急襲
オメガ区画はマージンの住宅街の1つだ。そこかしこに家が立ち並んでいる。あちこち倒壊しており、人が住んでいるとは思えない雰囲気だ。実際、人の気配は全く感じられない。辰姫やルーカス、チナミ、トドロキ、その他の数人のメンバーが進んでいた。
「ここマージンには他に人がいるんですか?」
「ええ。だけど、もうレジスタンスの人間くらいしかいないわ。私達レジスタンス以外の殆どの人間はキョウヤ・サエジマによって殺されているからね。まぁ、あなた達のように隠れてやり過ごしているって人も偶にはいるけど5年も経った今じゃもう絶望的ね。あなた達は本当に奇跡だったわね。」
「……むごい………」
「オベロンは俺達の生活を大きく変えてしまった。便利にはなったのかもしれないけどオベロンの全身投与による強大な負荷で自分を見失い、暴走して殺し合いが多発するようになってしまったのよ。……その中でも特に激しく暴走するようになったのが、キョウヤ・サエジマ………このマージンの司政官だった男よ。笑えるでしょ? 街の治安を維持して住人を守る立場のはずの人間が無法地帯のボスになったなんて。彼は自分のオベロンの能力で次々と手下を作り出して、それで沢山の人々を殺して勢力を広げていったわ。今じゃシェルターくらいしか安全な場所はもう殆ど残ってないわね」
「その部下があのブロット………」
「そう。キョウヤのオベロンは“インクステイン”……インクを操り、敵を攻撃する能力よ。そのインクは唯のインクじゃない。人を簡単に殺すことが出来る非常に危険なものよ。死にたくないなら覚えておくことね」
辰姫はチナミとそんな話をしながら、オメガ区画を進んだ。ルーカスはその話を聞きながら少し考え、チナミに尋ねる。
「なぁ、目的の場所にはいつ着くんだ?」
「もう少しよ。……ほら、あの建物。あそこの一室に仲間がいるわ」
チナミはそう言って50m程先の大きな建物を指差した。元はホテルだったようだ。今は見る影もないが。
チナミ達は階段を登り、4階まで上がった。その中の一室に向かった。チナミがドアを叩いて、インターホンを鳴らす。チナミは小声で、
「レジスタンスのチナミよ。クラウドさんからの依頼で来たけど開けてもらえるかしら?」
そう言ってドアノブをガチャッと動かすと、ギイイーと開いた。
チナミや他のメンバー達は途端に警戒心を露わにする。ルーカスもレーザーソードを構える。辰姫はどういうことか訳が分からなかった。
「あ、あのー、一体どうしたんですか?」
辰姫はオズオズとチナミに尋ねる。
「普通、レジスタンス……特に潜伏中なら部屋の鍵は厳重に掛けておくべきよ。クラウドさん直々に指示を出されて調査に向かった人達なら掛け忘れるなんてミスを犯すとは考えにくい。ということは………」
「誰か、敵がいるということ……ですか?」
「そう。だから、用心しなさい」
皆、用心しながら中に入る。
そして、中では…………
4人の無残な死体が転がっていた。顔はインクでベットリと付いており、身体は曲がってはいけない方向に曲がってしまっている。明らかに生きていないことは明らかだ。
辰姫は込み上げる嘔吐感を必死で抑えて顔を逸らす。ルーカスやチナミ達も思わず顔をしかめる。
「連絡がつかない時点でなんとなく嫌な予感はしていたが、やはり殺されていたか……」
トドロキがクソッと忌々しそうに吐き捨てる。他の者達も同様の気持ちのようだ。
「? ………待って! 確かここには5人潜入していたはずよ。後1人は一体どこに……?」
チナミがそう言って周りを見渡してみると、突然ガタガタッという音が聞こえた。クローゼットの方からだ。チナミ達は警戒しつつ距離を取りながらクローゼットを開けた。
全員思わず戦闘態勢を取るが、そこには………1人の男性が入っていた。男は総白髪になっていて顔には恐怖の表情が張り付いていた。よろよろとクローゼットから倒れるように出てきた。
「あなた、レジスタンスの1人……よね?」
「あ、ああ。僕…はクボ…タ。助け…に来てくれ…てありがとう」
男は途切れ途切れに言葉を出した。目をキョロキョロと忙しなく動かし、身体を小刻みに揺らしている。いったい何があったのか。
クボタという男の話によると、8日程前、インクの化け物達の急襲に合い、自分以外の仲間が皆殺しにされたらしい。彼らは元々戦闘がからっきしだったためまともに戦うことも出来ず、次々と仲間を殺され、命からがらなんとかクローゼットに隠れてやり過ごしていたのだが、部屋には定期的に化け物が入ってくるらしく、逃げるどころか、連絡すら出来ない状況だったらしい。
「……それ…で定期…的に…来る時間帯が………って来たあーー!」
クボタが突然、チナミ達の後ろを見て恐怖で顔を歪めて大きく叫んだ。
皆が振り返ると、クボタの話に出ていたインクの化け物達が部屋に入ってきたのだ。チナミが全員に叫んだ。
「っ! ブロットよ! 皆、戦闘準備に入って!」