失言
前話でルーカスの辰姫に対する感情を書いたので、今度は辰姫かなぁ……と。
今日のセールの手伝いは辰姫だった。辰姫は黄金に輝く角をセールの工房に運んで来た。セールの金色の角は年に1度生え変わるらしく、年々少しずつ大きく太く立派になっている。辰姫の運んでいるそれは大体3年前に抜けたものだ。
工房は建物の2階部分の半分を占めている場所である。なのでかなり広く、色々な道具や完成した装飾品が置かれている。ちなみに、1階は居住スペースとなっている。
「セールさん、言われてた角運んで来ました」
「あいよー、ご苦労さん」
そう言ってセールは工房に設置している道具を使って角を加工していく。手慣れた手付きで角に模様を付けていく様は実に鮮やかだった。そこで辰姫はなんとなく気になってたことをセールに尋ねる。
「そういえば、セールさんってどうして角の装飾品を作ろうって思ったんですか?」
セールの手が止まる。
「何でそんなことを?」
「いや、生活費を稼ぐためだったら、装飾品作り以外にも色々あるのに何でかなぁ?と思って」
そう辰姫が言うと、セールは少し考え込む仕草を取る。だが、すぐに手を動かし始める。
「そうだなぁ……… 僕の場合、趣味を兼ねてやってるのもあるからねぇ。大した理由は無いかな。でもまぁ最初に装飾品作りを始めたキッカケは馬鹿みたいに単純で小さい頃に母さんから『角が綺麗だ』と言われてたから自分の角を装飾品に使えるかもって思ったからだね」
「へぇ……」
「そういうタツキちゃんはどうなんだい? 剣を始めたキッカケとか………」
セールに話を振られた辰姫は少し苦笑混じりに答えた。
「ああ、私が剣をやるようになったのはルーカスに半ば無理矢理ですよ。最初の時はいきなりルーカスに竹刀でボコボコにされましたね」
「うわぁ……ホントに? まぁ、彼ならやりそうだけどねぇ」
セールが少しドン引きしながら言った。あれは第三者から聞いても酷かったんだな、やっぱり。
「でも、剣を使うようになってから少しずつ、自分の身を自分自身で守れるようになってこなくちゃと思うようになったんです。自分の目的を達成するためには誰かに守られっぱなしでいるわけにはいきませんし」
「目的って……その…自分が住んでた所に帰るって奴だっけか? そんなに帰りたいのかい?」
「そりゃもちろん帰りたいですよ。時々、故郷にいた時の夢を見ますし。早く帰って両親に会って、故郷での美味しいものを食べたり、好きな漫画を読んだりしたいですからね」
「ふーーん………」
角の加工を一旦終えて工房を出る時にセールがぶっ飛んだ質問をした。
「……ああ、そういえば、タツキちゃんってあのルーカスと付き合ってるのかい?」
「…………………………はえ?」
セールのその何の気なしの質問に辰姫は一瞬理解出来ずにスルーしそうになった。そして、理解した時、つい間抜けな声を上げる。
「な、何で!?」
「いやー、よく一緒にいるし仲良さそうにしてたから」
「えーと……そんなによく一緒にいますか?」
「まぁ、ずっとってわけじゃないけどよく一緒にいる所を見かけるからさ。そうなのかなぁ?って思ってたんだけど」
「いや、全然ないですよ。そんなわけないでしょう。あの人とは唯の旅の同行者です。不純なことは微塵もないですよ。私はあくまで自分の目的を果たすためにルーカスと一緒にいるだけですから。そもそもあんな鬼のような人に恋愛感情なんて湧きませんよ。いきなり竹刀渡して『剣の稽古をつけてやる』とか言って人をボコボコにする人ですよ。そんな人のどこに惚れるんですか!?」
「ほぉ、面白いことを言うじゃないか。誰が“鬼”だって? 人が善意でやったことだってのに随分と言うんだな。」
辰姫がこれでもかと言うほどにルーカスとの関係を否定していると、不意に怒気を孕んだ声が響いた。工房の扉を開けたまま不用意に言っていたので普通に聞こえていたようだ。
セールはその声のした方をチラリと一瞥すると、「あーあ」といった同情を込めた表情で辰姫を見た。辰姫はそのセールの表情から今の声の主が誰なのか察したものの振り返らないわけにもいかず、恐る恐る声のした方に目を向けた。
そこにはやはりルーカスがいた。さっきまで工房の部屋の近くにあるソファで寛いでいたようだ。もっとも、今は不機嫌そうに頬をヒクヒクと痙攣させているが。辰姫はどう弁解しようかあれこれ思案するが、一向に良い案が浮かばない。せめて暴言の謝罪をしようと辰姫が恐る恐る謝罪の言葉を捻り出そうとするが、それより先にルーカスが口を開いた。
「よし、折角だ。久々に剣の稽古を付けてやるよ。あれから練習して随分上達してるみたいだしな。竹刀で良いよな? さぁ、行くぞ」
そう言ってルーカスは辰姫の服の襟首部分をむんずと掴むと問答無用で引きずって行った。辰姫は必死に離れようとジタバタと動くが全く効果がなくルーカスの膂力には敵わない。
「わぁ! ちょっと、引きずらないでっ! セ、セールさん助けてっ!」
辰姫はセールに救いを求めるが、そのセールからはスッと目を逸らされた。
「ちょっ、見捨てないで!」
辰姫は絶望の表情を浮かべてセールに怨嗟の言葉を吐くが、虚しかった。そのまま辰姫はルーカスにズルズルと引きずられて2階から1階に降りて、建物から出て行った。そして、しばらくすると辰姫の悲鳴が聞こえてきた。余程厳しく稽古を付けられているのだろう。
「なんだかんだで仲が良さそうに見えるけどねぇ」
1人残ったセールは辰姫に多少の同情の念を持ちながらもポツリとそう呟いた。