王都プロミネンスへようこそ!
《二人ともなんて顔してるんだ》
フェネクスは呆れてそう言った。
辰姫は目元にクマが、ルーカスは目元が仮面で覆われているものの顔色は青白く、二人ともいかにも寝不足という顔だったからだ。
《プロミネンスまでもう少しあるんだぞ。大丈夫なのか?》
「「大丈夫」」
二人同時に答えた。ルーカスは袋からドロップ缶のような箱を取り出し、さらにその中からキャンディー状の何かを取り出した。なんかお菓子のようだった。
「朝飯代わりだ。一粒食べれば半日くらいもつ」
そう言うと、ルーカスはキャンディーを口に放り込んだ。
「本当ですか?」
半信半疑だったが、ひとまず辰姫も食べてみる。ソーダ味で食感は自分の知っているキャンディーとは少し違うようだが、何回か口の中で転がしていると、だんだんと満腹感が強くなっていき、飲み込める程度に小さくなった時にはもう何も入らない程になっていた。
「これもあのテントと同じ別世界のものですか?」辰姫が尋ねると、
「ん? ああ、これは昨日話した例のケーキ大会の賞品だよ。色々と珍しいものだったらしい」
「え? 大丈夫だったんですか? そんなものをくれて」
「別にいいさ。消費期限は三年程らしいけど、使わないと勿体無いからな。それにまだ結構あるし」そう言ってルーカスが箱を軽く振った。ジャラジャラと音が鳴る。確かにまだたくさんあるようだ。
「さあ、行くぞ。頑張れば、今日中に王都プロミネンスに着くだろう」
そして、二人はまた進み出した。
ーーーーーーーーーー
山を越えて、しばらく歩いて行くと、いつのまにか辺り一面湿原が広がっている。
「この湿原を抜ければ、プロミネンスはすぐそこだ」
「長かったですね…」
辰姫はすっかりバテていた。ルーカスは呆れて、
「タツキ、まさかもうバテたのか? 後もうひと頑張りだぞ。さっさと行くぞ」
「はぁ……ルーカスはなんで平気なんです?」
「俺は慣れてるからな。鍛え方が違うんだよ。鍛えるの手伝ってやろうか?」
「いや、遠慮しときます」
辰姫は断りながらも日頃からもう少し運動してた方が良かったかもしれないと少し後悔した。
その時、ガシャンという大きな音が聞こえた。どうやら、先の方らしい。
二人が行ってみると、そこには小太りな男がアワアワした様子で同じところを行ったり来たりしていた。近くには多くの荷物が乗った荷車が沼にはまっていた。どうやら、この男は商人らしい。商人はルーカスたちを見ると、助かったと言うように顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「あの、あなたたちは旅の人ですか?」
「ええ、俺たちは王都プロミネンスへ向かっている途中ですが、何か?」
「そうですか。よかった……… 実はワシもプロミネンスへ行くところだったんですが、途中で荷車が沼にはまって動けなくなってしまって……衛兵を呼びに行くか迷っていたんです。一つお願いなんですが、荷車を沼から引き上げるのを手伝っていただけませんか? 出来る限りのお礼はしますから………」
それを聞くとルーカスは辰姫の方に振り返って目配せをした。どうやら手伝うつもりらしい。辰姫としては正直、ただでさえヘトヘトなのにその上荷車を引っ張り上げるというのは勘弁したいところだったが、かといってこのまま放っておくわけにはいかなかった。
仕方なく辰姫も手伝って、非常に重い荷車は三人がかりでようやく持ち上がり、動かせるようになった。商人は二人にお礼を言った。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「はぁ……はぁ………ええ、大丈夫です。でも、あんな重い荷物をずっと一人で運んできたんですか?」
辰姫が息を切らしながら聞くと、
「まあ、慣れてますからな」
「せっかくだし、王都までご一緒しますよ」ルーカスは言った。
「いや、さすがにそこまでは悪いですよ」
「いえ、どうせ目的地は同じだし、大したことないですよ」
こうして、ルーカスと辰美は王都プロミネンスに着くまで商人と行動することになった。
三人がしばらく歩くといつのまにか湿地の地面から石畳に変わり、目の前には大きな門が見えてきた。衛兵たちが三人を確認し、商人が事情を話すとあっさり開けてくれた。
門が開くとそこは王都プロミネンスだった。王都プロミネンスは王都というだけあって、一昨日のコロナの村の倍以上の活気や人の数だった。店や家も多く立ち並んでおり、街の奥にはまるでおとぎ話か何かから飛び出してきたんじゃないかと思う程巨大な城が建っていた。城は西洋風な造りで、窓にはステンドグラスがいくつもはめ込まれ、両脇には巨大で屈強な戦士の石像が剣を城に向けて掲げている。
三人は商人の店に向かって歩きながら辰姫がほえーーーーーと夢中で眺めていると、商人は笑いながら、
「君はここが初めてかい?知っての通りこの街は我が国ヘリオスの中心都市プロミネンスだ。活気が他の村や町と違うだろ」商人の言葉に辰姫は素直にコクコクと頷いた。
「そして、あの城がヘリオスのシンボル、ソルフレア城だ。現国王ソルフレア王がいらっしゃる場所だよ。どこを探してもあれ以上見事な建物はお目にかかれないだろうな」
と商人は得意げに言った。ルーカスも「ここには何度か来たことがあるが、相変わらず見事だな」と感心していた。
そうこうしながら三人は商人の店に着いた。店の前に剣や槍が描かれた看板がある。鍛冶屋のようだ。
ということはこの人は商人じゃなくて鍛治師だったのか!
よくよく見ればこの鍛治師はぱっと見は小太りだが、身体がよく鍛えられていて贅肉ではなく筋肉だったようだ。人は見た目で判断するものではないな。
鍛治師は荷車に積んであった荷物を降ろし始めた。どうやら、あのたくさんの荷物の正体は鉱石やら岩だったようだ。武器の材料として使われるみたいだ。どうりでめちゃくちゃ重たかったわけである。辰姫は思わず溜息を吐いた。
「せっかくです。あなたの腰の剣を手入れしましょうか? さっきのお礼に」
鍛治師の提案を聞いて、ルーカスは迷いなしにフェネクスとは異なる、いつもよく使っているもう1本の青白い自分の剣を差し出した。どうやら、ルーカスは最初から彼が鍛冶師だということを見抜いていたらしく、金も時間もかかる剣の手入れをお礼としてタダでしてもらうつもりだったようだ。それに気付いた辰姫はルーカスの強かさに呆れた。だが、これくらい強かでないと生きてはいけないのだろう。
「それじゃあ、この剣を頼みます」
剣を受け取った鍛治師は怪訝な顔をした。
「この赤紫のはいいのかい?」
「ええ、これは大丈夫です。そんなに使ってませんから」
「そうかい。じゃあ、この剣は預かるからしばらくプロミネンスを散歩してきたらどうだい? ちょうどこの街が初めてだって子もいるし」
鍛治師は店に陳列している武器を珍しそうに眺めている辰姫を横目で見ながらそう言った。
せっかくなので、ルーカスと辰姫は剣の手入れが済むまでしばらく街を散策することにした。プロミネンスはとても広い。店もコロナの村と違って様々で、食べ物や武器だけでなく豪華な服やら宝石やらを売る店もあった。貴族や王族御用達の店らしい。たまに、道端で大道芸をやってお金を稼いでいる人も見かける。どうやら、自分やルーカスはそれのおかげであまり変な目で見られていないようだ。
ルーカスもそのことに気づいているらしく少し複雑そうな顔をしている。剣士としてのプライドがあるのだろう。そりゃあ、剣士なのに自分が大道芸人だと思われていたら面白くないだろう。辰姫は苦笑いしながらポンポンとルーカスの肩を叩いて慰める。
しばらく歩いていると、二人の腹の虫がほとんど同時に声をあげた。そういえば、お昼がまだだったのを忘れていた。
ちょうど近くに屋台があった。美味しそうな匂いもしている。二人は顔を見合わせると真っ先に屋台に向かった。この屋台はサンドイッチを売っている店らしく、ルーカスが大きめのサンドイッチを二つ買うと、一つを辰姫に渡した。野菜サンドのようだ。パンの間にキャベツや薄切りのトマトがチラリと見えている。
もらうとさっそく辰姫はサンドイッチにかぶりついた。パンはコロナのものと違い、サクサクとした少し歯ごたえのあるものだった。だが、このサンドイッチは野菜だけでなくふんわりとしたスクランブルエッグも野菜の間に入っており、少しパンが固くても合う。更に少し塩辛いソースがアクセントになっていて食べるとついやみつきになってしまう。
2人とも夢中で食べている。そんなこんなで辰姫とルーカスは王都を散策して時間を潰した。
しばらく2人は王都に滞在することになります。