この世界
村に着くまでの途中、辰美は彼からここはどこなのかを聞いた。彼曰くここはヘリオスと言う国で王都プロミネンスを中心にいくつかの町や村が点在しているらしい。この国は日本と違い、緑溢れるところで、空気も美味しかった。
二人が近くの村、コロナに着く頃にはもうすっかり夜になっていた。そこに住む人々はなぜか中世の農民のような格好をしていた。
どういうこと? 映画のセット………………ではなさそうだし。
辰姫は他の者と変わった服装の自分は怪しまれるのではと思ったが、村人たちはあまり気にも止めていない様子だ。おそらくこの村ではこういう旅人はあまり珍しくないのだろう。村では家や様々な店が立ち並び、店の看板には見たこともない文字が綴られていた。
あれはなんて書いてあるんだろう?
辰姫は気になって仕方がなかったが、男は気にせず先に進むので仕方なく後を急いで追いかけた。夜だったが、街灯がいくつか置いてあったのではぐれずに済んだ。
二人は宿に着き、さっそく部屋を借りた。もちろん二部屋だ。辰姫は男に色々と聞きたいことがあったので、ずっと持っていた漫画雑誌を自分の部屋のベッドに置くとすぐに男の部屋に入った。男は彼女を待っていたようだった。男は辰姫を椅子に座らせ、自分はベッドに腰掛けた。男は腰に吊るしていた二本の剣をベッドの上に無造作に置くと、今更ながらお互い自己紹介を始めた。
「そういえば、お互い自己紹介がまだだったな。俺はルーカス。まあ、ただの旅の剣士だ。よろしく頼む」
「えっと……私は岩崎辰姫と言います。辰姫の方が名前です。それで……ルーカスさん、さっきは本当にありがとうございました」
「……別にルーカスでいいよ。それでタツキか…… この世界では変わった名前だな。ところで、さっき聞きそびれたけど、君は別の世界から来たんだよな? どこからだ?」
「日本という国なんですけど、もしかして知っているんですか?」辰姫は目を輝かせて聞いた。
「いや、悪いけど聞いたことがないな。だけど、お前も“次元の裂け目”を通ったことだけは間違いないみたいだな」
「次元の……裂け目?」
「青白く光る大きな穴に触らなかったか? あれのことだ。」
ルーカスは次元の裂け目について説明を始めた。
次元の裂け目とはいわばパラレルワールドの入り口のようなものだった。自分たちの世界は最初からあった一つの世界から歴史の中の無限とも思えるほどの選択肢によって生まれた無数の世界のうちの一つに過ぎないらしい。
そして、次元の裂け目はその本来関わることのない二つの世界を繋ぐことが出来るのだ。
ちなみに、この世界はいわば人間が誕生するのがだいぶ遅かった場合の世界らしい。道理で、道ゆく人が中世風の古い格好をしていたり、建物がコンクリートとかじゃなくて石や木で出来たものばかりだったわけだ。
辰姫は「いやいや、漫画じゃあるまいし」と信じがたい気持ちだったが、こればかりは信じざるを得なかった。
現にこうなっているわけだし。
辰姫はあの穴を思い出すと、なるほどねと呟き、思わず溜息を吐いた。だが、辰姫はすぐにそれどころじゃないと頭を振る。
「どうすれば……どうすれば、元の世界に帰ることができるんですか? 私には学校や日本での生活があるんです!」
「残念だが、こればかりは運に頼るしかないな…… といっても、何千、何万もある世界の中からたった一つの世界を当てるなんてほとんど不可能だろうがな」
「そんな………………」
辰姫は思わず項垂れる。なんとも哀れさを誘う光景だ。もう元の世界には帰れないと言われたようなものだから当然と言えば当然だが。ルーカスもそれを見て流石に気の毒に思ったのか少しだけフォローをする。
「といっても、ひとつだけ方法が無いわけではないが」
その言葉に辰姫は思わず顔を上げた。
「簡単なことだ。次元の裂け目を見つけたら片っ端から飛び込んでどんどん違う世界へ飛べばいいんだよ。そうすれば、いつかは帰れるだろ」
あまりにも楽観的な提案に辰姫は椅子からずり落ちそうになった。
「一体、何年かかるんですか!?」
辰姫は思わずそう突っ込んだ。だが、ルーカスは肩を竦めて見せるだけで特に何も言わない。そんな様子を見て辰姫は少しは真面目に考えて欲しいと言おうとするが、思い止まった。確かに彼の言う通りかもしれないと思ったからだ。
ルーカスの言う通り、今はそれしか方法はないかもしれない。いつまでもこの世界に留まるのではなく、違う世界に飛んでいけば、いつかは日本に帰れるかもしれない。少なくともその方がまだ可能性はある。
こうなったらやってやろうじゃない! 何年かかっても絶対に帰ってみせる!と辰姫は持ち前のプラス思考を発動させた。そして、そう決意を込めながら拳をギュッと握る。
次回の更新は明日の19時です。ひとまず毎日19時投稿を目指します!