次の世界へ
昨日は失礼しました。
なんとか山頂まで登ると、そこには赤い大きな鳥のような化け物がいた。恐らくあれがポイニクスだろう。山頂は寒くなって薄らと霧も出始めていたが、それと対照的に炎のようにメラメラと翼をはためかせながら身体全体が燃えている様子は随分と神秘的な光景だった。
ルーカスはポイニクスに対して強い憎しみを込めながら腰のフェネクスを抜こうとする。だが、突然ポイニクスは甲高い鳴き声を上げると青白い大きな穴を作り出した。それを見たルーカスは慌ててポイニクスに斬りかかろうとしたが、もう遅かった。ポイニクスはその自身が作り出した穴に入って消えてしまったからだ。そして、その穴は辰姫がヘリオスに来た時と全く同じものだった。
ルーカスは舌打ちをすると、辰姫をチラリと一瞥して言った。
「タツキ、これが次元の裂け目だ。これを抜けたとしてもその先はお前が元いた世界とは限らない。更に言えば、安全な世界とも限らない。寧ろ死と隣り合わせな世界が殆どだ。命がいくつあっても足りないくらいのやばい旅になるだろうな。……それでも、お前は先へ進むか?」
恐らく、これはルーカスなりの優しさなのだろう。この世界よりも危険な世界は多い。この次元の裂け目を通れば元の世界に帰るどころかそんな世界に飛び込む可能性の方が高い。最悪、命を捨てることになるかもしれない。それでもお前は行くのか?ということだ。辰姫が本気で帰りたいのか、その意志を確認しているのだ。
だからこそ辰姫は迷わずにルーカスを見ながらハッキリと答えた。
「うん、もちろん行くよ。私はなんとしてでも元の世界に帰りたい。生きて帰って家族に会いたいしいつもの日常に戻りたい。だから、私は世界を超える。たとえこの穴の先が地獄だったとしてもね」
ルーカスは辰姫の目を見て納得したように頷くと、
「それなら、行くぞ」
そう言ってルーカスは迷いなく次元の裂け目を通って行った。
辰姫もそれに続いて通る。
2人が通った穴はしばらくすると跡形もなく消え、元の山の景色が広がっていた。
ルーカスと辰姫が次元の裂け目を通った頃、2人の美形の男女がその様子を木の影から見守っていた。
どうやら双子のようだ。顔の造形や金色の髪などよく似ている点が多い。違う点と言えば髪型、瞳の色、性別くらいだ。
〈2人は無事に次元の裂け目を通ったわね。意外に早かったわ〉
〈ああ、ポイニクスの噂を流してたったの数日だったが、もう嗅ぎつけてくるとはな。流石の執念ってところか〉
〈さてと。私たちも行きましょう。もうこの世界にも用は無いし。それに、私はこういう原始的な世界にあまり興味がないのよね〉
〈姉さん。こういうのは原始的じゃなくて“アンティーク”って言うんだよ。アンティークマニアだったら泣いて喜ぶ世界だと思うけどな〉
〈どっちも一緒よ。少なくとも原始的な古臭いものは私には合わないし興味もないわ。………そういえば、タツキ……とか言ってたかしら? あの黒髪の小娘の方。あの娘が彼にどう影響を与えるのかも見ものだと思わない?〉
〈さぁね。平和ボケした世界からやってきた子ならすぐにやられて死ぬんじゃないか? あの調子じゃとても戦力になるとは思えないな〉
〈ふふ、どうかしらね。あの子、なかなか運はありそうだし。それにこういった出逢いにはどこか運命のようなものを感じるわ〉
〈運命……ね………………。非科学的なことを…… と言っても僕達は彼らに深く干渉は出来ないからな。出来ることといったら、見守ったりお膳立てをすることくらいだ。実に退屈なもんだよ、まったく〉
突然、山頂では雨が降り始めた。山の天候は変わりやすい。所々雷も鳴り始めた。
ピカッと稲妻が光り、2人がいる辺りを強く照らした。そして、それはほんの一瞬の時間だったが稲妻の光が消えた頃には2人は最初からいなかったかのようにこの世界から消えていた。
彼らは一体何者なのか? ルーカス達とどう関わるのか? それはまだまだずっと後の話だ。
1章完結です。