長老オキナの依頼
男達の話を整理するとどうやらこういうことのようだ。
この世界、ファブールの陸地の大部分は殆ど森しか広がっていないらしい。温暖な気候で多種多様な植物が育つのにはもってこいの生育環境のようだ。この世界で暮らす者達は木の実や野草、動物を食料としている。マージンやヘリオスの時と比べると、文明はあまり進んでいないようである。
更にこの世界では人間族の他に獣人族と呼ばれる種族がいるらしい。獣人族はその名の通り、二足歩行が可能な獣の姿をした者達らしく、人間族よりも遥かに強靭な肉体を持っている。そして、彼らの主食は人間を始めとした動物らしく、そのため古来から人間族と獣人族は対立関係にあるようだ。また、獣人族はまだ解明出来ていない所も多く、人間の姿に擬装出来る者もいるらしく、明らかに見た目が人間であるルーカス達を獣人族と疑って尋問したのもそういった理由があったからである。
ここ、オムニスはその人間族の集落の1つである。まるで自然と一体化したような雰囲気を醸し出している。厳重に作られた門を通り抜けると、木材や藁で作られた独特な形状をした家がいくつも立ち並び、そこで人々が談笑している。
「うわぁ……… 綺麗…………」
辰姫が思わず声が漏れる。チナミも目を丸くして驚いている。ルーカスも「ほう」と呟く。人々はルーカス達を見つけると遠巻きにヒソヒソ話をしている。何となく嫌な雰囲気だ。
先程の男が部下達を解散させると、3人に話しかけた。
「一応、オムニスへの滞在の許可は私の一存では決めかねる。だから、まずは長老の所へ向かい、許可を貰わねばならない。家はあっちだ。付いて来なさい」
男は3人を長老の家へ案内した。
長老の家は他の家よりも一回りほど大きく赤い屋根をした立派な家だった。男が扉を4回叩き、声を上げた。
「オムニス警備隊隊長、カポックです。長老オキナに用があり、参りました」
「………………うむ、入れ」
扉越しから低いしわがれ声が聞こえた。カポックはその声を聞くとすぐにルーカス達に入るように促して扉を開けた。
中には背の高い老人の男性が椅子に座っていた。初老くらいの年齢だが、眼光が非常に鋭い。なんとも怖い感じだ。
「さて………まずは自己紹介から始めるとするかの。儂の名はオキナ。ここオムニスの長老をしておる。そなたらは?」
「俺はルーカスだ」
「辰姫です」
「チナミと言います」
ルーカス達が軽く自分の名を名乗ると、オキナは顎に手を置いてその指先で白い立派な髭を弄る。カポックがオキナにルーカス達の要求を伝える。
「ふむ…… そなたらはオムニスへの数日の滞在が望み………か」
オキナは少し考え込む仕草を取ると、顔を上げた。
「まぁ、良かろう。3人くらいなら大した事態にもならんだろうしな。だが、何か問題を起こせば……………」
オキナの言葉にルーカスが後を続ける。
「ああ、分かってる。問答無用で出て行ってもらう……ってことだろ? 理解はしているさ、一応な。だが、相手からちょっかいを掛けてきたらどうするかまでは知らないぞ」
「……オムニスにはそんな屑の恥さらしはおらんよ。安心せい」
「なら良かった」
ルーカスはやや横柄に答えた。その態度にオキナの傍にいたカポックがピクリと眉を顰めるが、オキナは特に気にした様子はない。オキナがカポックを家から退出させた。
「……とは言え、流石に無償でここに滞在されては困る。だから、儂の方から1つ依頼を出したい。報酬は1週間分程の生活費ってところでどうかな?」
「依頼だと?」
ルーカスが思わず聞き返した。元々、ここに滞在するにしても宿賃や装備や旅用品の補充……と少なからず費用が掛かる。なので、報酬の得られる仕事をこなさないといけない。だから、丁度いいのだが、長老直々に出される依頼というのにルーカスは何か面倒な予感がした。
オキナはルーカスに鋭い眼光を向けて、依頼内容を口にした。
「ある1人の男を始末して欲しいのじゃ」
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「……殺しの依頼か?」
「左様。男の名はセール。頭に鹿の角が生えているからすぐに分かるはずじゃ」
「鹿の角?」
「汚らわしい獣の混じりものじゃよ。あれは我らにとって害になる。だが、奴は強くての。この集落にいる者では勝てない」
オキナがお手上げだとでも言うかのように両手を上げる。
辰姫は当たり前のように出された殺しの依頼に背筋を凍らせる。チナミも顔を顰めている。チナミも辰姫もブロットのようなインクの化け物や正気を失った狂人と戦ったことはあるが、正気を保った者を殺すということをしたことはなかった。
だが、ルーカスは淡々とその依頼を引き受けた。何の躊躇いもなく。
「別に構わない。それでしばらく生活が出来るのならな」