旅路
今回は少しサービスシーンがあります。
辰姫はパチリと目を覚ました。最初に見た光景がいつもの見慣れた自分の部屋ではなく素朴な木造の部屋であることを確認して、やはり夢ではなかったんだとはっきり悟った。辰姫は大きく溜息を吐いた。 その時ドアからノックの音が聞こえた。
「タツキ、俺だ。ルーカスだ。起きてるか?」
辰姫が急いでベッドから飛び起きてドアを開けるとそこにはルーカスが立っていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。早速だが、飯にしよう。近所にうまい飯を出してくれる店があるんだ。一緒に行くぞ」
丁度、辰姫のお腹の虫が鳴った。色々あったから忘れていたが、昨日から全然まともなものを食べていない。ここは好意に甘えて一緒に食べることにした。お金もないし。
ルーカスは宿に金を払い、外に出ると、近くの酒場に入っていった。辰姫もそれに続いて酒場に入った。一緒に持ってきた漫画カスタムは勿体ないが宿屋に置いていくことにした。もう全部読んだので必要なかったし、持っていても邪魔なだけだし、色々と未練も残るからだ。
酒場にはほとんど人は入っていなかった。朝だからか人は少なかった。
こんな所に本当においしいものはあるんだろうか?
そう思っていると奥から酒場の主人らしき人物が出て来た。大柄でかなりの強面なため、辰姫はますます心配になった。
酒場の主人はぶっきらぼうな態度でルーカスに「いつものか?」と尋ねた。ルーカスは「ああ、もちろん」と答えると辰姫の肩を叩き、「こいつにも同じのを頼む」と言った。辰姫は「いつもの」が一体何を意味するのか分からなかったが、とりあえずそれにすることにした。自分は初めて行く店ではとりあえずおすすめを頼むタイプだったので、たぶん大丈夫だろうと思い、ここはルーカスのおすすめに任せることにした。
しばらくして主人は二人に十個近くのパンと牛乳を運んできた。パンには様々な木の実が入っていた。正直、どんなものだろうと思っていた辰姫からすれば、少し拍子抜けの朝食だ。
辰姫はルーカスをチラッと見てみると彼は普通にパンをほおばっていた。辰姫もそれに倣って一口パンをかじった。焼きたてだからかフワフワで、更に木の実の甘さや酸っぱさとも絶妙にマッチしている。正直、こんなに美味しいパンは初めてだった。さらに牛乳ともよく合うのでいくらでも食べられる程だ。
人間美味しい物を食べているときは無口になるものである。二人は黙々とパンにかじりつき、牛乳を飲んだ。気づくと、十個近くあったパンはいつのまにか無くなり、満足感が残った。
「美味いだろ?」
ルーカスは得意そうに聞いた。
「この店の朝の名物なんだ。ここの主人は顔も愛想も悪いが、腕は一流だ」
「顔は余計だ」と奥から怒鳴り声が聞こえた。ルーカスはボソリと「聞こえてたか」と呟いた。
そして、早速本題に入った。
「それじゃあ、どこへ行くかだが… まずは王都プロミネンスへ向かおう。あそこならある程度情報が揃ってるからポイニクスについての情報も分かるはずだ。少し遠いが、なんとかなるだろう」
「少しってどれくらいなんですか?」
「二日くらいだな」
「二日………」
辰姫は絶句した。
「馬車じゃなくて歩きだからな。これくらいが相場だ。まあ、野宿用の道具は一式あるから心配するな」とルーカスはそう慰めながら手元にある巾着くらいの大きさの袋を見せる。ルーカスの話によると中は殆ど無尽蔵に物が入る特殊な作りをしており、取り出したい物をイメージすると取り出せる仕組みらしい。ド○えもんの四次元ポケ○トのようだが、ここは気にしないで置こう。取り敢えず、ルーカスの荷物が少なかったことはずっと疑問だったのでその疑問は解消された。それに色々と重たい物を持って行くのは勘弁なので助かった。
「そろそろ出発するか」とルーカスは金を主人に払い、二人は店を出た。
そして、二人は村の出口を出ると、王都プロミネンスへと向かって歩き出した。
歩き出して、ふと辰姫はルーカスに色々と質問をした。
何で時空の裂け目のことを知っているのか? どうして旅をしているのか?……などなどだ。
ルーカスは少し言うのを迷っている感じだったが、ポツリポツリと話し出した。
なんと、彼も自分と同じ次元の裂け目から来た異世界人だというのだ。辰姫はとても驚いた。
じゃあ、お金などはどうしていたんだろう? 今までちゃんと代金は払っていたではないか。
それが顔に出ていたのか、その疑問についてもすぐに答えてくれた。資金についてはお尋ね者を三人ばかり捕まえてその報酬から得ていたらしい。どの世界でもお尋ね者を捕まえれば、金が簡単に手に入るからなとルーカスは言った。後は別の世界で手に入れた物を売り捌いていたりしていたらしい。
彼はポイニクスを追っていくつもの世界を渡り歩いてきたらしく、その時の冒険話を歩きながら聞かせてくれた。ポイニクスを追って三日三晩川下りをしたり、なぜかケーキ作り大会に出場し優勝してしまったり、火山に入って噴火に巻き込まれそうになったりと様々だったが、どれも話し方にユーモアがあってつい引き込まれる程だった。そして、辰姫も今度は自分の住む故郷、日本についてルーカスに話をした。
こうして話をして歩いているうちに山の近くまで来ていて、辺りはすっかり暗くなっていた。二人は山の麓辺りで野宿することにした。
近くに温泉も湧いていたので、辰姫が先に入り、ルーカスは火を起こして見張ることになった。辰姫はルーカスに覗かないように何度も釘を刺す。そして、温泉に浸かりながら1日ぶりの風呂を満喫した。
今日もいろいろあったなぁ…… そうか、ルーカスも自分と同じだったんだ。ちょっと意外。めちゃくちゃ馴染んでたからこの世界の人だと思ってた。でもこの生活、どれくらい続くのかな………? 早く自分の家に帰れますように……
そう様々な思いを巡らせながら、辰姫は今日一日の疲れを癒した。ずっと歩き通しだったからクタクタでつい寝むりこけてしまいそうだった。
一方、ルーカスの方はと言うと、既に火を起こして、料理を作っている真っ最中だった。料理といっても、近くにいた野ウサギを狩って、その肉を野草で包んで焼くというシンプルなものだったが。
ルーカスは道中の辰姫の話を思い出していた。
あの子の言っていたニホンという国はどういう所なんだろうか? あの子が言うには、高い四角い建物が建て並んでいるらしい。1度行ってみたいものだ…… どんなものがあるんだろうな?
そういうことを考えていると、近くに置いてあったフェネクスが話し始めた。
《なあ、ルーカス。お前、あの娘と一緒に風呂に入らねえのか?》
「あ? バカを言うな。俺はこう見えても紳士なんだよ。それにさっき散々釘を刺されたからな」
《ふーん…… それで一人寂しく悶々と料理をしているわけか……》
「別に俺は悶々としていないっての。それに、出会って1日、2日で発情してたまるか。俺はそんなことよりもやるべきことが……………」
「きゃっ!」
突然、辰姫の悲鳴が上がった。
もしかして何かあったのか?
ルーカスはすぐに辰姫の元へ向かった。
「おい、どうした!? 大丈夫か!?」
だが、そこでルーカスが目にしたのは、温泉に浸かりに来た猿の群れとそれに驚き、興奮している辰姫の姿だった。都会育ちで動物園とかもあまり行ったことのない辰姫にはそういった光景は新鮮だったのだ。
「わあーー、温泉で猿の団体さんなんて初めて見た!!可愛いーー!!」
辰姫は立ち上がってあられもない姿をルーカスにこれでもかと晒していた。
少し経って、辰姫はふと自分に向けられている視線を感じて振り向くと、そこにはビシリと石のように固まっているルーカスがいた。仮面をしているが、頬は赤い。
「え? あ、あ、あ…………………」
それを見て少しポカンと困惑の表情を浮かべるが、すぐに辰姫は自分の今の状況を理解した。辰姫はルーカスに自分の全裸を思い切り見せてしまっていたのだ。しかも、会ってまだ数日しか経ってない人に。いや、経っていてもダメなのだが。
辰姫の顔は羞恥で真っ赤になり、急いで両手で大事な所を覆い隠そうとするが、酷く動揺していたため完全には隠せていない。周りの湯気で分からないが、顔から煙がボンと上がった………ような気がする。
「き、きゃぁああああ、いやぁあああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
さっきとは比べ物にならない倍近い悲鳴が上がった。そこからはあっという間だった。まず、辰姫は近くにあった岩をルーカス目掛けてぶん投げた。人間いざという時はすごい力が出るものだ。風呂場の馬鹿力というやつだ。
ルーカスがはっと我に返って最初に見た物は自分に向かって飛んでくる岩だった。避けることができず、岩はルーカスの頭に当たり、彼はそのまま仰向けに倒れて気絶した。時々ピクピクと動いているのでまだ生きてはいるようだ。
辰姫は顔を真っ赤にさせながら近くにあったタオル(予めルーカスから借りていた)を急いで身体に巻くと、ぶっ倒れているルーカスをゲシゲシと蹴りつけた。
「な、な、な、何やってんのよ!? この変態! 覗き魔! 警察呼ぶわよ!」
ルーカスは完全に気絶していたので辰姫の罵倒を聞いていなかった。ちなみに猿たちは辰姫のあまりのおっかなさに風呂もそこそこに逃げ出していた。
《なるほど、あいつのやるべきことは覗きだったわけか………》
遠くから騒ぎを聞いていたフェネクスはポツリとそう呟いた。
数分後、目を覚ましたルーカスは頭と身体のあちこちに強い激痛が走った。どうやら、岩のダメージがまだ効いているようだ。身体は何故かは分からないが。身体を引きづらせながらやっとのことで焚き火の方に戻るとそこにはすでに辰姫が服を着て待っていた。
「具合はどうですか? 覗き魔さん」
辰姫はルーカスを見るなり嫌味たっぷりに言った。ルーカスは辰姫のそんな態度にピクリと頬を動かし、青筋を立てる。
「ああ、おかげさまでまだ頭痛がするよ。誰かさんの強烈な一撃のおかげでな」
「あれほど念を押したのに、覗いたからです」
「いきなり、悲鳴が上がったら、誰だって駆けつけに来るだろ。猿くらいで悲鳴上げるなっての」
「だって、初めて見たんだからしょうがないじゃないですか。私、父親以外男の人に裸を見せたことがなかったのにどう責任取ってくれるんですか!?」
「知るか! こっちの怪我はどう責任取ってくれんだ!」
《おいおい、2人とも。ちょっと良いか?》
「なんだ!?」「なんですか!?」
2人同時に声を荒げて聞いた。
《メシが焦げるぞ》
見ると、夕飯から黒い煙が出かかっていた。二人は急いで肉を刺した棒を火のそばから外した。幸い、焦げてはいなかった。
肉の焼き加減がちょうどいい頃合いだったので夕飯にすることにした。二人ともモクモクと肉を頬張っていると、辰姫はフェネクスに向かって礼を言った。
「フェネさん、教えてくれてありがとうございます」
《気にするな》
フェネクスはピカリと光って答えた。
「いつの間に仲良くなってたのか? しかもフェネさんって……」ルーカスは驚いた。
「ええ、覗き魔さんが起きる少し前にね」
辰姫が言うには、自分が気絶している間にフェネクスからいきなり自己紹介されて、それからしばらく辰姫は肉が焦げないように色々コツを教えてくれていたらしい。そういえば、肉をずっと焼きっぱなしにしていたんだったか。あれだけ放っていたらもうとっくに焦げててもおかしくなかったのに全然焦げていなかったのはそういうことか。
「私も最初は驚いたけど、なんかもう慣れちゃって。それに面白い剣だし」
辰姫は何を今更という感じで言った。辰姫にしてみれば異世界に飛ばされた時点でもう喋る剣とか今更でしかないのだ。寧ろ漫画やラノベでよく見る、「喋る魔法の剣だー」と興奮してテンションが上がったくらいだ。
順応するのが早いなとルーカスは呆れた。自分が初めてフェネクスと出会った時は不気味で不気味で仕方なかったというのに……
夕飯を食べ終えると、ルーカスはそろそろ寝るかと言って道具袋から円柱状の奇妙な置物のようなものを取り出して辰姫に渡した。
「何ですか? これは?」
「簡易テントだ。上にある出っぱりを押して近くの地面に置いてみな」
辰姫はなんのこっちゃと思いながら上に付いたスイッチのようなものを押し、地面に置いた。すると、置物は一瞬で大きくなり、人一人入れるくらいの大きさになった。
「驚いただろ?これは別の世界を旅していた時にいくつかもらったんだ。ベッドとかは中にある」
ルーカスが辰姫のテントに自分のテントを置きながら言った。
「こんな便利なのがあるんですね」辰姫は素直に感心した。
「まあな。こう長いこと旅をしていると色々と旅の装備も充実してくるからな」
「……でもこれで覗きの分がチャラになるなんて思わないでくださいね」
「はあーーー、やれやれ、わかったよ。それじゃあ、おやすみー」
「おやすみなさい、ルーカス」
夜遅く、辰姫は1人ベッドで顔を真っ赤にして身悶えていた。ルーカスに自分の肢体を惜しみなく晒したことの恥ずかしさがまたぶり返してきたのだ。ゴロゴロとベッドで転がって枕に顔を押し付けてウゥー〜ーっと唸る。
もうお嫁に行けない………… ルーカスめぇぇぇ………
こればっかりは辰姫お得意のプラス思考は使えなかった。ルーカスに対する怒りはもう収まったが、まだ恥ずかしさは残っていた。
一方、ルーカスもまた眠れずに悶々としていた。考えているのは辰姫のことだった。普段クールに振る舞っていても、やはり年頃の男である。忘れようと思っても脳裏に浮かぶのは湯煙越しに見えた辰姫のシルエットのことだった。
俺ってこんなエロい人間だったか? あんなこと早く忘れろ、早く忘れるんだ。でもタツキって結構着やせするタイプだったんだな。胸とか意外と…… って、何考えているんだ、クソ!こんな煩悩早く振り払えーーー……………
こうして、二人は一晩中、眠れない夜を過ごした。
ルーカスも一応思春期なのです。仕方がありません。