関わりたくない来訪者①
凛は玄関の扉を開け、立ち尽くしている。彼女の顔から読み取れる感情は¨驚き¨でも¨恐怖¨でもなく¨呆れ¨だ。それも凛の美しく澄んだブルーの瞳がドブ川のように汚なく濁ってしまうほど呆れている。
凛はため息を吐き、気持ちを入れ換えると玄関の外に倒れている女に声をかけた。
「そんなとこで何をやっているんですか? アヤメちゃん」
凛からアヤメと呼ばれた女は蜘蛛の巣のように広がったボサボサの髪を僅かに揺らす。
「…………ひもじい……」
凛は¨また食事をたかられる¨と直感した。
「それは辛いでしょうね。では、さようなら」
凛は扉を閉めようとした。しかし、ゴキブリのように手足を動かしたアヤメの方が早く凛の脚にしがみついた。
「きゃああ! 放してください!」
「何か、何か食べさせて!」
「嫌です! 絶対に嫌です!」
「いいじゃない! 友達でしょ! 同じ『西之森町』を担当する神でしょう?」
「それでも嫌ですーー! 大体、何回ご飯を要求すれば気が済むんですか! てゆーかアヤメちゃん臭い! 牛乳拭いた雑巾のにおいがします」
「水道止められて幾久しく。風呂にも入ってないから」
「わー! わー! 放して! この服お気に入りなの! においが移っちゃうから放してくださーーい!」
「ならご飯食べさせて! 腹ペコで死にそうなの!」
「分かりました! 分かりましたから先ずはお風呂入って来て下さい!」
「やったー! お風呂まで! ありがとう凛!」
家主の了承を得たアヤメは軽い足取りで浴室へ向かった。雑巾なのかワンピースなのか分からないくらいボロボロの服を洗濯機に投げ入れると勝手に動かし、蛇口を目一杯ひねり温水で全身を浄めていく。
浴室にシャワーの音が響くころ玄関では凛が半泣きになって、自身のにおいをチェックしていた。
「におい移ってない、ですよね?」
彼氏に見せるために買った上下セットのチェック柄の服。デートのためにわざわざ買ったと思われるのが癪で家の中で着ていたのが裏目に出た。
リビングに戻った凛は消臭剤を服にかけ、キッチンに向かう。冷蔵庫の中を確認すると慣れた手つきで料理を拵えていった。