縁切り神特効キャラはボッチ
こたつの上に並んだ空の食器。アヤメが「ごちそうさまでした」と頭を下げる。鰤の味噌煮、白菜とキノコの吸い物、それと梅干しのおにぎり。どれも絶品でアヤメは何度も「美味しい!」と舌鼓を打って食べていた。
とも代が食べ終わったのを見計らい敦が口を開く。
「ばあちゃん、暫くアヤメを泊めたいんだけど良いかな?」
「厚かましい話だけど、お婆さん。お願いします!」
頭を下げたアヤメにとも代は「頭を上げて下さい」と慌てて言った。
「こんな汚い家で宜しければ気の済むまでいてもらって構いませんが……」
とも代が横目で敦を見る。アヤメと敦の関係が気になるのだろう。
「敦に社を壊されたので祟りました」
アヤメが言うと、とも代の顔から血の気が引き土下座した。
「も、申し訳ございません。ウチのバカ孫がトンでもない事を……。どうかお許し下さい! どうか敦君の命だけは!」
「や、や、止めて下さい! 体裁を整える必要があったからやっただけで――。それに敦には協力して欲しいことがあったので」
「ウチのバカ孫は丈夫なだけが取り柄なんで存分に扱き使ってください」
「はい。敦にはたっぷり協力して貰うつもりだけど命を奪ったりするつもりはないので安心して」
アヤメが諭すように言って漸くとも代は頭を上げた。バカ孫とか扱き使っていいとか散々な言われようの敦だが、内心嬉しかった。真っ先に謝り、敦の命だけでも助けようてしてくれた祖母の姿に目頭が熱くなる。
敦は潤んだ目を見られたくなく、食器を片付け始めた。
「あっ! 私も手伝う」
「いいから! アヤメは座ってて」
「居候させて貰うんだから、コレくらいはやるよ」
アヤメが片付け出すととも代も動こうとした。
「お婆さんは座ってて下さい」
「そうだよ。片付けはやるから座ってて」
神と孫に同時に制されたとも代は居心地が悪そうに座った。
敦が洗いアヤメが拭く。バケツリレーのように食器や鍋を洗っていた。役割り分担すれば効率は上がり三人分など取るに足らない量だ。
「そういえば聞き忘れてたけど……」
敦の声が水の流れる音を掻き消した。受け取った皿を拭きながらアヤメが「何?」と聞き返す。
「凛って神は¨道祖神¨って言ってたよね? ならアヤメは何の神なの?」
「あー……まだ言ってなかったね。私は¨縁切り神¨。人と人の縁を切る神様だよ」
アヤメはあまりに普通に言うが、敦は驚きのあまり湯飲みを落としそうになった。
敦が横を向くと、アヤメが積み重ねた皿の上に拭いた皿を置くところだった。決して手際が良いとはいえないがその動作は丁寧で粗暴さなど微塵もない。そもそもアヤメのふわりとした雰囲気から、彼女が縁切り神と言う物騒な神……など到底信じられるものでもなかった。
「次!」
手が止まっていた。アヤメが急かし敦は慌てて湯飲みの泡を洗い流すと、彼女の手のひらに乗せた。
「嘘だよね? 縁切り神って……」
「ホントよ。 そんな嘘をつく必要ないでしょ?」
確かにアヤメが嘘をつく理由が敦には見当たらない。それでも¨こんな可愛い子が縁切り神!?¨と釈然としない気持ちもある。
最後の皿を拭き終えるとアヤメが笑った。
「怖がらなくても、敦には縁を切るような友達も恋人もいないでしょ?」
「ほっとけ!!」
友人と聞いて浮かんで来るのは世界を救うため共に旅した剣士が頭を過る。レベリングという修業を共に耐え抜き仲間の死を乗り換えて魔王を倒した。ヒロインと結ばれたときには心から祝福していた。
恋人と聞いて浮かんで来るのがエルフの女の子だ。行方不明となった兄を探す彼女は健気で淑やかで。彼女の笑顔に何度も胸を高鳴らせた。
それが阪口敦という人間。リアルの交流は全くないが二次元の交流は幅広い。
オタクであることは恥じていない。ただボッチであることには思うところがあった。そこを会ったばかりの美少女から、それも笑顔で言われれば多少なりと傷つくものだ。
「いやー、神の力が通じないなんて敦は凄いよ? えっと、確か『チート能力』って言うんだっけ?」
「やめて! チートでもなんでもないから! ただのボッチだから」
敦が食器棚に洗い終わった食器を戻す横でアヤメが声を押し殺して笑っていた。