出会い
「……う、うう…………ん?」
辰姫はしばらく気絶してしまっていた。泥のようなまどろみの中、辰姫はゆっくり目を開ける。視界はまだぼやけている。
穴に飲み込まれてすぐに強い電気ショックを浴びたような感覚に襲われたからだろうか。実際、手をゆっくり握ったり身体をほんの少し動かそうとすると、軽くビリっと痛む。まだ少し身体に痺れが残っているようだ。
少し時間が経ち、痺れが殆ど無くなってようやく身体を動かせるようになると、辰姫はゆっくりと顔を上げた。すると、目の前には何故か森が広がっていた。ただ、その森は自分の知っているそれとは少し違った。
なんというか…… 森全体がぼんやりとイルミネーションのように光っているのだ。森の中のためか全体が若干薄暗く、木の色は赤、青、黄、緑、紫と様々に光り、まるで森全体がイルミネーションのようである。ずっと見ていると目がチカチカする。
なんだろう…… 少なくともここが日本でないことだけは確かだ。
頭がおかしくなりそう…… めまいがしてふと後ろを振り返ると元凶である穴もいつのまにか消えてしまっている。
完全に絶望的な状況である。詰んでしまっている。
しかし、辰姫はそんな状況でも持ち前のプラス思考を発動させた。
穴が無いなら仕方ない…… 少なくともまずはこの森を出る方法を探さないと……
辰姫は早速森の出口を探すことにした。
それから何時間経っただろうか…… 最初はイルミネーションのように光る木々があるから真っ暗ではないし、出口なんて簡単に見つかるだろうと高を括っていた。
だが、甘かった……………………
一度も来たことのない森のど真ん中な上に辰姫は自分に大きな欠点があったことを今の今まですっかり忘れていたのだ。
辰姫はかなりの方向音痴だった。近所ならある程度大丈夫だが、初めての場所だと必ずといっていいほど迷う。そして案の定、辰姫は右も左も分からない程に迷ってしまい、呆然としていた。
ただでさえ絶望的な状況が更に悪化してしまったのだ。
「………もう私はどうしたらいいのよっ!」
辰姫はあてのない怒りを足元にあった小石にぶつけて、蹴っ飛ばした。
小石はみるみる飛び、遠くで丁度エサを探しに徘徊中だった全長5mくらいの日本では到底考えられないサイズのイノシシのこめかみにクリーンヒットした。
悪いことというのは続くものである。
イノシシの怒りの沸点は一瞬で最高温度に達し、辺りを見渡してその犯人である辰姫を一瞥するやいなや勢いよく突進を仕掛けてきた。
辰姫は動かなかった。いや、動くことができなかった。さっきまで散々森を散策して疲れ果てている上に恐怖で身体を動かすことができなかったのである。へたり込んでしまい、立ち上がることもできなくなった。
ああ、何でこんなことに…… 私はこんなどこなのかも分からない場所で死ぬのかな…… せっかく買ったマンガカスタム、まだ読んでないのに………
辰姫はこんな時まで漫画雑誌の入った袋を持っていたことに気付いてそう思い、恐怖から思わず目をつぶった。すると突然、目の前でザシュッという何かが斬られる音とブギギィィーーと断末魔のような鳴き声が聞こえた。
恐る恐る目を開けてみると、目の前には一人の男が立っていて、更に男の前にはさっきまで元気で自分に突進を仕掛けようとしていたイノシシが見事に一刀両断された状態で転がっていた。2つになったイノシシの身体からは血がドクドクと流れ出てどんどん土に染み込んでいく。かなりグロテスクな光景だった。辰姫は思わず口元を覆い、嘔吐感を何とか我慢した。そして、男は面倒くさそうに振り返った。
これが、辰姫と彼の出会いだった。
男は随分とおかしな格好をしていた。赤紫色の短髪に青地のシャツに黒いマントを羽織り、左腰には二本の剣を下げ、目元には仮面を付けていた。身長はそんなに高いわけではない。歳は多分辰姫と同じ、いや少し上くらいだろうか……
男は辰姫に近づき、落ち着いた声で言った。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です」
「この黒点の森は近隣の人間も滅多に近寄らない危険な場所だぞ。こんなところでいったい何をしていたんだ? お前、死にたがりか?」
あまりの言われように辰姫はついカッとなった。私だって好きでここに来たわけじゃないのに…………
「私だって………私だって好きでこんなところにいるわけじゃありません! 変な穴に吸い込まれて気がついたらこんなところにいたんです! 早く家に帰りたいのに穴は無くなっているし、迷うし、挙句の果てにはイノシシに殺されかけるし、もうたくさんなんです!!」
色々と苛立ちが溜まりに溜まっていたのか、辰姫は自分の命の恩人に向かって理不尽な怒りを数十秒ほどぶつけた。それを男は面倒くさそうに受け流していた。
………数十秒後、怒りを全て吐き出して多少すっきりした辰姫は彼に何も非がないことに今更ながら気がつき、慌てて謝った。
「すみません! 助けてもらったのにあんな言い方をしてしまって……」
「いや、別に構わない。それより今の話だとお前も違う世界から来たみたいだな。あんた、いったい何者なんだ?」
そうこうしている間に突然、ガサガサという音が聞こえた。またさっきのイノシシみたいな猛獣が出てきたのだろうか? 男と辰姫は顔色を変えた。
「チッ………まずはこの森から出ることを最優先にした方が良さそうだな。それに、そろそろ日も沈むし」
彼は周りを見渡しながらそう言って辰姫の手首を強く掴むと駆け出した。
「え? ちょ………」
辰姫は少しドキリとした。それは同年代の異性からいきなり手を掴まれたからか、それともまたさっきみたいな猛獣が現れるのではないかという恐怖からか、はたまた心不全によるなのかは分からなかった。いや、まぁ心不全はないだろうが。
男は行き慣れているのか辰姫が散々迷っていた森から簡単に抜けることが出来た。森を出ると辺りは完全に暗くなり始めていた。
「近くに村がある。そこの宿に今日は泊まるぞ」男は言った。
辰姫が頷くと、二人は村に向かって歩き出した。
若干テンポが早い気もするけどガンガン行くぜ!