光熱費とか。それ以外は自分で稼がなきゃだけど」

今、アヤメが思い出してみても高天ヶ原にいたチョビヒゲ役人に対し毬栗のようにトゲトゲした感情になる。敦に内緒にしているが縁結びの神になるため実績を兼ねた試験に臨んでいるから最低限の物資は支給して貰えている。……が、さっさと縁結びの神だと認めてくれればこんな手間をかけずに済んだんだ。それをあのチョビヒゲ役人は――。

「あーーっと、話が逸れたけどそういう訳だから神体になるようなもの、ちょーだい?」

イライラした気持ちを切り替えるのと話題を戻すためにわざとらしく大きめに声を出して頼んだ。

アヤメが転入してくるのは決定事項のようだ。そのための準備も調えたあった。消化できなくても受け入れるしかないと押し入れを開ける。

「はーい。壊れにくいのもだけど持ち運びやすいってのも重要だよね?」

机の引き出しをあける。この段の引き出しは主にストラップやキーホルダーを保存してあり、あげてもいいものを探す。アクリルやラバーもあるが、強度を重視してメタルチャームを手に取った。アイドルをプロデュースするソシャゲ《旋律の彼方》のキャラ『並木京奈』をデフォルメしたSDキャラのメタルチャーム。二人のふんわりした雰囲気が似ているので選んだ。他意はない。

「これでいい……?」

「センスについては敦らしい……とだけ言っとく。とにかくありがとう」

敦の手からメタルチャームを持ち上げると口づけした。その仕草を敦は食い入るように見る。アニメやゲームで良く見るシーンで、年頃の敦も興味がある行為だ。それが今目の前で、ヒロインと同じ美少女がしている。

「ハイ! たった今からこれが私の神体。無くさないでよ?」

敦の手のひらに小さなメタルチャームが返された。「あの手鏡も大切なものだから保管しているおいて」

そう言い残してアヤメが部屋を出ていった。階段を降りる音のあと「お風呂借ります!」という声が下から聞こえてきた。残された敦はメタルチャームを見て唾を飲み込んだ。メタルチャームに残された唇に敦の心が揺れる。ここに自分も唇をつければという考えが浮かんで来たがそれを振り払う。流石に本人の許可なく気持ち悪い行為はできない。

「あーー……もう!」

机の上にメタルチャームを置くと悶々とした気持ちのままベッドに倒れた。

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