旅は道連れ(打算込み)
「でも、次元の裂け目ってどうやって見つけるんですか?」
そう辰姫がルーカスに聞くと、ルーカスは袋から薄汚れた一枚の紙を取り出した。紙を広げると、ルーカスはそれを指で示して言った。
「この魔物の名はポイニクス。“赤い厄災”とも言われているよ。俺がずっと追い続けている魔物だ」
紙には赤い鳥の化け物のような生物が描かれている。
辰姫は初めて見たはずなのに紙に描かれた赤い鳥のような魔物に何故か既視感があった。なんでだろうと首を傾げているとその謎はすぐに解けた。というか、思い出した。
そうだ、今朝に見たニュース、あれに新種の鳥として映ってなかったか? もしかしてあれがポイニクスだったのか!
「コイツには面白い能力があってな。次元の裂け目を作って様々な世界を移動することができるんだ」
「じゃあ、この魔物を追って次元の裂け目を通っていけば、いつかは帰れるかもしれないということですね?」
「そういうことだ。……で、どうだ? ここは一つ俺と手を組まないか?」
「あえ?」
辰姫はルーカスの突然の提案に驚いてつい間抜けな声を上げてしまった。ルーカスはそんな辰姫に御構い無しに話を進める。
「俺もお前もお互いに同じ魔物を追っているんだ。一緒に行動した方が都合が良いだろ。だから手を貸してくれないか? この際人手は多い方が良いしな」
「…………………………そうですね」
辰姫が自分と同行するのに若干躊躇っているように感じたルーカスは恐らく貞操面での心配をしているのだろうと考えて一言二言付け足した。男女一緒で旅を行う場合、そういう問題は多いので安心はさせる必要はある。
「別に心配しなくても俺がお前を襲ったりなんてことは無いからそこは安心しな。俺は乳くさい女に興味はないしな」
「……それは結構失礼ですよ」
辰姫はそんなルーカスの物言いに少しカチンと来ながらもどうするか考え込む。
ちなみにルーカスが辰姫を誘ったのは決して親切心からなんかじゃない。ちゃんとした理由があった。
ポイニクスはれっきとした魔物だ。凶暴だし、かなり強い。だから、1人でも多く肉壁……否、戦力が欲しかったのである。出会ったばかりの、しかもか弱い女の子を盾にするという考えをナチュラルに考えつくルーカス。完全に腐れ外道である。しかし、辰姫はルーカスの思惑に気付いていない。
一方で辰姫の方も一応色々と考えてはいた。自分はまだこの世界の地理や事情に詳しくない。ましてやかなりの方向音痴だ。ある程度この世界のことを知っている人間に付いて行った方が良い。しかも、彼は腕っ節についてはかなり強そうだし早く帰るための手掛かりを知るためにも彼と行動を共にした方が得策だと考えたのだ。多分襲われはしない…………とは思う。そこはもう彼の言葉を信じるしかない。まぁ、万一やられそうになったら隙を突いて金的とかして叩きのめせば良いだろう。そう考えて辰姫は頷いた。
こうして結局、お互い多少の打算を含みながらも共に旅をすることに決まった。
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「明日の朝に起こしに行くよ。おやすみ」
「おやすみなさい。ではこれからよろしくお願いします」辰美はそう言ってペコリと頭を下げると、すぐに部屋を出て自分の部屋に入って行った。
部屋で一人になったルーカスは扉に鍵を掛けるとベッドで横になった。すると突然、ルーカスの手持ちの二本の剣のうち赤紫色の剣が鈍く光り、彼の頭に声が響いた。
《おい、ルーカス。あのお嬢ちゃんに言わなくてよかったのか? お前がポイニクスを追っている本当の理由をよ》
「聞かれなかったんだ。おそらく自分と同じく元の世界に帰りたくて奴を追ってるんだと勝手に思っているんだろうが…… まぁ、わざわざ言う必要はないだろ。野暮なことは聞くな、フェネクス」
ルーカスはフェネクスと名付けられた赤紫色の剣に向かって答えた。この剣はどうやら自分の意志を持っているようだ。いわゆる魔剣というものだ。
魔剣とは普通の剣と違って特殊な能力を持っており、それをたとえ1度でも扱ってしまった者は二度と普通の人生を歩むことはない。例外無く地獄というのも生温い人生を歩むことになる。どんな理由で使ったとしてもだ。
そして、フェネクスには複数の能力を持っている。テレパシーも使えるらしいが、今は鞘を被っているせいか若干、声がくぐもっている。フェネクスはまたピカリと光ると、
《まあ、確かに我の呪いのことを知ったら、あの娘はルーカスのことを気味悪がるだろうな》
「剣が饒舌にベラベラ喋っている方が余程気味悪がられると思うぞ」
ルーカスがそう皮肉を言うと、剣からケッと言う声が聞こえて黙った。静かになり、ルーカスはおしゃべりな奴だなと苦笑いを浮かべると、寝る前に目元の仮面を外した。
確かにこの呪いはあのタツキという娘を怖がらせるかもしれないな。
ルーカスは自分の仮面を人前では決して外さない。それには1つの理由があった。
仮面を外したルーカスの目元には赤と青の血管のような不気味な模様が浮かび上がっていた。金色の瞳が更にその不気味さを引き立たせている。これはフェネクスの所有者としての証である。それを迂闊に他人に見せるべきではないのはルーカスは重々承知していた。こんな状態では他の人間から恐怖・迫害の対象になるのは目に見えている。現に何度かそんな目にもあったし殺されかけたこともある。だから、普段は仮面で目元を隠している。仮面を着けた状態ならまだ幾分かはマシだからだ。
早くなんとかしないと…… でないと、手遅れになる……
この剣を手に取ったことへの後悔はない。だが、やはり徐々に近付いてくる嫌な感覚は背筋を凍らせ嫌な想像ばかりが頭を過ぎってルーカスの精神を蝕む。ルーカスはこの魔剣が後にもたらす恐ろしい未来について一刻も早く忘れようと目をつぶり、そしてすぐに眠りについた。
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一方、辰姫は自分の部屋にしっかりと鍵を掛けた後、この世界に来てからずっと持っていた漫画雑誌を読みふけっていた。せっかく買ったのだから読まないと勿体ない。面白かったが、何か物足りなかった。今の現実の方がずっと漫画みたいだからだろうか。
仕方ないのでベッドに横たわると、どっと今までの疲れが押し寄せてきたのか眠くなった。明日、目覚めた時には全てが元に戻っていないかなという願いをほんのちょっとだけ持ちながら辰姫は目を閉じた。
こうして2人の世界を超える旅が始まります!