異世界初の仕事
2人は依頼人の方と依頼内容を詳しく知るために近くの酒場で待ち合わせをすることになった。やがて酒場に来た依頼人は痩せ型の男だった。手袋をしていかにも神経質な感じの人だ。
「探して欲しいのはこの鉱石です」
男がポケットから砂利ほどの大きさの石粒をルーカス達に見せた。何か青い綺麗な色をしたまるで宝石のようだ。
「これはタッバ鉱石と言いまして、是非採掘してきて貰いたいのです」
「タッバ鉱石………」
辰姫はそのタッバ鉱石に目を奪われながら思わず呟いた。ルーカスは少し考え込むような仕草を取ると、ふとその男に質問をした。
「失礼ながら、何に使うかお聞きしても?」
そう言うと、男は照れくさそうに笑った。
「いや、実はもうすぐ彼女にプロポーズするんですよ。それで婚約指輪の宝石にタッバ鉱石を使おうと思いまして……」
「へえーー、それはおめでとうございます!」
辰姫が目を輝かせてそう言うと男はありがとうと笑いながら答えた。ルーカスはまだ何か考えているような感じだったが、結局この依頼を受けることに決めた。
「分かりました。それでは引き受けましょう」
「ありがとうございます! それでは報酬は紙に書いてあった通り鉱石を受け取ってからということで」
「ええ、それでお願いします」
ルーカスと辰姫は酒場を後にすると、そのまま馬車を借りてタッバ鉱石が採れるという鉱山へ向かった。そこは現在では廃鉱となっているのだが、許可を得れば自由に入ることが可能だ。
2人が鉱山に入ってしばらく散策して約2時間……迷いながらもやっとのことで目的のタッバ鉱石を見つけた。
タッバ鉱石は鉱山の奥にいくつかツララのように形成されている。神秘的な光景でつい、ほえーーーと声を上げる。
「…はぁ……やっと……、見つかった…… それじゃあ、早くその鉱石を持って行きましょう」
「いや、ちょっと待て」
早く持って帰ろうと言う辰姫をルーカスは止める。
せっかく見つけたというのにいきなり止められて辰姫は少し苛ついてしまう。鉱山を進んでから心なしか息苦しい気がしているのもあるが。
「なんでですか? 早く持って行きましょうよ」
「お前、不思議に思わないのか? 何でこんな何もないところで採れる鉱石のためにわざわざギルドを通して依頼して俺たちに採らせたのか。それに鉱石を宝石に加工するっていうのは結構値段が掛かるし、時間も掛かる。自分で採って来たものとかならともかく、俺たちに鉱石を採らせるなら最初から店で買った方がプロポーズには都合が良いはずだ」
……そう言われてみれば不思議だ。どうしてだろう。
「それにタッバ鉱石と言われてどこかで聞いたことのある鉱石だと思っていたが、やっと思い出した。確かコイツはーーーーーーー」
「ーーーそう、そいつは暗殺用として俺たちが使うもんさ」
振り返ると4、5人の男がたむろしていた。さっきまでいなかったはずなのに……… それにその内の1人は………
「やっぱりか。まぁ、どうせこう来るだろうって思ってたけどさ……」
「ど、どういうこと?」
「俺たちはまんまとあの男に一杯食わされたってことさ。ギルドの依頼ってのは失敗すると違約金がギルドから依頼者に支払われるんだよ。つまり、それ狙いでこいつらを差し向けて来たんだろうな、あいつは」
「そんな…………」
男達は下卑た笑みを浮かべる。ルーカスの予想は正解のようだ。リーダー格の、さっきの依頼人が笑いながら言った。
「ああ、大体当たりだが少し誤りがあるな。このタッバ鉱石ってのは銅鉱山のみに見つかるんだが、なかなか簡単に見つけられる代物じゃない。しかも、強い毒性を持ってるから触れるだけで毒に侵される。折ったり砕いたりした後なら持っても問題はないが。しかもこれは水に溶けやすいから暗殺に使いやすいんだ。だから、君達に依頼で頼んだってわけだ。コイツを砕いてもらうためにな」
「……随分、喋ってくれるんだな」
「そりゃあ、君達にしっかり働いてもらわないといけないからな。オラ、さっさとそのタッバ鉱石を俺たちに砕いて渡しな」
「ルーカス! ダメだよ、そんなの!」
辰姫はルーカスを止めようとしたが、他の男に捕まってしまう。
ルーカスは大きく溜息を吐くと、少し離れたツララのようになっているタッバ鉱石をジッと見つめた。そして、おもむろに青白い剣を引き抜き、軽く振った。何をしているんだと怒鳴ろうとした瞬間、少し離れていて剣に触れていないはずのタッバ鉱石はゴトリと落ちた。剣の斬撃による風圧で落としたのだ。タッバ鉱石は猛毒なので剣に触れさせたくなかったからだ。
あまりにも速い剣筋にリーダー格の男が呆然としながらも頷いた。
「……まあ、良い。これでタッバ鉱石は俺たちの物だ。ご苦労さん、それじゃあ………さっさとくたばりな」
そう言ってリーダー格が指示を出すと、男達はルーカスに斬りかかってきた。
交渉の後に平気で裏切って始末しようとする。まぁ、月並みだな。恐らく殺した後に落盤事故か何かで誤魔化すつもりなのだろう。想定の範囲内だ。だが……………
「遅えんだよ」
ルーカスは速攻で間を詰めて1番前にいた相手を斬る。そして、すかさずその斬った敵を蹴り飛ばして他の相手へぶつける。開けた場所とは言え、鉱山内は足場が悪く、暗めの場所だ。明かり代わりにもなっていた大きめのタッバ鉱石も無くなって視界も暗くなっている。そのことに男達は気付いていなかった。それによって隙が出来た相手をまた斬って相手にぶつけて無理矢理隙を作る。それを何度も繰り返す。そして、残ったのはリーダー格の元依頼人1人だけだ。
「う、動くなぁ! この女がどうなっても良いのかぁ!?」
男はルーカスのあまりの強さにビビりながら辰姫を盾にする。まんま雑魚丸出しな台詞だ。辰姫を人質にすればこの窮地を逃れられるとでも思ったのだろうが実に浅はかだ。
「ハッ、吠えてろよ。三下の雑魚が」
ルーカスはそう言いながら青白い剣を男のすぐ右隣に投げつける。剣はカキンと岩壁に突き刺さり、男がそれに気を取られて目を逸らした隙を狙って一瞬で間合いを詰めると相手の両目を指で勢いよく突いた。グチュッという不快な音が聞こえた。こういった相手には手加減は無用だ。
「あがああああぁぁぁぁぁ!!!」
男は激痛のあまりつい辰姫を手放してその場から離れようとした。人質がいなくなればこっちのものだ。ルーカスは再び間合いを詰めて、すかさず脇腹に蹴りを叩き込んで男を吹き飛ばす。男は吹っ飛ばされて壁に身体をあちこち打ちつけて気絶した。
ルーカスは指に付いた血を拭うと辰姫に大丈夫かと尋ねる。
「は、はい、大丈夫です」
辰姫は今頃になって恐怖で身体が震え始めていた。躊躇いなく暴力を振るうルーカスに対して怖いという感情は少なからずあったが、助けてもらっておいてそんな感情を抱くのは筋違いだとすぐに考え直した。
まったく、とんだ依頼になっちまったな………
ルーカスは溜息を吐いた。そして、まだガタガタ震えている辰姫を見る。
これは特訓が必要だな。ここまで弱いと戦力どころか足手まといにしかならないからな。この際だし、徹底的に鍛えてやるか。
ルーカスはそう考えてながら黒い笑みを浮かべると、辰姫は何故か悪寒を覚えて周りを見渡した。
タッバ鉱石はいわば胆礬と呼ばれる鉱石がモデルです。水に溶けて非常に毒性が強い代物です。