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お願い帰らせて

アヤメの言った通り御神体の手鏡を持っていると神社の外へ出られた。目算で二十メートルほど。アヤメに祟られている今、アヤメ……と言うかアヤメの御神体から離れられる距離だ。

「因みにだけど、この御神体を壊れたらどうなる?」

今にもスキップをしそうなくらいウキウキした背中に質問を投げ掛けた。恐らくアヤメもこの御神体から遠くへ離れられないのだろう。始めて若しくは久しぶりの神社の外を目一杯楽しんでいるように見える。

「私は人間界にいられなくなる。神の世界『神界』に強制送還。けど、それで祟りが無くなるわけないじゃないから、どうなると思う?」

千切った笹の枝を指揮者のように振っていたアヤメが足を止める。

「正解は『何も起きない』だよ」

意外な答えで拍子抜けだ。てっきりおぞましい目に合うのかと思っていた。でもどちらにしても祟りがなくなっていないならアヤメに命を握られているのに代わりはない。御神体を入れた鞄を大切に抱えた。

「何も起きない、そう……何も起きはしない」

「その含みのある言い方……何かある?」

「ふふっ。私がいなくなるということは敦の祟りは解けないまま。破損の程度にもよるけど壊れた瞬間、神体は無くなる。そして祟られたままの敦は神体から離れられない。つーまーり神体の壊れた場所から半径二十メートルが敦の世界になるの! やってみる?」

敦は「絶対やらない」と全力で拒否した。半径二十メートル内でしか生きていけないとかあり得ない。本屋やアニメショップを巡れないなんて酸素の供給を絶たれた金魚と同じだ。

「でもまあ、これに関してはそう気にしなくていいよ」

「そんな事言われても」

きっと爆弾を持たされたらこんな気持ちなんだろう。急に重くなった鞄が敦の気を引き締める。

「そんな気を張らなくていいよ。万が一、壊れたら私が強制送還になる前に手持ちの何かを神体として¨供えて¨くれれば万事解決」

御神体は¨供えてもらう¨のと神がそれを御神体として¨認める¨という二つの条件さえクリアしていれば何でもいいそうだ。

「ただ、敦に限っては大丈夫だと思うけど……故意に壊すのは絶対ダメだよ」

アヤメの声が一段低くなった。

「殺人をしようが強盗を働こうが神は人間を裁かない。頼まれたら殺るときもあるけど基本、人間の問題は人間に任せるっていうのが神界の方針。けど、神体を壊すってのは神に対する明確な敵対行動にあたるから」

「神様に対する宣戦布告になるってことか」

「そう。暴言や否定的な事を思うのも言うのも構わない。無邪気な子供が壊すのも構わない。けど、神体が人間界での本体だと知っていて壊せば神界の総力を持って敦の排除が行われる。そうなったら私にはどうすることもできないから」

忠告いや警告。アヤメが目を細めると心臓を鷲づかみにされたようで敦が震えあがる。敦だけじゃない。森全体が怯えあがり喧しいほどざわつく。実際に命を握られているが、それを抜きにしてもアヤメの圧力は生きてなかで一番恐ろしい。普通に生きていては絶対に体験出来ないような恐怖。

このままここにいれば気が狂いそうになる。そう思った矢先、圧力がふっと消えさった。アヤメが綺麗な瞳を大きく広げ口を緩める。

「ほーら、ボケっとしない!」

「あ、ああ……」

手を引かれ小走りで参道を進む。積もった落ち葉を蹴りあげ、柔らかいアヤメの髪が無重力のように舞う。

アヤメと会っていきなり祟られて命を握られて無茶苦茶だけど彼女の雰囲気が、どこか緊張感を麻痺させていた。それはひび割れたグラスのように危険なものだったのだとその小さな背中を見ながら思う――可憐な少女であると同時に人間でないのだと。

小走りで駆け抜ければあっという間に落ち葉の大地からアスファルトへ変わる。森のなかの道と言えど整備はされていて車だって通れる。すれ違うために道端が広くなっている部分が所々に設けられているが、こんな森の中だ。車同士がすれ違うことなど滅多にない。何が言いたいかというと森から出る道を誰かに聞くことが出来ないのだ。

「どうしたの? キョロキョロして」

「いや、それが……」

参道からちゃんとした道に出たまでは良いが右か左かどちらから来たのか思い出せない。そもそも景色からヒントを得ようにも木ばかりではままならない。

「もしかして、この辺りの道に疎い?」

「うん、まあ……。この辺はやたら道が複雑なのに何もないから。どうやってここに着いたかも覚えてないし」

「そっか、そうだね。凛に頼んだから」

「凛?」

「道祖神の神。¨道¨を司る彼女の神意が敦を私の社に導いたの。あっ! 神意ってのは超能力というか加護というか……そういうもの。分かるでしょ?」

道理でと敦は納得した。森に入ったときから注意は払っていたのに事態は改善しないどころか、どんどん……どんどんと奥へ。

ライト代わりのスマホから祖母の番号を呼び出した。

「ばあちゃんなら道、知ってるかも」

画面をタップしようとしたときアヤメが止めた。

「まあまあ。道に迷ったってお婆さんに言ったら心配かけちゃうでしょ?」

敦は小学生になったばかりのころ父と母を亡くた。そのショックからか病気がちだった祖父も後を追うように息を引き取った。金銭面は父と母が多額の保険をかけていたので贅沢は出来ないが普通に暮らしてくることが出来た。それでも一番大変だった時期に敦を引き取り育ててくれたのが祖母だ。できるだけ余計な心配はかけたくない。

「だから、ここは私に任せなさい! 凛の神意なら適当に歩いても帰れるから頼んであげる」

「それってかなり凄い能力じゃない? 便利っていうか……」

「あっ! 敦もそう思う? あの子パシられ体質なのよ。丁度良いっていうか便利っていうか……アッシーとメッシーを足した感じ?」

「その例え古いな」

「私たちは人間より遥かに長生きだから。そんな古い感じしないのよ」

老いているかのように言われてアヤメが口を尖らせた。その仕草は可愛くもっと見たいがアヤメの機嫌を損ねるのは祟られている立場としてはマズイ気がする。なるべく年齢のことには触れないようにしようと決め「深い意味はなかった」と謝った。すんなりと許したアヤメが空に向かって手を振り大声で呼び掛ける。

「おーい! りーーんーー! 敦の家まで連れてってー!」

見た目よりやや幼い印象を受ける声が木々の間を通り抜けていく。返事は返って来なかったがアヤメは「後は適当にブラつけばいいよ」と歩き出した。

アヤメを追いかけようとしてふと思った。アヤメの友達の凛という神様は道祖神らしい。ならアヤメは何の神なのだろうと――。

敦が追いかけて歩き出した途端、急に人が現れぶつかりそうになった。それは前を歩いているはずのアヤメだった。敦は彼女背中を追っていたはずなのに今は向かいあっている。

「同じ現象をさっき見た気がする」

「あははは、まさかまさか……」

百八十度体を反転してアヤメが歩き出した。一歩、二歩と歩き消えて、また敦の前に現れた。

「あれ。おっかしいな……」

アヤメの顔がひきつり出す。進んでは戻り進んでは戻りと繰り返している。

「どうして……だろ?」

敦は進めるのにアヤメは一定のラインから先へ行くことができない。

「アヤメも祟られた?」

「神が神を祟るとかあり得ないから! でもこの感じ――。これ……凛の神意だ」

見えない境界線を前にオロオロとしていたアヤメの顔が雲っている。どうして凛に妨害されているかわからないといった感じだ。アヤメがこうだと敦もいつまでたったって帰れない。見かねて敦が口を出した。

「怒ってるんじゃない? アッシーとかメッシーとか言ったからさ」

「うっ……」

敦は言葉を詰まらせ顔を斜め下へ向けた。少しだけ言い過ぎたという自覚はアヤメも抱いており否定できない。

「とりあえず、ちゃんと謝った方がいいんじゃない?」

「わ、分かってるわよ!」

アヤメは謝るのに慣れていないらしくまごつく。

「謝らないと何時までも動けないんだけど」

「急かさないでー。私にもタイミングがあるからぁ」

早く帰りたい敦と寒い中にいつまでも晒しておくわけにも……という思いがアヤメを焦らせた。無言の時間が過ぎる、プレッシャーに耐え兼ねた心臓がうるさい。ピンク色の唇がわなわなと動き半泣きになりながらアヤメの謝罪が天に送られた。

「ご、ご、ごめんなさーーーーい! アッシーとかメッシーとか言ってごめんーーーーーー!」

さっきまでのアヤメからは想像できない女々しい姿だ。

「お願いだから家に帰して! 私がこうだと敦も帰れないからお願いします!!」

アヤメの謝罪は凛に届いただろうか。凛の声はコチラに届かない。これで凛が神意を行使している理由が¨怒っている¨からでなければ恥の掻き損だ。行く手を阻む見えない境界線を越えるべく、アヤメはブーツのヒールを鳴らした。

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