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辰姫の発熱とルーカスの看病

雪山での次元の裂け目を抜けてもう2、3日経つが、ルーカス達は未だに山岳地帯を彷徨っていた。まだ山岳地帯から抜けられずにいる。なかなか出口が見つからないのだ。幸い食料は色々持っているのでしばらく食事には困らないのだが、どのような世界なのか早く情報を知りたい。生い茂っている木々や草花が辰姫達が知っているものとは少し色や形状が異なっていることから何か嫌な予感はするが。



「ハクシュン!」

辰姫が大きなくしゃみをして身体をブルリと震わせる。ルーカスはそんな辰姫を見て顔を顰めた。その時、イノシシのような姿をした魔物がルーカス達を見つけるや否やすぐにルーカス達の方に向かって突進して襲い掛かって来た。奇しくも辰姫が初めてルーカスに出会った時に出てきたものと姿がよく似ている。だが、前回と違って今回は集団で襲い掛かって来た。


チナミやセール、ルーカスはいつも通り手際良く魔物達を屠っていくが、辰姫だけはどこかいつもよりも動きが鈍かった。辰姫はそんな自分に対して少しずつ苛立ちが募っていく。


(なんで……身体が思うように…… 頭もボーッとするし……)

それでも辰姫はなんとか魔物を2匹倒した。だが、ルーカスは辰姫を睨んでいた。辰姫はルーカスが何故自分を睨むのか分からなかった。



ーーーーーーーーーー

「おい、タツキ」

ルーカスからどこか少し怒気を孕んだ声で呼ばれた。


「…………え? 何、ルーカ…うぐっ!」

少し経ってから自分が呼ばれたことに気付いて振り返り、返事をしようとする辰姫だが、言い終わる前に彼に顔をガシリと掴まれた。


辰姫はモガモガと必死で手を外そうとするが、ルーカスの高い腕力で全然離れない。というか、力もあまり入らなかった。やがて、ルーカスは手を辰姫の顔から離して辰姫の顔をチラッと見ると、呆れたように溜息を1つ吐いた。その一方で解放された辰姫はルーカスをキッと睨み文句を言おうとした。


「い、いきなり何を……」

「お前、発熱してるだろ」

「……え?」

「昨日くらいから様子がおかしいと思っていたが…… お前どういう体調管理してんだよ」

それからルーカスはチナミにも目を向けて文句を言った。


「チナミも! 何で気付かねえんだ。昨日も一昨日も簡易テントで同じ部屋にいただろ」

チナミは少し気まずそうに顔を逸らした。彼女は全然気付いていなかった。「なんかいつもより大人しいな」くらいにしか感じていなかったのだ。


「……それで、どうするんだい? 今日は」

セールがルーカスに尋ねた。


「コイツを安静にさせるしかねえだろ、今日は。こんな状況だと、散策どころじゃない」

「いや、別に私は………」

「良いから寝ろ! 今のお前じゃ足手纏いになるだけだ」

ルーカスはそう言って簡易テントを取り出して起動させる。そして、辰姫に何回も「寝ろ」と強く言って半ば強制的にベッドに行かせる。


辰姫がベッドに向かい、倒れるように寝転がったのを確認したルーカスは部屋を出て頭をガリガリと掻きながら思わず呟いた。


「……たく、何でまた急に風邪引いたんだ? アイツは」

「さぁ…… でも前の世界はすごい寒かったからね。多分気温の変化のせいじゃないかしら?」

「気温の変化だと? ……そんなもんで風邪なんて引くのか?」

「ええ、季節の変わり目の時とか結構風邪を引くものよ。それに、随分無茶をしてたからね、辰姫は」

「少しでも僕達に追い付きたくて剣や鞭の練習を遅くまでしてたからね。それも祟ったんじゃないかい?」

「はぁ……それで身体壊したら元も子もねえだろ、まったく」

ルーカスは小さく溜息を吐いた。




ーーーーーーーーーー

「……たく、何で俺が……」

ルーカスがブツブツ言いながら、近くの川の水で冷やしたタオルを辰姫のおでこに当てる。辰姫の寝顔が幾分か穏やかになった。辰姫が寝た後に温度を測る道具を持っていたのでそれでこっそり測ってみたのだが、8度7分とかなりの高熱だった。そのせいかとても寝苦しそうにしていたので頭を冷やしてやることにしたのだ。ちなみにこの道具は頭にかざしてスイッチを押すことで相手の体温を測ることが出来るというものだ。そんなに使うことはないだろうと思っていたが意外に便利な道具である。


チナミとセールはルーカスや辰姫の代わりに散策に出ている。


別に全員が辰姫の看病をする必要はない。最低限、誰か1人残ってやれば良いだけだ。


ルーカスはそう言って看病をチナミ辺りにでも任せて散策に行きたかったのだが、2人から適材適所だと押し切られたのだ。確かにセールなら植物を操って効率良く散策が出来るし、チナミなら手早く走り回って辺りを散策することは出来る。ルーカスは今までの旅で得た道具やら薬やら持ってるだろうから看病を頼むと言われてしまったのだ。


なので、ルーカスは大人しく辰姫の看病をする羽目になったのだ。だが正直、ルーカスは腹立たしかった。辰姫が自分の体調管理を怠ったせいで自分にまでとばっちりを食うのは納得がいかなかったのだ。無理矢理にでも彼女を休ませたのは余計体調を悪化させてこれ以上遅れを取らないようにするためだったが、何で自分までここに留まらないといけないんだ……というモヤモヤが少なからずあった。


「チッ、呑気な顔して寝やがって。俺達はさっさとポイニクスを探さなきゃならないってのに」

そう言いながらルーカスはフラリと立ち上がってテントから出ようとする。周囲の確認のためだ。その時ーーーーーーー


「………お母……さん?」

辰姫の言葉にルーカスは思わず立ち止まった。振り返って辰姫の顔を見てみると、ボンヤリとした表情で目を開けている辰姫がいた。自分の言った寝言で目を覚ましたらしい。


「誰がお母さんだ。さっさと寝ろ」

「……ルーカスか。ごめんね、昔の夢を見ててさ………あ」

辰姫は自分の頭に置かれていた冷やしタオルがポトリと落ちたのを見て思わず笑った。懐かしそうに。


「こうやって冷やしたタオルで頭を冷やすってやり方、昔私のお母さんもよくやってたんだ。私が風邪を引いた時にね。だからかな、お母さんの夢を見たのは」

ルーカスは辰姫の話に少し興味を持ったのか辰姫のベッド近くの椅子に再び腰掛けた。辰姫は少し苦笑しながらポツリポツリと話し始めた。今までルーカスやチナミ、セールに1回も言っていなかったことを。




ーーーーーーーーーー

まぁ、お母さん……って言っても、義理のお母さんなんだけどね…… 所謂養子って奴。私がまだ小さい頃に施設から引き取ったんだって。お父さんもいたんだけど、それから何年か経ってから事故で突然……ね。それからずっと2人で暮らしてたんだ。


小さい頃のことはどうしてか殆ど覚えてなくてね。施設のことも最近になって偶然知ったんだ。でも、私が養子だってことを知ってからお母さんの態度が少しだけよそよそしくなっちゃったんだ。私もどうしたら良いのか分からなくなってその代わりに自分の好きなものに熱中していったの。異世界に来る少し前には私もお母さんもあまり会話をしてなかったと思う。


だから、それについてすごく後悔してるし、早く元の世界に帰りたい。そして、また会うことが出来たら早く呼びたいんだ。「お母さん」って……

ーーーーーーーーーー


「そうか……」

「あ……ごめんね。こんな話しちゃって…… ルーカスも困るよね。そんなことを聞かされても」

「いや……俺も少し似たようなものだったからな。正直驚いた」

「…………え?」

「俺も本当は養子だったんだ。俺がずっと小さい頃に本当の両親は死んでな。だからあまり顔も覚えていない。その時に両親と仲が良かった村の村長夫妻に引き取られたんだ。村長夫妻には子供がいなかったこともあって俺を本当の子供のように可愛がってくれたよ。今でも感謝してもし切れないくらいだ」

「そう……なんだ………」

辰姫の表情を見てルーカスは苦笑した。


「別にお前が気にすることじゃねえよ。お前はさっさと風邪を治せ。まずはそこからだ。絶対に帰るんだろ?」

「………うん!」

辰姫の返事にルーカスは頷くと、辰姫はルーカスに1つお願いをした。


「ねぇ、ルーカス。ギュッと手を握ってくれないかな? 昔私が風邪を引いた時、お母さんがよくやってくれたんだ。だから……ね?」

辰姫がおずおずと頼むとルーカスはおでこにデコピンをお見舞いした。


「何を甘えたこと言ってんだ。子供じゃあるまいし。そもそもお前………まぁいい。ちょっと手を貸せ」

ルーカスは寂しそうな表情をする辰姫の顔を見て、少し気が変わったのか辰姫の右手をギュッと優しめに握ってやる。


辰姫はそんなルーカスの素直じゃない所がおかしくてクスリと笑った。


「お母さんの手はこんなに固くなかったけどね」

「うるせえな。文句を言ってないでさっさと寝ろ。これで風邪を治せなかったら怒るぞ」

「はーい」

そう言うと、辰姫は目を閉じた。しばらくすると、寝息が聞こえ始めた。ルーカスはそんな辰姫の様子を見ると小さく溜息を吐く。そして、ルーカスもやがて辰姫に釣られてコクリ、コクリと船を漕ぎ始めた。



ーーーーーーーーーー

その頃、簡易テントの近くには2つの人影があった。


「なるほどね…… そんなことがあったのね」

「ホント。ある程度散策したから戻ってみたら、なんか面白そうな話になってたねぇ。まぁ、立ち聞きは良くないけどさ。それで、どうするチナミ?」

「そうね…… もう少し別の方を散策してみましょう」

「了解。それにしても、なんだかんだでルーカスに看病を任せたのはある意味正解だったかもね。こんな話も聞けたしさ」

「……確かに。彼が何か手荒な真似をしようとしてたら蹴り飛ばすつもりだったけど、安心したわ」

「……おお、怖い怖い。蹴られずに済んで良かったな、ルーカス」


そう言うと、2つの人影は姿を消した。

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