練習の成果
やっと中華まんもどきを延々と作る苦行を終えてルーカス達は再び催し物を探し始める。
「うう…… もう当分中華まんは見たくないよ……」
「言うな。思い出したくもない」
辰姫がそうぼやくとルーカスもげんなりした表情で同意した。そんな感じで適当に催し物を探していると、大きな声が遠くから聞こえてきた。
「さぁさ、こちらは剣の腕試しだ。特製の巻きわらを斬れればポイントプレゼントだ!」
剣の腕試しのようだ。少し興味がある。
なので、4人はその催し物の所まで行ってみると、そこには大きな巻きわらがあった。しかし、その巻きわらはつぶらな目を輝かせながら、藁の隙間が歪んで口のように動いて愉快そうに笑い出した。
「ハハッ!」
近くにいた男がルーカス達に話しかける。
「この巻きわらは特別製でな。自我を持っていてしかも通常の巻きわらよりも遥かに高い耐久力を持っているんだ。だから、なかなか斬れないんだよ。ーーーおっと、早速また別の挑戦者が出始めたぞ」
そう言って男が指で示すと、屈強な男が大剣を両手に抱えて愉快そうに笑っている巻きわらに斬りかかる。
だが、巻きわらに大剣が当たった瞬間、弾き返されて男は吹っ飛んだ。跳ね返された大剣は男の隣にザキンッと突き刺さった。
「ハハッ! 君弱いね。そよ風でも吹いたかと思ったよ」
巻きわらは倒れた男に笑って煽る。この裏声で愉快そうに喋っているその様はどこか某夢の国のネズミを思い出す。
「……あんな感じでな。昨日から未だに斬れた奴がいねえんだよ。もしも奴を斬ることが出来たら相当な剣士だな」
巻きわらはにこやかで挑発的な笑みを浮かべながらこっちを見ている。まるで「フッ……相手にはなってやるがお前ら程度じゃ勝負にならねえよ、バーカバーカ⭐︎ ハハッ!」と言っているようだ。なんとも腹立たしい顔付きだ。
「なぁ、タツキ。お前試してみたらどうだ?」
突然ルーカスが辰姫にそう言ってみる。
「え? 私? でも、あんなのを斬れるかどうかは………」
辰姫は思わずそう言う。それを聞いて近くにたむろしていた男達も騒ぐ。
「いやー、無理だろ。止めとけってそんな小せえ嬢ちゃんじゃ」
「剣を振れるかも怪しいぞ」
「………無理だろうな」
散々な言われように辰姫はピクリと頬を痙攣させる。そして、辰姫は半ばムキになって参加することになった。
ーーーーーーーーーー
辰姫は近くに置いてあった剣を持つ。正直なところ、いつもの氷の剣の方がやりやすいのだが、そんなものを使えば流石に怪しまれるので無料で貸し出されていた剣を使うことにしたのだ。近くにいた男達はそんな辰姫を見ながら色々言っている。
「おいおい、マジでやんのかよ」
「よし。俺、斬れずに弾き飛ばされる方に1000ポイント賭ける」
「俺は2000だ。てか満足に剣も振れずに泣いて帰るんじゃねえか?」
ドッと笑い声を上げて終いにはどんな形で失敗するかを賭け始めた男達にチナミは思わず怒鳴ろうとするが、それをルーカスが片手で制して男達の賭けに乗った。
「俺は斬る方に200ポイント!!」
それを聞いたチナミや辰姫はギョッとした表情でルーカスを見た。セールはというと、必死に笑いを堪えていた。完全に面白がっている。
(な!? ルーカス!?)
「兄ちゃん、本気か? 昨日も今日もアレを斬れた奴は1人もいなかったのに」
「大穴狙いでも無謀ってもんだぜ」
「てか賭けポイント低っっ!!」
「悪いが手持ちがそれくらいでな。それに………」
ルーカスは一旦言葉を切ると、悪そうにニヤリと笑った。
「俺はこういったことで負けたことはないんでね」
そんなルーカスを見てチナミはセールにコソッと話し掛ける。
「ひょっとして彼……楽しんでない?」
「あれ? 気付いてなかったのかい? 結構ノリノリだよ、彼。なんだかんだで1番お祭りを楽しんでるよね」
(本当にルーカスは勝手なこと言って! もし斬れなかったらどうするのよ!)
一方、辰姫は緊張し始めていた。思えば大人数に自分が剣を振るう所を見られたことはなかったし、ちゃんと斬れるかどうかの不安もあった。その緊張を感じ取ってか男達が野次を飛ばし始める。
「おい、タツキ」
突然ルーカスに名前を呼ばれて辰姫は思わず振り返る。ルーカスは腕を組み、いつもの仏頂面のままだが、ただ一言言った。
「軽くノシてやれよ」
その言葉を聞いて辰姫は強く頷くとスラリと剣を抜く。そして、構えを取った。右足を引き、軽く腰を落とし、左腕を前に添えて剣を持った右腕は奥に引く。初めてルーカスから教わってから、もはや癖のようになっている辰姫のいつもの構えだ。
周りからおおっという声が聞こえた気がするが、今は気にしない。今の辰姫の心にあるのはただルーカスに格好悪い所を見せたくないということだけだ。
辰姫は一瞬で巻きわらの近くまで近付き、大きく剣を振った。剣は巻きわらの胴体部分に当たると、巻きわらの方から強い勢いで反発力が生まれて辰姫を押し出そうとする。その反発力に辰姫は負けじと思わず片手で持っていた剣を両手に持ち直す。
力を振り絞って辰姫は巻きわらの反発を押し切った。その時ーーーーー
「イッターーイ!!」
「………え?」
巻きわらが大きな声を上げたせいで一瞬辰姫は力が抜けてしまった。その一瞬が命取りだった。
辰姫は巻きわらの反発力に耐え斬れず吹き飛ばされ、尻餅をついてしまった。跳ね返した巻きわらには大きな切り傷が出来ていた。
見物していた者達は呆然としていた。だが、直後に笑い声が聞こえてきた。ルーカスだ。
「くッ、くッ……くははは! どうだ! すげえだろ!? タツキの腕はよ!! これで賭けは俺の勝ちだな!」
ルーカスは大きな笑い声を上げる。仮面で目元は分からないが、心から楽しそうだった。
男達は我に返って反論する。
「何でアンタがえばってるんだよ」
「大体巻きわらは倒せてねえだろ!」
「ハッ! 俺は『斬れる』方に賭けたんだ。『斬り落とす』とは一言も言ってないよ」
「くっそー! そんなのアリかよ!」
「俺のポイントー!」
実のところ、ルーカスは辰姫が自分の実力に自信を持てていないのに気が付いていた。といっても、比較するのがルーカス、チナミ、セールと今まで戦いに身を置いてきた者だから比べようがないのだが。そして、まともに戦えていないことに辰姫はどこか劣等感を持ち、焦りのようなものがあった。寝たり休んだりする時間を削って1人で剣の練習をしているのがその証拠だ。だから、ひとまず自分の実力を知ってもらおうと思い、辰姫を半ば強引に参加させたのだ。
辰姫は弱くない……と。
本当は斬り落とせていればもっと辰姫の自信に繋がっていただろうが、そこは辰姫の隙が大きかった。その点は今後改善させていく必要がある。だが、今はひとまず上出来だろう。
辰姫はルーカスの顔を見て驚いていた。彼とはそこそこ長く一緒に旅して来たが、彼があんな感じで笑っているのを見たのは初めてだったからだ。
今までルーカスが心から笑うことはなかった。そんな彼が心から楽しそうに笑っているのを見て辰姫は少しだけ心が熱を帯びたように熱くなるのを感じた。そして、自分が持っている剣を見つめて静かに微笑んだ。
ルーカスも辰姫と出逢って少しずつ変わり始めています。辰姫の方にも少しだけ気持ちに変化が出たかもしれません。




