インクの王と赤い厄災
やっとポイニクス再登場です。
変異したキョウヤは途轍もない速度で縦横無尽に動き回り、レジスタンスの者に襲い掛かった。今の彼のその姿は最早「獣」と言うに相応しかった。残りの者も次々と切り裂かれたり噛み殺されたりして1人、また1人と失っていく。その中にはアーガスやサンダーソンもいた。
チナミは脚に電気を流すことで素早く動き、キョウヤを追い回し、追い詰めようとするが、ギリギリで躱されてしまう。ルーカスと辰姫も攻撃するが、当たらない。動きが全くと言っても良いくらいに掴めないのだ。普通、どんな人間でも動物でも攻撃する際には何かしら一定のパターンや癖………所謂無駄な動きというものがある。それはポイニクスだって例外ではなく、動く時にどうしても小さな癖のようなものがあるのだ。それを見抜き、反撃の糸口を見出して反撃に動く。これは戦いにおいて常識と言うべきやり方だ。ルーカスも相手を強敵と判断すればそのように戦う。
だが、キョウヤにはそれがなかったのだ。…………正確には動きに無駄な癖があっても動きを掴めたと思ったら瞬時に癖を修正して動きを変える。少しというわけではなく、大幅に。だから、動きのパターンを掴めずに反撃することが出来ないのだ。同じインクの化け物でもいつだったかのキメラとは桁違いの強さだ。
そんな時、デュランは無数のカマイタチを作り出してキョウヤに放つ。だが、キョウヤはそれらを容易く躱してデュランに襲い掛かる。デュランはキョウヤをギリギリで躱すものの、完全に回避できた訳ではなく腹部に大きく傷が出来る。有毒なインクが傷口から染み込み、デュランは苦痛に顔を歪める。だが、それに気を留めている場合ではない。キョウヤが方向転換して再び襲い掛かって来たのだ。デュランは今度は躱せないギリギリまで追い込んで特大のカマイタチを放ち、一刀両断しようとするが、それもあえなく失敗してしまった。しかも今度は左腕を持っていかれる結果で。デュランはそれによって動きが止まり、逆にキョウヤから身体を一刀両断されてしまった。デュランは何もかもがスローモーションになる中で自分に駆け寄って来るチナミ達を一瞥しながら、心の中で戦いの途中で死んでしまうことに対する謝罪をしつつも後はお前達に任せたと言うかのように静かに目を閉じる。そして、その目は2度と開くことはなかった。
気が付いたらもうレジスタンスで残っているのはチナミとルーカス、辰姫の3人しかいない。絶望的な状況だ。
キョウヤは再び咆哮を上げると何を思ったか今度は天井を攻撃して、破壊し始めたのだ。天井はポッカリと大きな穴が開き、キョウヤは壁を器用によじ登り空に向かって唸る。
「あれだけ暴れて仲間を殺して回って今度は逃げるつもり?」
チナミは憎悪を剥き出しにして言った。脚に電気を纏わせる。
逃すつもりなんて毛頭ない。
だが、その時ルーカスの腰に下げているフェネクスが突如、ガタガタと大きく震えだした。すると、ルーカスの表情が一変した。フェネクスがこんな反応をするということは1つしか可能性がないからだ。ルーカスが空を見上げる。
「嘘だろ………まさか……………アイツが…………?」
辰姫もルーカスの言葉を聞いて思わず空を見上げると、それが現れた。
ルーカスが探し続けている魔物……………………ポイニクスだ。どうやら、キョウヤはポイニクスの気配を敏感に感じ取ったらしく、今度はポイニクスに戦いを挑むために天井を破壊したのだ。
ポイニクスは穴から入ると、真っ赤な炎を纏った翼をはためかせて大きな鳴き声を上げる。
「クエギャアアアアアアアア!!」
聞いた者をゾッとさせる耳障りな声だった。ポイニクスもキョウヤを敵と認めたようだ。ポイニクスとキョウヤはしばらく睨み合う。
先に攻撃を仕掛けたのはキョウヤだった。爪と牙で仕留めようとするが、効果がない。それどころかキョウヤは炎に包まれてしまう。キョウヤから苦痛に満ちた声が上がった。インクステインのインクは可燃性だ。キョウヤはそれなりに火を防げるように独自に改良していたのだが、ポイニクスの炎はそんじょそこらの普通の炎ではない。辺り一面を跡形もなく焼き尽くし、燃やし尽くす炎だ。キョウヤは防ぎ切ることが出来ずに悶え苦しむ。
インクの王と赤い厄災の勝負は赤い厄災の方に軍配が上がったようだ。ポイニクスはキョウヤに対してがっかりしたような蔑んだ目を向けると、もう用は無いとばかりに次元の裂け目を作り出して通って行ってしまった。ルーカスはそれを見てすぐに攻撃しようとするが、体力的に消耗しているのもあって間に合わなかった。またしても取り逃がす結果になり、ルーカスは非常に悔しそうな表情を浮かべている。
辰姫は目の前で起きた一部始終をジッと見つめて身動きすることすら出来なかった。だが、そんな中チナミはゆらりゆらりと前へ進み出る。
チナミは悔しげに舌打ちしていたルーカスから半ば強引にレーザーソードを奪った。ルーカスが思わず文句を言うが、チナミは聞いていない。チナミはあちこち身体が燃えて悶え苦しむキョウヤにジワジワと近付き、そして勢いよく高圧レーザーの刃をキョウヤの顔面に突き刺した。後ろ姿なのでチナミの顔は見えなかったが、なんか……………凄く怖い。
「ク、クカカカ? ……クカカガギャァアアアアアアアアアアア!!!!」
キョウヤの口から苦痛と恐怖に満ちた断末魔が上がる。チナミが淡々とした調子でキョウヤに語りかける。
「痛いの? それは………良かったわ。アタシはね、アナタを殺したくて殺したくて仕方がなかったんだ。お母さんを目の前で殺しただけじゃなく、アタシが新しく得た………家族と言っても良い大事な仲間まで騙して殺して……それを平気で嘲笑ったアナタを」
ズブブブ………
「グガ………グガギャギャギャ……………」
「だから、娘として…………親のケジメはアタシ自身が付けてやる。それはあんな変な鳥じゃなくてアタシの役目なのよ。アナタをあの鳥なんかには殺させない」
ズブブブブ…………
「グ……グガ…………グ…グギャ……………ギャ……………」
「さようなら。永遠にっ!!」
ズブブブブブブ…………ブシャッ!!
「ク………………カ…………………カ…………………………カハッ…………………………………………………」
キョウヤは顔から全身を一刀両断されて遂に絶命した。彼は結局、最期まで狂人のまま、正気に戻ることもなくその生涯に幕を閉じた。それによってキョウヤの身体を構成していたインクはキョウヤが死んだことで跡形もなく消滅していった。
キョウヤが完全に息絶えてからしばらく経ち、チナミはキョウヤがいた所から一歩も動かずにいた。チナミは手の力が抜けたかのようにレーザーソードをポロリと落として、へたり込んだ。
その姿は…………まるで………何もかもが燃え尽きてしまったかのようだった。