キョウヤからの挑発
「ブラボー、ブラボー。サスガといっタ所だナ。レジスタンスノ皆さん」
黒いローブの男、キョウヤ・サエジマは余裕たっぷりにそんなことを言っている。言葉にはどことなくノイズのような響きがある。とても元人間とは思えない。チナミは殺意を込めて睨みつけ、警戒心たっぷりに尋ねた。
「一体、あんたが何でここにいるのかしら? いつもは司政官室に閉じこもっている癖に」
「イヤイヤ、このワタシ自身モ只ノ分身体の1ツに過ぎナいサ。本体は別二いるヨ。コれでもワタシはとても用心深いンデネ」
「………それで、どうしてここに? アタシ達に何の用かしら?」
キョウヤは顎に手を添えて首をコテンと傾ける。なかなかあざとい動作だ。
「ナニ、君らにおめでとうト言おうと思ッテさ。丁度、ワタシの部屋に通ジるカギの1ツがコワレタことだシね。セッカク作ったカギだッたのにナ、残念」
そんなことを言っているが言葉の雰囲気からはとても残念がっているように見えなかった。寧ろ面白い遊びを見つけたとでも言うようにどこか楽しそうだった。
「鍵……ですって?」
チナミが重わず聞き返すとキョウヤがある方向を指で示した。チナミ達もその方向を目で追うと、それはランドルフの焼跡だった。
「ソウ。ワタシの部屋へノカギは3つ。それはワタシの部下ノ命デモあル。そシて、ソノヒトツがランドルフってわけなのサ」
「………なるほどね、つまりあなたは自分の部下に生体リンクキーを施してあなたの部屋の鍵代わりにしていたってことなのね。道理で今までどうやっても一部の区画しか行くことが出来なかったわけだわ。なんてタチの悪い……!」
生体リンクキーとはこの世界における鍵の一種で厳重に機密書類などを管理するために開発された。その鍵は簡単に言えば対象の命を鍵として認識させるものだ。だが、現時点では使われていない。何故なら、その鍵の効力は鍵となっている対象の命が尽きるまでであり、その間は合鍵を作ることもハッキングで破ることも不可能となる。しかし、これは対象が死ぬまで決して開けることが出来なくなるためこの技術を使用することはなくなっていたのだ。チナミはそんな方法で逃れていたから今まで手掛かり1つ見つけられなかったのかと思わず悔しそうに歯噛みする。キョウヤはチナミのそんな様子を見て愉快そうに笑う。
「クカカカ。ゴ名答ダよ。マァ、君らなら少シは面白くナリそうだしネ。ランドルフが死んデ新たな区画二行けるヨうになったミタいだし……あア、ソウイエバ、これは君らのお友達カイ?」
そう言って身体からインクを吹き出し、中から痩せ型の男を放り出した。男はゴロンと転がり、ピクリとも動こうとしない。
というか、この人は……もしかして………
『クラウドさん!!』
皆が慌てて駆け寄った。そう、立体映像で何度も見たレジスタンスのリーダー、クラウドさんその人だった。いつのまにかキョウヤに捕まっていたらしい。容態を確認するがどうやら気を失っていただけのようで、少し呻きながらもなんとか目を覚ました。だが、キョウヤのインクに侵されていたためかまだ顔色が悪い。ひとまずクラウドが無事だったことが分かって全員ホッと一息吐くと、犯人であるキョウヤに対して強く睨みつけた。
「そんな怖イ目でミナイでよ。随分抵抗スるから痛めツケたけど、生かしてオイテやったんだかラ感謝してほしいくラいだ。それじゃ、精々ワタシの所マデ来らレるとイイね。頑張ってヨ。クカカカ、カカカカカ……カカカッカカカ…………」
キョウヤは愉快そうに笑いながらドロドロとインクの中に消えていき、やがてそのインクも跡形もなく消滅した。
しばしの静寂の後、チナミは疲れ切った表情で皆に言った。
「一旦、安全なシェルターまで戻りましょう。アイツの言っていたことはともかく、今はまず状況を確認しないと」
全員それに同意すると何人かはクラウドを支えながらシェルターまで戻ることにした。
今回は色々なことがあった。だが、ここから大きな進展があったことは確かだ。